第74話 乱入者
「何事か!」
豪さんが立ち上がり、乱入者に向かって杖を突きつける。
「おっ、じいさんか、こんばんは〜。いやァ、ちょっとお孫さんをお迎えに上がりましただけですよォ」
男はそう言うと、茶髪のおかっぱ頭を揺らしながら革靴の音を響かせこちらに歩み寄ってくる。
「こんな夜に何という狼藉を! それに我が孫はお前なんぞに渡さんと言っておろうが!」
「あァん? この俺様がその乳牛を飼ってやるって言ってんだよ。それともなに、テレビでやばいネタでも流して欲しいわけ? 広告代理店といえども、メディアには圧力を掛けられても世間様が許してくれねえ様な事の一つや二つ幾らでもあるんだろォ? 最近じゃそのメディアも、タガが外れたように大手企業の不祥事で盛り上がる日々だからなァ、『電突』様があんなことやこんなことをしていたとバレりゃあ、困る社員もいっぱい出てくるだろォなァ〜」
男は未来ちゃんのその蓮美に負けじとも劣らない胸をいやらしい目で舐め回すように見つめながらソファに手をおく。
「グッ……!」
豪さんはコイツの言うことに心当たりがあるのか、口を閉ざしてしまう。
「あ、あの、すみませんがどちら様で〜?」
俺はその様子を見て自然と声をあげていた。
「あん? 誰だてめェ? 社員か? いや、そんな風には見えないな、このじいさんの親族か?」
「はあ、まあ、そんなようなもので」
「そうか。まだ若いのに大変だなァ、これから一生、世間からは悪徳企業経営者の親族って顔で見られるんだぜ? ま、同情はしねえがな」
この男、ファーストインプレッションからしてそうだが、かなりのクズ野郎と見受けられる。それにもしかすると……
「すみませんが、もしかするとあなたが、未来ちゃんの婚約者という?」
「そう、俺こそがその
コイツはそのまま未来ちゃんの肩を撫で回すように手を置く。すると、彼女は肩をすくめ悲鳴を上げた。
「ひっ……!」
「ひっ! だってよォ〜。可愛いでちゅね〜」
怯える"婚約者"を見て舌舐めずりをする次英。
「貴様! 幾ら影松のセガレとはいえ、その態度許されるものではないぞ!」
豪さんはやはり我慢できないのか、再び次英に突っかかる。
「なんだよ、喧嘩売るって言うのか? お前らの会社が何故俺と結婚させたがっているのか忘れたのかよ。さっきも言っただろォ? 大企業がメディアを力で抑える時代じゃ無くなって来てるんだよってな。逆に、これからはテメェらが俺たちに媚を売る時代になってるんだ、下手なことを言うと、百人くらいは一瞬でクビが飛ぶかもなァ? ギャハハっ!」
次英は奥まで行き、先程まで豪さんが座っていた椅子に乱雑に腰掛け、足を机の上に乗せる。
「それに何だ、そこにいる娘たちは? 一人は見るからにババァだが、二人はまだ生娘に思えるぞ?」
「お前……っあなたには関係ないと思いますが?」
「我慢なりません、お引き取り願いたい。このことは影松様にもご報告させていただきます!」
父さんと叔父さんが揃って立ち上がり少女たちを庇うように怒気を孕ませながら言う。
「あ? 俺んチのじじい達に何を言おうと関係ねえよ。あいつらは俺とそいつが結婚することしか頭に無ェ。むしろこれをネタに揺するように俺の方から報告しても良いんだぞ? 何、今なら未来だけじゃなくそこの二人も差し出せば許してやらんこともないかもしれないなァ〜。まあ、その代わり一生使い潰してやるよ」
コイツ!!!
