第72話 どうやらこじれた話のようです
「ええっと、伊導
口を開いたかと思うと、いきなり様付けだ。育ちがいいからなのか?
声色は正に鈴を転がすようなという表現が似合うほどの美しい声なので、俺からすれば余計と発した言葉とのギャップがすごい。
「はい! 伊導様は
そう言って未来ちゃんは目にハートを浮かべ前のめりになる。見目麗しいってそんな俺の顔なんざ美しくもカッコよくもないと思うが。
「お、おう? え、どういうことですか?」
俺は慌てて叔父さんに説明を求める。まさか今この瞬間急に中の人が入れ替わったとかじゃないよな?
「はあ……すまない、伊導くん。実は先ほど未来のことをきちんと話さなかったのはこういうことなのだ。何度もこれは偽装婚約だと言っているのだが、どうやら君に一目惚れをしたらしく、それも盲信的に結婚するものだと思い込んでいるんだよ」
「はあ? あ、すすすみません」
突然の爆弾発言に思わず失礼な口を聞いてしまった。
この娘は嘘の婚約なんて話は無視して、俺と結婚する物だと信じて疑わないってことか?
それに一目惚れって、理瑠の時も同じだったが、あの時は結局は俺に近づくための嘘であった。今回も本当にこのそんなかっこいいとは思えない俺に一目惚れなぞしたのいうのだろうか?
「ちょっとちょっとちょっと待ってください!! 私たちを差し置いてその話はないんじゃないですか!?」
「そそそそそうです! おおおおお兄ちゃんが、けけけけ結婚!?」
その話を聞いた瞬間、キッチンからベイパーコーンが出来そうなくらいの速さで飛んでこちらまでやってきた流湖と真奈の二人が騒ぎ立てる。
それにしても真奈よ、喋り方が下手なラップみたいになってるぞ。
「なんだ、騒がしいぞ! 真奈も流湖さんも、少し落ち着いて。話を聞きたいならどうぞ」
と、話の成り行きを注視していた父さんが二人に椅子を薦める。
「し、失礼します」
「あう、ごめんなさい……」
二人は少しおとなしくなり、母さんも一緒に余ったソファに腰掛ける。
「ところで、こちらの娘さんは、妹の真奈さんでしたわよね? 存じております。でそちらの娘さんは、先程車でご一緒させていただいたとは思いますが、どちら様で?」
「ああっ、これは失礼しました! 私は折原流湖、伊導くんのとーっても仲のいい将来を誓い合うほどの友達です!」
「へ、へえ、そうなんですの。将来を」
未来ちゃんは胸の前まで出している、そのなびくようなサラサラのストレートヘアを指で掻く。
っていうかおい流湖! 確かに若干あってるから、そんな関係とは違うぞとバッサリとは切り捨てられないが、おかしな表現をするんじゃない!
「いやいや、将来を誓い合ってはいないからな!」
「え、伊導くん……あの時の言葉、嘘だったの?」
と急に涙目になりシクシクと引きずるような泣き声を出す。
「いつの言葉だよっ、少なくともそんな約束をした覚えはないぞ。調子に乗って場をかき回すなっ」
「むう、連れないなあ……」
「あはは、面白い子だね、折原さんは。とにかく二人とも安心したまえ。伊導くんのことを皆から奪う訳じゃないからね。とりあえず、そうだな。年明けまでは婚約者のフリをしてもらって、その後はまた普通の生活に戻って貰うということでどうかな?」
場を収めるように叔父さんが話を進める。
「お父様、私は本気ですのよ? このお方と人生を共にする覚悟、いえ。共にしたいという想いが募って我慢なりませんわ。今すぐにでも、式を挙げさせていただきたいくらいですもの」
しかし未来ちゃんはいやんいやんと頬に両手を添え首を振るような動作をする。
「いや、俺まだ18になってないんですが……それに俺、本当にこの話を受けていいのか迷います」
と俺は真剣な顔で叔父さんと向き合う。
「それは、断るということかね?」
「断るわけではありません。ただ、急な話で正直なところ困惑しているのが現状です。それに、真奈のこともあるのにこう色々と身の回りが忙しくなっていくのはどうにも慣れなくて」
「まあそうだろうね。勿論、妹さんのことも聞いているよ。それに、これは少し生臭い話かもしれないが、その……『伊導お兄ちゃんのことが好き好きすぎて脳がアヘアヘしちゃうのおおおおお病』だったかな? の治療費も援助させて貰うつもりだ。検査や通院だけでもかなりのお金が掛かっているだろう?」
