残滓 ②

 中川は前に住んでいた一家について調べてみた。まずワードは剣崎大学短期大学部、立て籠り、集団自殺、外国人で検索。SNSで多少の情報が得られた。次に残された家族が一家心中をした件を。その件はネットニュースですぐ得られた。だがその心中は中川が思っていたものとは違っていた。ここが事故物件で中川がここへしばらく住むということは勿論、ここで事件、事故があったということ。しかし、一家心中はここではなく車中での練炭自殺であった。ならどうしてここが事故物件になるのか。中川は明日にでも寺内に聞いてみようと思った。

 翌日、寺内にスマホで連絡を取ろうにも呼び出し音のみで連絡がつかなかった。仕方なく中川は諦めて、その日は地下のミニシアタールームで借りてきたDVDを見た。一日で残りの四本のDVDを見終わって、返却へと外に出た。門扉を開けようと手を伸ばした時、視線を感じた。中川は反射的に振り返った。勿論、人の姿はない。家の窓に目を向け、人の姿を確認するもカーテンのみで何もない。いや、一つだけおかしい部屋があった。カーテンが左右に開かれた部屋。おかしい。全ての部屋はカーテンが閉じられているはず。中川は急いで家に戻り、部屋へ向かった。カーテンが開かれた部屋はあの残り香のある部屋だった。部屋に入ってカーテンを隅々調べるもおかしいところは何もない。ならどうして開いたのか。カーテンに問題がないなら考えられるのは人の手によるもの。中川は二階の部屋を丹念に調べる。クローゼットやベッドの下まで。その後、一階と地下を調べる。結局何もなかった。

 中川はあきらめ、外に出た。レンタルショップでDVDを返却し、ファミレスで夕食を摂った。あの豪邸に帰るのが億劫だったがこればかりはどうしようもない。重い足取りで家へ帰ると二階の寝室に直行してベッドに横になった。しかし、なかなか寝付けないのかしまいにはスマホで家主のことを深く調べ始めた。息子の名前は判らなかったが親の名前は判った。そして息子が親が居ないときパーティーをして、その時に香木が使用された。パーティー参加者から通報を受け、学生たちは捕まった。だが彼らの血液からは違法な成分反応はなくすぐに釈放。しかし、この件がきっかけで授業が休講になった。それに前家主の息子が怒り、仲間を募り授業の再開のため学校の教室に立て籠った。その事件は集団自殺で幕を引いた。それから半年後、前家主夫婦が車中で練炭自殺。

 中川はこれらの情報をフェイクだと感じた。薬物ならともかく香木を使っただけで通報沙汰になるだろうか。他にも学生に多少の非があるからといって休講になるだろうか。そして休講になったからといって立て籠るか怪しい。中川は学生たちが求めた授業について調べた。その授業は文芸創作Cという授業。講師の名は天宮武。中川はその名に心当たりがあった。しかし、思い出せず天宮武を検索。大学で物理学の講師を務めている。それに中川はますます眉間に皺を深める。大学の物理学の講師がどうして短大の文系の授業を担当するのか。バイト感覚で引き受けたのかそれとも短大の質がそこまで落ちたのか。中川は次に天宮武の顔写真があるかもしれないと思って剣崎大学のホームページを調べた。そこで100周年を迎えてというページを見つけた。中を窺うと一昨年に100周年を迎え剣崎文芸集を発行したと書かれている。それに中川はベッドから跳ね上がった。

 部屋を出てミニシアタールームに向かい剣崎文芸集を捲る。何度も開かれて癖がついたページが開かれる。そのページには詩が載っていた。作者は天宮武。中川は学生たちが行ったというパーティーを調べた。いつ、どこで、行われたのか。だがそれらの件はどう探してみても見つからない。中川は諦めて剣崎文芸集を持って寝室へと向かった。

