第75話 お風呂で二人と……
「はぁーあ、夏休み明けからどうしてこう問題が次から次に降りかかってくるのだろうか」
是非に、ということなのでありがたく入らせてもらっている、部屋備え付けの風呂(ユニットバスですらない、湯船付きで客室ごとにあるらしい。とんだ豪邸だ)に浸かりながらそうぼやく。
今まで俺の人生は山あり谷ありというわけでもなく、平々凡々であった。
しかし、ここに来て真奈の件といい、未来ちゃんの件といい、周囲に影響を与える出来事が立て続けに起きている。
勿論、真奈の『俺依存症』に関しては真奈が悪い訳ではないが。
他にも細かいところで言えば、流湖の告白やその後の積極的なアプローチ、理瑠の『真奈が好き』告白など。恋愛ごとに関しての"トラブル"多い気がするな。
モテ期なんて言葉も世間にはあるらしいが、今の親はひょっとするとひょっとするかもしれない、などと考えつつ一人のゆったりとした時間を堪能していると。
--ガラガラ
「えっ?」
出入り口の引き戸を開ける音が浴室に響く。
次いで、ペタペタと誰かの足音が鳴り、俺は慌ててそちらを振り向くと。
「お兄ちゃん、お待たせ!」
「伊導くん、お待たせ!」
「はああああああ!?」
何故にこいつらがここへ! あれほど入ってくるなと言ったのに!?
「何してんだ二人とも、今すぐ出て行きなさい!」
俺はその姿を見るとすぐさま後ろを向いて水面から
なぜ後ろを向いたかと言うと、真奈と流湖はどちらともバスタオルすら身につけていない文字通り生まれたままの姿を惜しげもなく(?)披露しているからだ。
「ええ、お兄ちゃん今日は疲れてるかと思って背中流しに来てあげたのに」
「だよだよ〜、拒否しちゃいけないんだよ〜」
「いけないのはそっちの方だろう、そもそもなぜそれが当たり前かのような態度で裸を見せつけているんだ、まず身体を隠しなさい!」
俺も男なので、必死に二人のその裸体が目に入らないようにとはしているが、どうしても逆らえない引力が働いてしまう。
「あれ? むふふ〜、伊導くんもしかして私たちに興奮してるのかな〜?」
「えっ、お、お兄ちゃんほんと……?」
「し、してねーよ、だから早くだなあ」
「むう、仕方ないなあ」
ほっ、ようやくわかって貰えたようだな。
「--じゃあ、このまま入るね?」
「「え?」」
ザブン、と家庭用よりも幾ら分か大きめな浴槽が波立ち、続いて人の気配を背後に感じる。彼女の口からは艶かしいため息が漏れ、良からぬ妄想を刺激しそうだ。
「るるるるっ、るこっ!」
「なにそんなにどもってるの〜、驚くほどのことじゃないじゃん?」
「いやいやいや、駄目でしょ!」
俺は我慢できずに元の方向を向く。と、すぐ目の前に流湖の顔があり、いつもは髪に隠れて見ることのできないその白いうなじがあらわになっていた。
上半身から下は幸いにも湯船に浸かっているので良くは見えないが、それでも十分男子高校生が見るには少々卑猥に過ぎる光景だ。
「っ、だから早く出て行けってば」
そういいつつもこうなればこっちからと思い俺は立ち上がる……が、自らの下腹部を確認しすぐさま再び湯船に腰を沈めた。
「あれ、なにしてんの? スクワット?」
「ちちちちがう」
「んん〜〜? 怪しいなあ〜」
「うるさいなっ、ていうか真奈もなんでちゃっかりシャワーを浴びてるんだ!」
真奈は俺と流湖のことを放置してさっきからここにいましたよという風な顔で自然にシャワーを浴びる。
今までは見るとしても下着姿が殆どで、また裸を見たのは下着を買った日の暴走した真奈の一件だけであったが、今はその時とはちがう、正常な状態での彼女の裸だ。
しかも風呂なので当たり前だが上だけではなく素っ裸でシャワーを浴びており、兄の俺でも思わずゆっくりと観察してしまうバランスの取れたその身体は、水で照っているのも相まって非常に健康的だ。
これで依存症でなければ今すぐお見合いをすれば引っ張りだこだろうなと妹びいきなことを思った。
「え? 駄目だったかな、もう夜遅いし……それに流湖先輩とお兄ちゃんなら別に良いでしょ?」
「なにが良いんだなにが、さっきから駄目だと言っているでしょうに!」
「じゃあなにが駄目なの?」
「え、それは……」
「そうだよ、なんでそんなに拒否するの〜?」
俺が答えようとすると、流湖が背中をピタリとくっつけ、意地悪そうな声色で真奈の疑問の声に乗っかり訊ねてくる。
クラスでも上位の方だと前言っていた同級生の結構な大きさの胸が背中にムニッと押しつけられ、少し硬い豆粒のようなナニカの感触を感じる。嘘だろ、手とか挟まずに直で当ててるのかよ……!
