境界未定地域 ②

 アダムス教授たちはカメラを取り出して、しきりシャッターを押す。そして私が注意を述べる前に腐れ落ちた門扉を踏み越え鳴楽村へと入った。すぐに彼らの歓声が聞こえ、内心辟易しながらも私も続いて村へと入った。村へ入って目にした光景に私は驚いた。アダムス教授たちのような歓声ではないが私は疑念の声を上げたのだ。なぜなら村は朽ちてはいなかった。いや、正確には多少は風雨や経年劣化による損傷が見受けられるのだがとても一世紀前とは思えないほどしっかりしていた。門とは大違いの差だ。どうしてこれほど良い状態を保っていられるのか不思議であった。アダムス教授たちは何やらある屋敷を探しているらしかった。ギース教授がまたしてもプリントを手にして、時折読んでは指を差して歩き始める。さすがに彼らがどのような目的でここ鳴楽村に探訪してきたのかを知りたかった。しかし、彼らに何を探しているのかを問うも、彼らは日本語の単語を使って英語で話すのでいまいち掴めない。分かるのは今は屋敷を探しているということと英語でブルーモノリスという単語が会話から現れていること。とりあへず私は彼らの後を歩きながら事を彼らに任すことにした。私は他の屋敷や家屋、長屋、店屋を眺めながら、やはり状態が良いことが気になった。中に入って詳しく調べてみたいという欲求もあり、アダムス教授たちが屋敷を見つけたなら私は単独で町の調査をしてみようと決意していた。

 そしてとうとうアダムス教授たちは目的の屋敷を見つけたらしい。屋敷は瓦屋根で木造の日本建築。一階建てで塀と庭つきで、庭には倉が一つある。彼らは喜び、中に入った。私はそんな彼らに溜め息を吐きつつ、後を追い屋敷の中に入った。玄関で靴を脱ごうか迷ったがすでにアダムス教授たちが土足で中に進んでいること、そして今は誰も住んでいないこともあり私も土足で上がった。廊下の奥は薄暗く不気味であった。電気もなく、いやこの時代はまだ蝋燭か油だったであろう。歩く度に音が鳴った。埃も多くアダムス教授たちの足跡がスタンプを押したように廊下に続いていた。私は彼らの足跡を追い、居間へと向かう。

 彼らは縁側の戸を開いていたので陽の光が部屋を明るくしていた。ギース教授はテーブルにプリント、ノートブックを広げて何やら思案していて、アダムス教授はカメラを取り出しシャッターを切っている。私はギース教授に訪問理由と目的、そしてテーブルの上のプリントやノートブック、先程口にしていたモノリスという単語について尋ねた。彼は一度思案した後に身振り手振りを交えて語り始めた。かつてGHQが本国から神学者を呼び寄せた。その神学者がこの鳴楽村に訪れ、奇妙な体験をしてそれをノートブックに綴ったという。そのノートブックが今、テーブルの上にあるノートブックであるらしい。しかし、それだけで鳴楽村に訪れたいと思うだろうか。私は神学者がどのような体験をしたのを聞こうとした。だが、そこで屋敷の部屋を探検していたアダムス教授が戻ってきた。彼は少し興奮ぎみで、ぼろぼろの地図を私たちの前に広げた。それはこの村の地図であった。ギース教授が声を上げ、ある一点を指差した。それは村と北の山との間にある場所で青色の四角が描かれていた。それが何なのか分からず私は聞こうとしたとき、ギース教授がプリント、ノートブックをリュックに入れて立ち上がる。何やら興奮しているのが彼の表情から察した。私も立ち上がり、私たちは外へ出た。

 村は以外と広く、目的の場所までは時間と労力が必要であった。どうして彼らがそれぼとまでに興奮するのか分からなかったが視界に青い柱の上部が見え、それが近づくにつれ徐々に大きさを持ち始めてきたときには私も驚きを禁じ得なかった。柱は広い窪みの中に立っていた。私達は足元に注意しながら下り、柱へと近づいた。青い柱と思っていたそれは横から見ると薄く、どちらかというと壁に近い。アダムス教授たちは青い柱をブルーモノリスと呼び、喜びあっていた。彼らがこの村に着くまでに時折言うブルーモノリスという単語はこの柱のことだったのだ。大きさは横五メートルくらいだろうか。縦は正確には分からないが横の三倍はありそうだ。幅は三メートル。ブルーモノリスは広い台の上にある。たぶんブルーモノリス周辺を掘り、ブルーモノリスの下を台のように削ったのだと考えられる。でなければどのようにして巨大な石柱を運び、窪みの中の台に突き刺すことができようか。しかし、材料は一体何なのであろうか。ガラス系かそれともサファイアのような宝石類だろうか。もしそうだとしたらこれ程宝石の塊は日本、いや世界一ではないか。私は触れてみようしたとき大声でアダムス教授に止められた。私は驚きを伸ばしていた手を引っ込めた。アダムスは険しい顔つきをして英語であれこれと私に注意をするが全く理解できない。とりあへず触るなということをだろうか。私はブルーモノリスから離れ、台から降りた。彼らはリュックから碧色の宝石を出した。それは前に見たときより青色に近い色をしているように見える。その他にも彼らはリュックから何やら計測器らしきものを取り出した。それらの計測は十数分で終わった。ただアダムス教授たちはその結果から何やら論じていた。その間、私はブルーモノリスを見上げて推測を立て、想像で過去を再現し、それでも矛盾があって妄想により補完を補う。だがそれは模糊としたもので素人判断によるもの到底人様には語れない。