「あまりに横暴だ! テレビ局のセガレだろうが、子供を巻き込むことを許すわけにはいかない!」
「は? 何、逆らうって言うのシャチョー様?」
しかし俺が立ち上がろうとすると、叔父さんはそれを遮るように手を広げ、再びコイツに堂々とした態度で立ち向かう。
「逆らう……違います。政略結婚というのは互いに利益があるからこそ。一方的に命令されるほど、我が『電突』は落ちぶれてはいない!」
叔父さんはそれでも強気な姿勢を崩すことはない。しかし、それを聞いた次英の顔色が変わった。
「そうか……わかった、明日の朝を楽しみにしておきな」
真顔でそう言い、椅子から立ち上がると、それ以降無言で扉の前に待機していたお付きの人を伴って部屋を出て行った。
バタンっ! と勢いよく扉が閉められ、数秒の後にようやく弛緩した空気が流れ始める。
「…………はあ、なんたることだ。すまない有導、嫌な役回りをさせてしまったかな」
「いいえ、あれ以上会長が言葉を挟むと余計と拗れていたでしょう。こう言う時こそ、私の役目ですから」
「そうか、すまんな。皆も、騒がせてしまったな、この通り」
と、豪さんは頭を下げる。
「いえ、やめてください会長。我々は大丈夫ですので」
「ええ、そうですよ。お気になさらず……悪いのは明らかにあちらでしょう」
父さん母さんが慌ててそれを止め、会長はゆっくりと頭を持ち上げた。
「ん、真奈、流湖、大丈夫か?」
ふと俺の腕に何やら生暖かい感触を感じ、横を見ると、流湖と真奈が俺の腕を掴んでブルブルと震えていた。
「う、うん……だ、大丈夫、かな〜」
「あんな人がいるだなんて」
「二人とも……」
両隣に座る女子二人は、強がってはみせるが明らかに恐怖に怯えている様子だ。
特に流湖は、先日の記憶を思い出していてもおかしくは無い。
「うむ、今日のところはお開きにしよう。この屋敷に部屋を用意させる、遠慮せずに寛いでくれ。それに淑女諸君にはボディーガードを付けさせてもらおう、勿論女性だ、安心してくれたまえ」
そうして豪さんの宣言で、その場は解散する運びとなった。
「真奈、流湖、立てるか?」
「う、うん、多分」
「大丈夫……」
とはいうものの、やはり震えでうまく歩けないようだ。
「無理をするな、俺で良ければ手を貸すぞ?」
「そ、そう? ありがと〜、あはは」
「お兄ちゃんっ」
流湖は遠慮がちに、真奈はハシっと勢いよく俺の腕を抱きしめるように掴む。
「では行こうか。む? 有導、そちらは任せたぞ」
「はい、我が娘ですから、フォローはしっかりと」
俯いたまま微動だにしない未来ちゃんの横に叔父さんが座り、彼女の肩を抱いている。
「うむ、また後で
佳子というのがおそらくは未来ちゃんの母親なのだろう。なるほど、だからここに居なかったわけか。
「では私たちはこれで」
父さんと母さんは会長に礼をし、俺たちも共に部屋を後にする。
俺は最後まで、アイツが出て行った後俯いたまま一言も発しようとしない未来ちゃんに声をかけられないのであった。
「へえ、中々の広さだな〜」
「ですねぇ」
「あの、どうしてこうなった?」
使用人の方の案内で、今日寝泊りする部屋に連れて行ってもらった俺だが……何故か流湖と真奈もついて来てしまったのだ。
当然、彼女たちにも部屋を用意するという話であったのだが、俺と一緒に夜を過ごしたいと言い張って聞かなかったのだ。
涙目で恐怖を訴える二人に皆も強く言えず、流れのままに今に至った。
「だって、本当に怖かったんだもん〜」
「そうだよお兄ちゃん、あの人絶対に私たちのこといやらしい目で見ていたよ!」
「まあそれは否定しないが」
明らかに真奈達のことを性的な目で見ていた。俺も怒ろうとしたところを叔父さんにそれとなく止められなかったら、何をしていたかわからなかったところだ。それに俺のせいで事態が悪化していたかも知れないし、あそこは叔父さんグッジョブというところだろう。
「だからと言って俺と一緒に寝ることにはならんだろ? 会長さんはボディーガードも付けてくれるって言ってたじゃ無いか」
「ボディーガードよりもお兄ちゃんの方が頼りになるし安心できるよ?」
「うんうんそうだよ〜」
と二人して目をキラキラ輝かせる。その信頼は一体何処から来るのか……
「じゃあ取り敢えず風呂かな……いいか、覗くなよ?」
「大丈夫大丈夫、
「ですね〜」
怪しいなぁ……
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