第71話 政略結婚……ならぬ政略婚約!?

 

「「えええええええ!?」」


 キッチンの方からガチャガチャと激しい音が聞こえてきたが無視をして。


「婚約、ですか?」


 その相手とされた娘を見つつ、叔父さんに鸚鵡返しのように訊ねる。

 未来さんらしきその娘は未だに表情を崩さず、お上品そうに茶菓子のクッキーをポリポリと食べている。


「そうだ。伊導と、こちらにいらっしゃる未来さん。その婚約話が持ち上がっているのだ」


 父さんも承知の上での話のようだ。って俺と真奈が結婚するのには反対していたくせにいとこは良いのか?


「ちょちょ、ちょっと待ってください。色々聞きたいことがあるんですが、まずは二点だけ良いでしょうか?」


「ああ、構わない」


 叔父さんの方を向いてそう訊ねると、なんでもどうぞという顔をされたので遠慮なく質問することにする。


「まず、『何故この俺が、この娘と婚約するのか』、そうしてもう一つは、『いとこ同士で結婚して良いのか』。この二つは大事なことだと思うのでお答え願えますか?」


「そうだね。まずは婚約して貰いたい理由を話すのが一番だね。予め言っておこう、『婚約』であり『結婚』ではない」


 え?


「えっと、それは……」


「婚約と結婚は全く違うものだ。結婚の約束をするのと、実際に書類を用意し籍を入れる。これは全く意味が変わってくる。それはわかるかな?」


「すみません、あまり」


「そうか。ではもう少し説明しよう。婚約、というのはこれからあなたと結婚したいので予め約束しておいてくださいというものだ。いきなり籍を入れるのではなく、結婚資金の用意や今後の予定を建てるための準備期間だ。結婚したらなかなかそう簡単に別れるわけにはいかなくなるからね」


「なるほど……見切り発車にならないように、お付き合いから結婚の間の緩衝材みたいな、互いに考える時間を作るわけですか」


「そういうことだ。親族同士の付き合いを深めたり、知り合いに結婚の周知をしたりとようは結婚しますよと世間に公表する意味合いも強い」


 叔父さんはちらりと自分の娘をみ、何事かを想う顔をする。


「次に、結婚だ。これはわかると思うが、正式な手続きを経て、法的に配偶者となることだ。殆どの場合は同じ家に住み、世帯を共にして税金や公的書類にまで影響を及ぼす関係となる。勿論、同じ家庭となるのだから、将来的には新たな家族を迎えることも多いし、現代では実家から独立して新たな一家となる核家族の傾向も強い。つまりパートナーと正式に人生を共にするわけだな」


 それはわかる。それに結婚すると色々と縛られるらしいしな。芸能人の離婚で慰謝料が親権がーとテレビでやっているのもたまに見る。


「なるほど、違いはわかりました。婚約は前段階で、結婚は正式な婚姻になると」


「うむ。では二つ目の、いとこなのに結婚しても良いのか、だ。結論から言うと法的には問題ない」


「え、そうなんですか?」


「日本の法律で、四親等。つまりはいとこや、祖父母の兄弟などと結婚できるのだ、流石に祖父母の兄弟と結婚する人はそういないとは思うが」


 そうだったのか、てっきりできないと思っていた。


「でも、できる出来ないは関係なしに、血の繋がった親族と結婚することってあまり良いことじゃないんですよね? だって実際……言ってしまいますが、俺の妹は俺と付き合いたがっていますがそれすら父さんたちはダメだと言っています」


 再びガシャーン! とキッチンから騒音が聞こえてくるが無視をする。


 叔父さんは俺の素直な反論にも顔色を変えず、ダンディに微笑みを浮かべるだけだ。そして再び口を開き。


「君の心配もよくわかる。だが正直に言おう。これは『政略結婚』ならぬ『政略婚約』なのだ」


「政略……婚約?」


 どういうことだろう? 政略結婚といえば、家同士会社同士の結びつきを強くするために、偉い政治家やら社長やらの息子娘が結婚することだよな? それ位はわかる。それの婚約版ということで良いのだろうか。


『政略婚約』なんて言葉が出てくるくらいなのだから、叔父さんってやっぱり偉い人なのだろうか? 高級車に乗っていてかつ執事みたいな人がいたり、護衛らしき車を伴っていたり。


「詳しく話すと長くなるが……纏められるだけは纏めてみよう--」





 叔父さんの勤める会社は、俺も名前は知っている有名な広告会社だ。広告代理店と呼ばれる職種で、そこの代表取締役社長なのだという。つまり、通常ならば・・・・・一番偉い人というわけだ。俺はその事を知らなかった。だって普通高校生が広告代理店の社長の名前を知っているだろうか?