 そんな妄想に耽っている間に彼らの調査は終わっていた。日も暗くなり私達は鳴楽村に戻った。朝からずっと歩きっぱなしでできれば近くの屋敷で休みたかったが彼らの希望により最初に訪れた屋敷で寝泊まりすることとなった。どうやら彼らはまだここでやるべきことがあるらしい。彼らは私を置いて屋敷の隅々を調べ始めた。屋敷に着いたときから私は疲労でこれ以上歩くのが億劫だったので置いておかれても問題はなかった。私は軽食を取った後、横になり目を瞑り体を楽にさせた。息を吐くと不思議と今日の疲れを再認識させられる。明日、いやもう私も年だから明後日かしあさってくらいは筋肉痛で苦しむだろう。私の呼吸以外に床のきしむ音が聞こえる。アダムス教授たちだろう。

 いつの間にか眠っていたようだ。腕時計のライトを押して時刻を確かめた。深夜の1時41分だった。懐中電灯を点けて居間を見渡した。するとアダムス教授たちのリュックはあれど教授たちの姿はなかった。まだ調査に没頭しているのだろうか。私は二度寝をしようと床に横になり目を瞑った。しかし、一度覚めたからか、なかなか寝付けない。しばらくすと目蓋越しに光が当てられたのを感じ、左手を顔の前にかざし、ゆっくりと目を開ける。光が逸れると足音が近づいてきた。音の主はアダムス教授で彼は切羽詰まった様子で私にギース教授がいなくなったことを告げた。私は急いで起き上がりアダムス教授と共にギース教授を探すことにした。アダムス教授曰く、ギース教授とは役割を分担して調査をすることにしていた。夜11時にはアダムス教授は今日の調査を終え、戻ってきていたのだが夜12時になってもギース教授が戻ってこないので探しに向かったと。つまり、ギース教授がいつから消えたのかは不明であるということ。外で事故にでもあったのだろうか。アダムス教授と私は手分けして探すことにした。その時、彼に町の地図を渡された。その地図をどこに手に入れたのか不思議であったが今はギース教授を探すことに専念しようと地図については触れなかった。東地区を彼が、西地区を私が担当した。

 西地区は寝泊まりに使っていた屋敷のある地区で戸数は少ないが屋敷が多い。対して東地区は一般家屋や長屋といった戸数は多いが一つ一つの棟が小さい。そして東地区は半分ほどがアダムス教授により調べられていた。私はまず寝泊まりに使っていた屋敷近くの家屋を調べた。二階建てで大きさ、広さは今の一般家屋と同じくらいだろう。戸の立て付けは悪かったが進めないという訳ではなかった。床の軋みも少なく、私は素早くその家屋の捜索を終えた。残念にもそこには鼠一匹もいなかった。地図にバッテンを付けて次へと向かった。しかし、どこを回ってもギース教授を見つけられなかった。全てを回り、終えて元の寝泊まりに使っていた屋敷に戻った。

 地図を見てそういえばこの屋敷も西地区だったと思い出し、屋敷を調べることにした。まず庭にある土蔵を。土蔵は扉が固く閉ざされていて中に入れそうになかった。しかし、裏に大きな穴があり中に入ることに成功した。中は側面に沿って棚が二つあって、棚にはホコリを被った箱が収められていた。少し気になって調べると達筆で書かれた字で読めなかった。その他の箱を調べると着物や壺、絵画であった。一つ気になったのが箱にしては中に納められている品が少ないということ。扉へと進みながら私は床に転がっているものに気付いた。それは西洋ランタンであった。明治に廃村になったはず。西洋ランタンは明治には別に珍しくはない。だが、このような地方の村では少し違和感がある。それを拾い上げ確かめてみる。まだ使えそうではあった。誰かがここで何かをさがしていたのだろうか。私は辺りの棚を見渡し、それらしき箱を見つけた。その箱は他のよりかはホコリが少なかった。中を確かめてみると現れたのは絵画であった。複数の青色の鬼らしきもの、それらを統べるような赤い一つ目の白い大きい化物、そこに人間が貢ぎ物を差し出している。何かの御伽草子の絵であろうか。次の絵には青の柱をバックに赤い一つ目の白い化物、それに膝まついて頭を垂れる民衆。三枚目は煙を上げる青い柱、そして不安な様子で見る民衆。四枚目には空に赤い火、それを見上げる民衆。たぶんこれは四枚目が一枚目なのだろう。何かが降ってきて、そこから化物が現れたということだろう。その降ってきたものを見て私はブルーモノリスと思い当たった。これは村の伝説を描いたものなのであろう。しかし、赤い一つ目の白い化物とは何なのか。それに青鬼は一体。考えると背中がぞわぞわと震えた。私は今はこんな考えはよそうと頭を振る。そして私はそそくさと絵を箱に戻し、土蔵を出た。

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