「それは、確かに」
当たり前ではあるが、難病指定すらされていない、意味のわからないと突き放されるような依存症なので、国保の三割負担以外は保険すら降りていない。
ので、通院時に毎回為される脳や身体の検査の費用などは全て実質自腹だ。
幾らうちがそこそこ裕福とはいえ、いつまでもお金を払い続けるのも大変なのが実情だ。
「真奈ちゃんの為、と脅すわけではない。しかし、君も我が義父とのパイプという役得もできる。将来のことをどう考えているかは知らないが、権力者とうまく付き合うことが出来れば、それだけで人生花開いたもの同然となる場合もある。勿論、私もその権力者の一人だがな」
と冗談めかしていう叔父さん。叔父さんも大手会社の社長なのだから、そりゃ権力者と言えばそうなるのだろう。
「雄導も、この話には概ね賛成だし。真奈ちゃんのお兄さんに対する気持ちも聞いている。しかし、我が実父や、雄導達の恋愛話については知っているよね?」
「えっ、でもいとこも同じじゃ」
と叔父さんは反論しようとした真奈を手で止める。
「いとことの結婚は、実は現代日本でも2%くらいは存在しているんだ。つまり、絶対にダメというわけでは全くない。逆にきょうだいと結婚するのはあまり推奨されたことではないことは、理解しているよね?」
「それは……」
「勿論、いとこだからと言って反発がないわけではないということは理解している。義父もそこをわかった上での今回の話なのだ。おそらくは、未来のためにもあまり騒ぎを大きくせずに出来るだけ身内でコトを収めようとしているのだろう。何せ会長の孫なのだ。今回の縁談のような、利害関係を求めるような義父曰く"よからぬ"ことを企む輩は沢山いるからね。義父だってそれなりの
「むう……」
真奈は納得し切れていない様子だ。俺ですらまだ突然の話をどう受け止めていいかわからないところがあるのだから、好きな人に偽物とはいえ婚約者ができると聞いて内心穏やかではないだろう。
「……私は、真奈さんも一緒で構いませんわよ?」
「「え?」」
そう言うと、未来ちゃんは周りを見渡す。
「私が第一夫人、貴女が第二夫人。それでよくて? 婚姻関係は私と伊導様で結ばさせていただきますが、内縁の妻として居てくださればなんの問題もありませんことよ?」
「未来さん!?」
!? 何を言い出すんだこの娘は!?
真奈も余りにも突拍子もない提案に驚きを隠せない様子だ。
「未来、ふざけるのはやめなさい。何度も言っているだろう? これは偽装婚約、嘘の話なのだ。伊導くんと本当に結婚するわけではない。それにそんな話、あり得ないだろう。普通、夫婦というのは二人一組、それくらいはわかるはずだが」
しかし叔父さんがすぐさま自分の娘を諫める。
「でも、私は伊導様と結婚することを疑ってはいません。運命の赤い糸とはこの方と私のためにある言葉なのですから……! そのためならば、多少の妥協も辞さない考えですわ」
と再び目をハートでいっぱいにし俺の手を握ってくる。柔らかくすべすべしていて、お肌のお手入れも欠かしていないのだろう、などと勝手に思う。
「一目惚れをするのは誰しもの勝手だ。ただ、それを認めるわけには行かないことくらい、わかるだろう? 厳しいことを言うようだが、生まれた時点で未来の身体は残念なことに一人で動かしていいモノじゃないんだよ」
「私だって……一人の女でありますのに」
と未来ちゃんは寂しそうに呟く。
「はあ、わかった。すまない皆さん。こうなれば一度、我が義父……会長にあって話をまとめて貰うしかないようだ。伊導くんたち、一緒に来てもらって構わないかな?」
時計を見ると9時前だ。明日も学校があるのだが。
「ああ、心配ない。学校ならば送って行くし、どうしてもの場合は休みにするよ。こちらの我儘でこうして話を聞いてもらっている以上、できうることはさせて貰うつもりだから」
「はあ、そうですか」
権力者からそういう接待のようなことをホイホイ受けてもいいものか迷うが、ここは親族としての好意と思って甘えるとしよう。
「では」
そうして俺、真奈、父さん母さんに、流湖。それと叔父さん、未来ちゃんの七人で
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