閉ざされて

 米国の海軍が津浪被害にあった美濃部原町に停泊した。日本国内において米軍の行動は逐一情報開示され把握されている。しかし、今回の件は違った。元々の航路とは外れ、停泊予定のない美濃部原町に停泊したのだ。日本政府は即刻理由を問い、停泊目的を聞いた。返答として機器管制系トラブルによる不慮の事故が艦内にあり、しぶしぶ美濃部原町に停泊し修理した後に出発し通常ルートに戻ったと。しかし、日本政府としてははいそうですかとはいかず独自に美濃部原町での米軍の行動調査部隊を編成した。

 栗本少佐は以前、廃坑となった鉱山調査にチームを編成し、一人を残して全滅させたばかりである。しかも生き残ったのが地元出身という理由で選ばれたいち自衛官だ。それ以外は特殊任務部隊。上からはよく曰く付きの地域の調査するよう御達しがくだる。しかし、今回はいつもと違い米軍の停泊調査。それでも栗本少佐は美濃部原町が津波の被害にあったことから何か知られていないものがあるのではと考えた。それで信頼のある部下、野中大尉を隊長とした計五名の部隊を編成した。

 部隊はすぐに陸路で美濃部原町へと向かった。空路は着陸可能なヘリポートはなく、海路は難破した船が港に乗り上げていたりと塞がれていたゆえ、陸路で山を越えて美濃部原町に向かうこととなった。しかし、それを考えるなら米軍はどのようにして港に停泊したのだろうか。野中大尉ももしかしたら知らされていない安全な海路や停泊場所があったのかもしれないと考え、美濃部原町を調べた。だが、どこを調べても船が停泊できる所はなかった。さらに米軍が停泊したと呼ばれるポイントはとてもではないが停泊可能とはいえなかった。野中大尉は米軍が嘘の情報を流していると考えた。そして真実を得るために自分達は捜査に向かうのだと再認識した。まず彼らは米軍利用したとされる廃ホテルへと向かった。

 廃ホテルは元はリゾートホテルだったらしく大きかったらしいが今は右半分が崩壊し、左半分は形として残ってはいるが津波の被害で見るも耐えない塊と化している。普通ならばこのような廃ホテルには泊まったりはしないのだが美濃部原町にはこの建物しか残っていない。米軍も仕方なくここに泊まったのだろう。記録では津波のあと自衛隊が廃ホテル内で行方不明者の捜索をしているので遺体発見はないはず。野中大尉たちは特殊な訓練を受けているので遺体の一つや二つでは驚いたりはしないが、多少心が乱されるのは否めない。米軍がここの廃ホテルを利用したとはいえどこの階でどの部屋かとは情報にない。それで時間はかかるが下の階から一つ一つ部屋を見て回った。

 廃ホテルは電気が通っていないので懐中電灯を使い、部屋を見て回った。廃ホテルは廊下、部屋、階段全てが泥で侵されていた。特に一階吹き抜けのロビー、ラウンジは泥の山が二階まで聳えていた。これでは山の洞窟を探検しているようだ。ふと野中大尉はつい先日に自分達と同じ特殊部隊が一人を残し行方不明となった事案を思い出した。しかも残ったのが地元出身というだけで特殊部隊に随行したという隊員だとか。最悪な事態をつい野中大尉は想像した。頭を振り、イメージを消して探索の続きを開始する。泥は階を上がるにつれ少なくなっていたがその代わり魚や魚介類の死がいが多かった。そのせいで腐臭がたちこみ、隊員たちの嗅覚を攻撃した。とてもではないが米軍が寝泊まり使うことはないと野中は判断した。では何のためにここに訪れたのか。今まで米軍がいたという痕跡はない。ということはさらに上の階か。しかし、こんな腐臭が漂う所に何の用か。野中たちは無駄口もなく速やかに部屋を調べる。それはプロフェッショナルということだけでなく早く終らせたいという気持ちが含まれていた。しかし、どれだけ調べようとも米軍の痕跡は何一つ見つけられず野中たちは腐臭が濃くなる上の階へと進む。

 七階に足を踏み入れたとき、フジツボが壁一面に貼り付いていた。魚や魚介類の死がいも多くなった。部屋のドアはなく、中はベッドやテーブル等はなく泥まみれであった。それは一階よりひどく本当に洞窟のようであった。しかし、例え津波の被害にあったといえ上の階が下の階より被害は大きいだろうか。部屋の調査を始めてすぐに隊員がある異変に気付いた。それは窓であった。窓がなかったのだ。窓は泥の汚れでないように見えるだけではと考え、すぐに窓がある場所の泥を取った。しかし、泥を取れども窓はなく、まるで壁に穴が空いたようであった。野中大尉はこの部屋は元々窓のない部屋と考え、別の部屋に向かい、窓があるであろう箇所の泥を取った。それでも先程の部屋と同じで窓は現れなかった。野中大尉は隊員たちに他の部屋の窓を探すように命令した。隊員たちは各々部屋に向かい米軍の痕跡そっちのけで窓を探した。だが彼らは結局窓を見つけることはなかった。野中大尉は窓探しを止め、部屋の捜索を始めた。部屋は客室ではないとしたら一体何のための部屋であろうか。野中大尉たちはシャベルを使い、部屋の泥を取り始めた。すると泥は取れども泥は消えなかった。床に大きな穴を作り、野中大尉は床を掘るのを止めさせた。これはもうホテルの床ではないと考え、部屋を出て階段へと向かった。しかし、階段口があった所は壁となっていた。異変を感じ、すぐに壁を壊す作業に入った。だが階段口は現れなかった。野中大尉たちは諦め、再度七階を探索することにした。目的は米軍の痕跡ではなく階下へ降りるのを目的に変えた。