 二階へと上がった時、ドアが開いているのに気づいた。そこはあの残り香がある部屋。一体どういうことだと部屋の明かりを点け、中に入った。相変わらず何もない部屋。あるのはカーテンと残り香。中川はその匂いに嫌気がさし、窓を開け換気する。冬の冷たい空気が入り、中川は自身を抱いた。残り香は数分経っても消えなかった。どうやら天井や床、壁に染み着いたということだろうか。中川は窓を閉めた。壁に鼻を近づけるも匂いにはなかった。床にしゃがむも匂いにはなかった。正確には部屋には匂いにがあれど壁や床に染み付いているというわけではないようだ。さすがに天井を嗅ぐことはできない。中川は肩を竦め、部屋を出ようとドアノブを掴んだ。その時、この部屋だけドアノブが違うことに気づいた。他の部屋はバー状であるがこの部屋だけ丸い取っ手型だった。事故物件ではよく事件や事故があったところはリフォームされるという。ならこの部屋がそうなのか。しかし、それならばバー状にしないのか。このドアノブは少し色褪せ古くささがある。中川はドアノブを上下に揺すってみた。だがドアノブはしっかりと留められていた。次に左右に揺すってみた。右に動かした時、大きくスライドした。まさか動くと思ってみなかったので中川は少しバランスを崩した。

 現れたのは奥が浅い棚だった。どうやらドアは棚の役割もあったらしい。棚にはプリントの束と木片があった。プリントの束は文章が綴られていた。シャーペンで書き殴られた文字。メルヘンなポエムとも違う意味不明な言葉の羅列。次に木片を鼻 に近づけ、それがこの部屋の匂いの正体と気付いた。中川はプリントを読む。どれも書き殴られた意味不明な言葉だったが、五枚目で普通の文章が現れた。それは計画書みたいなものだった。そこには香木の使用方法についても書かれていた。どうやらパーティーの場所はこの部屋であったらしい。さらにパーティーで使用された香木はなくなり、似た香りの香木を用意したと。読み終えた中川は香木に少し興味を持ちキッチンに向かった。包丁で木片を刻み、刻み取った一部を灰皿の上に。ライターで刻んだ木片を燃やす。細長い煙が立ち上がる。中川はその匂いを嗅いだ。意識が朦朧とし中川はテーブルに突っ伏した。

 スマホ着信音で中川は目を覚ました。時刻は朝の9時。どうやら一晩中眠っていたらしい。着信相手は反社の寺内だった。着信に出るといきなり体の調子を聞かれた。中川からもいくつか質問をしたかったが向こうから一方的に質問されて終わった。中川は灰皿の炭と化した香木を捨て、まな板の香木とプリントを元の場所に戻した。

 午後になり寺内から着信が。予定より早く明日に終了すると告げられた。中川は最後に浴槽でお湯を張り、寛いだ。ぼんやりと寛ぎながらどうしてこの豪邸が事故物件扱いなのかと考えた。息子が自殺したのは短大の教室で親が練炭自殺したのも車であってここではない。だが結局はその謎も判らずじまい。寺内に明日にでも聞いてようと中川は考える。

 翌朝、寺内と掃除屋が来て中川に金の入った封筒を渡す。中川はどうしてここが事故物件か尋ねると寺内から答えはなく家から追い出された。寺内の様子からこれ以上詳しく尋ねると暴力を受ける可能性がみられ中川はそそくさと家を出た。

 近所の喫茶店で中川はモーニングセットを注文。店内は以前来た時と同じく他に客はいなかった。トーストを食べ終えてホットコーヒーを飲んでいたところ、マスターに声を掛けられた。タイミング見計らってのことだろう。どうやらあの事故物件について間違ったことを話したことらしい。もう今となってはどうでも良かったが暇なので話を聞いてみた。だがマスターの話によって謎だったことが解明。あの豪邸が事故物件になったのは外国人夫婦の自殺ではなかった。その後に起こった事件が原因だったとマスターは言う。外国人夫婦自殺の後、誰かはわからないがヤクザか半グレ関係者が購入したらしい。しばらくして大勢の人間が亡くなったと。その時は敵対する組織から攻撃を受けたのではと考えられたが警察の捜査の結果だとそうではないらしい。その後もあの豪邸を利用した反社の者たちが次々と変死したらしい。それだとなぜ中川にだけ異変は無かったのか。いや、多少の異変はあった。だが変死するには至らなかった。彼らと中川の違いは一体何なのか。一つあるとするなら書庫で見つけた剣崎文芸集だろか。あれを読んだからだろうか。だが本当にそれだけで助かるのか。

 とりあえず中川は喫茶店を出て、寺内に連絡を取った。あの剣崎文芸集のことでだ。しかし、時すでに遅し。寺内は剣崎文芸集はもう処分したという。


 それからしばらくして風の噂で寺内が変死したことを知った。

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