「それは、俺と二人が男子と女子で、しかも良いお年頃だからだ。羞恥心というものはないのかっ。それに、こんなところ誰かに見られでもしたら、俺だけじゃなく二人の評判まで落ちてしまうんだぞ? 付き合ってもいないのに風呂で一緒だなんて、何を疑われてもおかしくない」
俺は勤めて冷静に聞こえるよう己を諭しながらそう理由を呼べる。
アパートで、とかならまだ誰かに見られる可能性は少ない。しかし、ここには父さんや母さん、それにこの部屋を貸してくれている神川家の人達に使用人など、見られては行けない存在が沢山いるのだ。
「へえ、じゃあ伊導くん自身が嫌って訳じゃないんだ〜」
「え?」
「今の話って周りからの評価だけだよね。伊導くんが私たちと一緒にいるのが嫌だからという話はどこにも出てこなかった。つまりはこの状況を楽しんでるって訳だね〜。なるほどなるほど、前から察してはいたが、やはり君はムッツリさんだったか〜」
と言い、流湖は俺の胸板からお腹にかけてをゆっくりと上下に撫でてくる。俺はその指が動くたびに、ビクビクと反応してしまい情けない声をあげてしまう。
「くっ、やめ、別にそんな、んじゃない」
「ほらほら、何か言い訳してごらんよ〜」
身体を捩るが、流湖の手はどんどんと下に向かっていき。そして……
「くっ。流石にやばいってば! 離せよ」
と正気に戻った俺は流湖の手を無理やり剥がす。
「いやんっ、伊導くんったら力あるんだね」
「当たり前だろ、これでも男だ。ってそんなことを言っている場合じゃないっ、流石にやりすぎだ」
湯船からザブリと勢い良く立ち上がり、これ以上はここにいられないと急いで浴室から脱出する。
「あっ、お兄ちゃん……」
俺たちのやりとりを顔を真っ赤にして見ていた真奈が寂しそうな声を出すが、今ここで構ってやるわけにはいかない。それにきっとあれは罠だ、俺に罪悪感を抱かせ風呂に止めようとしているのだ……!
「ま、またな!」
とお馴染みのセリフを吐くアニメの負けた敵役のような気分でその場を後にした俺は、さっさと身体を拭いた後、万が一にも二人と鉢合わせをしないようにと思い部屋の外へ飛び出した。
「……ふう、流石にアレは駄目だって本当……なに考えてんだ流湖のやつ。真奈もだが、流湖の方は俺になんの躊躇いもなく接触して来やがって。やはりあの『ターンスリー』での告白以降、積極度がどんどんと増している気がするな。このままいくと、文化祭の時にはどうなっていることやら」
と、人間関係の先行きに不安を感じつつ、ため息を吐く。
「あれ、伊導様ではありませんの?」
と、そこに未来ちゃんが通りかかった。
「ん、どうも」
「どうしてこんなところに? もう夜も遅いですわよ」
未来ちゃんも風呂上がりなのか、頭にタオルを巻いており、薄らと火照った頬が年相応の成長途中な色気を醸し出している。
「いや、中は今はちょっと……」
「もしかして、何か不都合でも?」
横向きに話していた彼女がこちらを正面に身体を向ける。
「いえいえそんな、部屋ありがとうございます」
「そうですか? あっ、あの」
「はい?」
「今この場で言うのも何ですが、今日はありがとうございました」
「え?」
「私たちの我儘に付き合ってくださったことですわ」
「ああ、婚約の。そんな別に構いませんよ、せっかく初めて会えた親族のピンチなんですから。できることは協力します」
俺は波風を立てることもあるまいと社交辞令を述べる。
「伊導様はお優しい方なのですね。やはり私の伴侶に相応しく存じますわ」
と風呂上がりとは別な感じに頬を赤らめる未来ちゃん。
幾ら何でも今ので惚れ直すのはチョロすぎだろう……
「ですから俺は」
「いえ、その先は仰らなくて結構ですわ、
「でも出会ったばかりで、立場も違うのに」
「ではその立場を使わさせて頂いても? わたくし、これでも大企業の会長の孫、社長の娘ですのよ?」
「あれ、意外と強かなんですね。もっとお嬢様かと思ってました」
俺は彼女の毅然とした物言いに自分でも知らずのうちに自然と笑顔を浮かべる。
「でないと生きて行けませんので。皆さんの想像されるよりずっと、上の世界というものは魑魅魍魎、奥の手や心の内をおいそれと明かすわけには参りませんわ」
「俺には良いのか? 未来」
「あら、敬語……勿論ですわ、だって伊導様ですもの」
と最初に出会った印象からは随分とちがう、満面の笑みを浮かべた彼女と、風呂から上がった真奈と流湖が廊下に出て来て三人で一悶着あるまで話をしたのであった。
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