 異常は階下口が無くなったことだけではなかった。変化は廊下にもあった。真っ直ぐだった廊下は今や蛇行をしていた。そして次の異変が隊員を襲った。それは一人の隊員の体にフジツボが貼り付いていたのだ。初めは手の甲に。当の隊員は慌てることなくフジツボを剥がそうとしたがフジツボは手の甲の一部になったように固く貼り付いていた。どこでフジツボに貼り付かれたのか分からなかった。取ることを諦め、そのまま道を進んでいった。しかし、フジツボに貼り付かれた隊員は平素であったが野中大尉を含めた隊員は皆、気が気ではなかった。なぜなら時間が経つにつれフジツボは手の甲から腕、胸、首、腹、足へと増えていった。そしてその隊員は倒れて動かなくなった。

 四人になった野中たちは出口を求め、道を歩き続けた。誰も何も言わずに歩き続けて三十分、野中たちは休憩のため立ち止まった。そこで一人の隊員が消えていることに気付いた。彼らは慌てて元来た道を戻りつつ消えた隊員の名前を呼んだ。しかし、消えた隊員は見つからなかった。彼らはまた歩き続けて、今度は部屋らしき洞穴を見つけた。ずっと何もない一本道だったゆえ、新しい変化に喜び洞穴を調べた。だが彼らの求めるようなものは見つからなかった。野中大尉はシャベルで洞穴の床を掘ることを命令した。穴を掘る根拠はなかったがこのまま道を歩き続けても何もないと感じていた。だからここで床を堀り続けていたら何かあるのではと淡い期待を持っていた。残りの隊員は反対をしなかった。それほど彼らの精神は判断能力が欠けるほど磨り減っていたのだ。

 堀り続けて一人が忽然と消えた。それに野中大尉は驚かなかったし、何も言わなかった。二人になった彼らはもくもくと床を堀り続けた。懐中電灯の光りも弱くなり始めて、野中たちはピッチを上げた。もう上に戻ることもできないほど掘り進め、そして懐中電灯の電池が切れてしまった。野中大尉は予備の電池を入れて、もう一人の隊員がいなくなったことに気付いた。それでも野中大尉は憑かれたかのように掘り進めた。すると大きな地震が現れ、野中大尉はシャベルを地面に刺して耐えた。地面の後、穴の中の壁が崩れ落ちて野中大尉は土に埋もれた。

 野中大尉はもう諦めていた。助かる見込みはない、このまま土の一部になろうと考えた。だが、声が聞こえた。野中大尉を叱咤する声だ。その声を便りに野中大尉は指で土を掻き分けてもぐらのように進む。そして手から圧迫が消えた。すなわちそれは外である。希望を得た野中大尉は持てる力をふんだんに使い、土を掻き分けて進む。そしてやっと外に出られた。外は暗く天には無数の星が煌めいていた。自分が今どこにいるのかを確かめるため野中大尉は周囲を見渡した。しかし、ここは建物も何もない緩かな平原であった。地平線の向こうには山もない。日本でこのような土地はあるだろうか。広い平原であっても山が地平線の向こうで見えるはず。それがない。では一体ここはどこだというのか。

 謎の声も消えて次にどうすればいいのか野中大尉は迷った。その時、少し離れた地面から穴が生まれた。そしてその穴から手が現れた。野中大尉は自分と同じ境遇の者と考え、穴を広げ手を掴み、外に出るのを助けようとした。しかし、頭が出て野中大尉はそれは生きた人ではないと知り、悲鳴を上げ後ずさった。そして後ろの穴に気づかず躓いた。穴は1つではなく無数に生まれ、そこから腕が伸び、頭、体が地面から現れた。それらはみな、生きた人ではなくリビングデッドもしくはゾンビであった。次々と涌き出てくるそれらに野中大尉悲鳴を上げて逃げた。逃げ場所はなかった。ただ我武者羅に野中大尉は走った。そして平原と同じ色の海に辿り着いた。波打ち際にボートとオールを見つけ、野中大尉は波に反してボートを出してオールを漕いで脱出を図る。走って逃げたときと同じ様に我武者羅に。海の向こうには大きな月が。


 目が覚めた時、病院に野中大尉はいた。一人でなく部隊のメンバー全員がいた。あの後どうなったのか野中大尉は分からない。体調が回復してから個々に取り調べが執り行われた。野中大尉はあるがままの出来事を話した。そして自分達がどのようにして病院に運ばれたのかの経緯を聞いた。しかし、それについては教えられることなく野中達は一方的な取り調べの後、病室へと戻らされた。野中達は体には問題はないが精神的な問題があるとして入院期間が延びた。

 退院後、栗本少佐から野中達はどのようにして病室へと運ばれたのかを教えもらった。丸一日、野中達から報告がないのを不信に思い、栗本少佐はすぐに捜索隊を向かわせた。そして廃ホテルで野中達を見つけたという。ただしみな、バラバラで発見、保護された。野中大尉に至っては鍵のかかった屋上で見つかったという。それには驚いたが捜索隊に異変が無かったのも驚愕であった。さらに捜索隊が報告した廃ホテル内の現状と野中達が報告した現状とは一致していなかった。廃ホテルは多少の汚れと潮臭さはあれど、土まみれや魚の死骸はなかった。

 余談だが米軍の痕跡もなかったという。


 栗本少佐は今回の件に関して二つの書類を作った。一つは野中部隊は集団幻覚により作戦に失敗したというもの。

 もう一つは野中部隊、米軍は非科学的現象に遭遇し一時的外との連絡が困難になったものとするもの。

 前者は表向きの文書として、後者は秘密文書として保管された。

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