 だが、その会社には会長と呼ばれるもっと権力を持った人がいるという。叔父さんはその人の娘婿に当たる。ようは『神川家』に嫁いだ人間なのだ。なので名字が俺たちと違ったんだな。


 会長は通常、引退した創業者や中興の祖などがその功績を称えて役職名だけ与えられるものらしいのだが、この会社はその会長が一番偉いという。

 その理由は、会長がもともと小さな町の印刷業者だったお店を、日本で一番と言わしめる広告代理店に成長させたこと。少しワンマンなところもあるが、早くからその才能を見出され先代からの薦めで社長に就任してからは、瞬く間に大きな会社へ成長させたらしい。


 その会長、つまり俺の叔父の義父、叔父から見れば嫁の父義父と言う見方になろうが。孫、つまりは今俺の目の前で紅茶を嗜んでいる未来ちゃんこの娘のことを溺愛しているという。


 ただでさえ少し歳をとってから出来た娘に、初めて出来た孫。その孫のことは大切に扱ってやりたい。そのために婚約者選びも慎重にしたい。というわけで、未来ちゃんは許嫁なども作らずに蝶よ花よと育てられたらしい。


 因みに会長は現在80歳。当たり前だが父さんの兄なので、叔父さんは父さんより少し年上の48歳で、お嫁さん会長の娘は40歳。未来ちゃんは俺と同じ15歳だ。叔父さんの義母おばあさんはすでに亡く、寂しさから余計と孫可愛がりしていたのだとか。


 そんな未来ちゃんに、ある日突然婚約話が持ち上がった。業界最大手テレビ局の社長の息子だという。

 会社としては、そのテレビ局との繋がりを深める良いチャンスだと社長叔父を通してそれとなく会長に圧を掛けてきたらしいが、会長は勿論そんな話を呑まず。


 そんな政略結婚をさせられるくらいならいっその事と、俺の存在を知った彼は俺に一時的に婚約者になってもらい、熱りが冷めたらまたフリーに戻せば良いじゃないかという突拍子もない提案をする。

 当初は勿論難色を示した叔父さんではあるが、婿という立場から強くは出られず。また運の悪い(?)ことに、俺の父さんも系列会社に勤めている(縁故ではない、念のため)関係もあってトントン拍子会長の圧力に話が進んでいったらしい。


 なので、正確にいえば『逆政略婚約』ということになるわけだ。叔父さんの話によると、じつは向こうのテレビ会社の息子さんとやらも余り乗り気ではないらしく、暫くすればこの話はなかったことになるだろうと。だが会長はそれでも万が一があればと逆政略婚約を押し通そうとしているらしい。


 そして、あとは俺の返事待ちというわけだ----






「なるほど、つまり本当に婚約するわけじゃないと」


「そういうことだ。だから婚約を世間に公表する必要もないし、内密に出た話が内密に終わるまでの間のダミーの関係になって欲しいという話なんだよ。どうかな?」


「どうかな、と言われましても……あの、神川さん、って呼んで良いのかな? 神川さんはそれで了承しているのですか? 婚約とはいえ、一時的に男性と関係を持つというのは戸惑うところもあるかと思うのですが……」


 先程の話を聞く限り、この娘の感情というものは全く見えてこなかった。側から見ると、"大人たちの都合に巻き込まれた子供"という構図にしか捉えられないのだが。


 そうすると、黙々と話を聞いていた少女が口を開く。




「私は--構いませんわ。他ならぬ、伊導様との婚約ですもの」




 そう述べると、彼女はポッ、と頬を赤らめた。


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