第73話 別邸にて
1時間ほどして、会長の別邸だというお宅に着いた。
本邸や会社は東京にあるので、我が街からは車で3時間ほどかかるので流石にこちらに来たのだ。
「失礼します、社長ほかご親族の方をお連れ致しました」
インターホンに執事の千葉さんが話しかける。と、ドラマなんかの豪邸によくある鉄の柵のような玄関がギギギ、と音を立てて開いた。
そうして車に戻って来、敷地の中へと車両ごと乗り込む。
「別邸だというのになんという広さだ……」
俺は自然と口をポカンと開けて外の様子を眺める。こんなフィクションでしか見たことないようなお屋敷が実際に存在するとは。
「だね〜」
「びっくりしました……」
そしていよいよ別邸本体なのだろう建物が見えて来、手前のロータリーで車は停止する。
「到着いたしました」
因みにこの車は南街区で乗った車とは別の車で、いつのまにか入れ替わるように伊勢川家の前に停まっていた車だ。
所謂リムジンカーと呼ばれるもので、最大十二人まで乗れるらしい。ので皆一緒にここまでやってこれたのだ。
そうしてそのリムジンの扉を、外に整然と並んで待機していた複数の使用人らしき者の内の一人が開ける。
このような光景を見ると、改めてその会長は凄い金持ちなんだろうなと俗物的な感想を抱くと同時に、自分も貴族になった気分になる。
「「「おかえりなさいませ、お嬢様、旦那様」」」
おおっ、ますますそれっぽくなって来たな。使用人たちは未来ちゃん達が地に足を付けると同時に、一斉に頭を下げ挨拶をした。
「どうぞ、皆様」
そうして続いて俺たちが降りる。
「「「いらっしゃいませ、伊勢川家の皆様」」」
「ど、どうも」
「あわわ、お兄ちゃんどうしよぅ……」
「あらあら、凄いわね……」
降りてみるとより一層その異質な空気を感じられ、皆で面食らった態度になってしまう。
「さあどうぞ」
叔父さんの案内で皆連れ立って屋敷に入る。
「伊導様は私とご一緒に!」
すると未来ちゃんが腕を組んできた。しかもさりげなく胸を当てているのだが、すでに恋人気分なのだろうか……
「むむむむ、お兄ちゃん?」
「伊導くん?」
それを見た俺のことを好きと公言する二人がジト目で咎めてくるが、これって俺が悪いの?
「あら、どうされましたの? うふふ、何か文句があるようですが、でも伊導様も満更でなくってよ?」
「そ、そんなことないっ、離してくれ」
「いやですわ」
「ええ……」
未来ちゃんは思ったよりも強情な娘のようだ。
「こら、端ない、やめなさい」
「お父様っ、私は今から伊導様にエスコートの仕方を学んで欲しいだけですわ」
「駄目だ、会長の前でそんなことをさせるわけにはいかないだろう。それくらいわかって欲しいものだ」
はあ、とため息をつく叔父さん。意外にも子育てには苦労なさっているようですね。
「むう、仕方ありませんね」
そうして彼女は渋々と、俺の腕を離してくれる。
「さあ、早く行かないと。いつまでもお待たせするわけにはいかない」
「はい」
「わかりましたわ……」
叔父さんと千葉さんの案内(千葉さんはどうやら家令と呼ばれる立場のようだ)で屋敷の中に入り、
「失礼いたします大旦那様、旦那様他皆様をお連れ致しました」
「うむ、入れ」
千葉さんが扉をたたきつつ来客を伝えると、中からはしゃがれた男性の声で返事があった。おそらく会長本人なのだろう。
内から扉が開かれ、中に入ると。
「おお、よく来てくれた」
会長は部屋の一番奥に置いてある大きな机に備え付けられた、これまたふかふかそうで大きな椅子に腰掛け、両肘をついて待機していた。
「--初めまして、伊勢川伊導くん。ワシが、広告代理店『電突』会長にして、神川家の好好爺をしておる
自らを好好爺と評する豪さんは、端的に自己紹介を終えた後ニヤリと口元を吊り上げた。
「は、はい、初めまして、伊勢川伊導です!」
明らかにこちらを向いて話しかけられた俺は、慌てて緊張しつつも名を名乗る。これが頂点に立つ人のオーラというものか、ただ座っているだけなのに凄まじい圧を感じる……!
「お義父さん、そんな演技をしなくてもいいのでは……」
え?
「そうかの? ホッホッホ、この歳でも舐められないようににする癖が抜けておらんでな。勘弁してくれ、伊導くんや」
叔父さんに指摘された途端、今まで発していたオーラは霧散し、ただのお爺さんが目の前に現れた。今のは演技だったのか……
「はあ、お気になさらず?」
「それで、そちらが伊勢川真奈さん、そしてご両親じゃな。そちらの娘は……折原流湖さんだな」
「えっ、私のことまで?」
流湖は驚いたようにビクリと飛び跳ねる。
「勿論じゃ。伊導くんの身辺調査は常に欠かしておらん。おおっと、いやな気分にならんでくれると助かる。これも我が孫の為じゃ、理解してくれんかな?」
豪さんがこちらをみ、困ったような眉を下げた表情でそう頼んでくる。
「いえ、お気になさらず……」
流湖は慌てて手を振り気にしてない素振りを見せる。
このレベルの人たちになると、関わる人間のことなどすぐに調べられるのだろう。確かに少し怖い気もするが。
「それで、要件はなんじゃったかな?」
豪さんに促され、備え付けのソファに座る。俺たち伊勢川家組と、神川家組が向かい合う形だ。
「はい、未来が伊導くんと本当に付き合うものと言い張っているのと、こちらの真奈ちゃんと流湖さんが彼のことを異性として意識している件がぶつかり、また伊導くん自身も決めかねているようですので、大変僭越ながらこうしてお義父さんに判断を仰ぎに参りました」
「うむ、なるほど……皆の気持ちはよくわかる。ワシだって、あの輩に見合い話を持ちかけられた時は今すぐこの手で肉の塊に変えてやりたいくらいの憤りをっ……!」
豪さんは何事かを思い出しながら手をプルプルと震えさせ怒りをあらわにする。恐らくは例のテレビ局の息子とやらの件だと思われる。
「お義父さん、どうか落ち着いて」
「む、ごほん。すまん、取り乱してしもうた」
「いいえ、お爺様のお気持ちとても嬉しいですわ。私と致しましても、あのお方と結婚するというのはちょっと……」
未来ちゃんが自らの祖父をフォローするように言う。
「あの、質問なんですが」
「なんだね?」
「その見合い話ってそんなに駄目なものなんですか?」
「どういうことかね?」
俺が手を上げ質問すると、豪さんは片眉を吊り上げ続きを促す。
「俺が口を出す話ではないとは承知していますが、仮にも大手テレビ局の息子さんとの結婚なんですよね? 上流階級のことなんてわかりませんけど、相手によってはそこまで拒否を示すことでもないような気がして。いい縁談じゃなかったということなんでしょうか?」
叔父さんは豪さんが孫可愛さに断ろうとしているとは言っていたが、未来ちゃんの様子を見ているとどうもそれだけじゃない気がするのだ。
「そこは、私から……あのお方、お見合い相手の
未来ちゃんは俯き高級そうなスカートにしわの入りそうなほど両拳をぎゅっと握る。
お嬢様であろう彼女にそこまで言わしめるなんてどんな人なんだ?
と、突然執務室の扉がバンッ! と叩きつけるように開かれる。俺たちが急な出来事にそちらをみると。
「おい、未来っ! 今から楽しいところに連れてってやる、ついて来い!!」
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