第51話 美術部へGO その2(真奈視点)

 

 奥の準備室らしきところからやって来たのは、誰かと話をしながらやって来た田島先生と、そしてその誰か、つまり中学校の美術部顧問である佐久間蓮美先生だった。


「え、先生はどうしてここに?」


「あれ? 聞いてなかったの〜? うふふ、私と田島先生、そして富佐子様は大学の先輩後輩なのよ」


 と、いつものように色気をこれでもかと振りまきながら説明する。女子生徒が多い部活ではあるが、男子生徒もいるため、思わず見惚れてしまったのであろう生徒がゴクリと喉を鳴らしている。


「富佐子様?」


 なぜ様付けなんだろう?


「やめろっつってんだろそれ、ぶちかますぞゴラ」


 ひ、ひええ、得田先生って実はヤンキータイプだったの!?


「こら、得田。伊勢川さんが怯えているだろう。すみませんね、彼女昔から佐久間には当たりが強くて、ははは」


 と田島先生は苦笑いをし説明してくる。な、なるほど、仲間内だからこその言葉遣いだと……


「わ、わかりましたよで…今日は、ちょっと打ち合わせをしていてな。本当はもう一人来るはずだったんだが……用事があるとかで休みやがったんだ。あいつ、今度会ったらしばいてやる」


「こら」


「あっ……あーもう、めんどくせえなあ」


 と、得田先生はひょいと肩を竦ませため息を吐く。


「取り敢えず、何か書いてもらえるか? まずは実力を知りたい。さっき言った通り、お兄さんの顔とかでいいぞ。自分の思い描ける一番の作品にしてみろ」


「い、一番……」


 今ここで、先輩達だけじゃなく先生達も見守っているのに? 凄いプレッシャーだ。


「先生、真奈ちゃんはまだ中学生なんですから、そんなきつい言い方をしなくても」


 流湖先輩がフォローしてくれる。


「あ? 何甘えたこと言ってるんだ、うちに入りたい以上は、ある程度の力を見せてもらわなきゃならねえ。それはお前も分かってるはずだぞ、折原」


「それはそうですが……」


 先輩は流石に先生に強く逆らえないようだ。と、そこに田島先生が口を出す。


「まあまあ、だから今日は体験なんだろ? たまには気を抜いて、気楽に部活をしてみたらどうだ? 皆さんも、その方がやりやすいでしょう?」


 と、部員に訊ねる。


「た、たまにはいいかな〜なんて」


「私もその方が……」


「だ、だねっ」


 と恐る恐るながらも返答する先輩方。


「あ? なんだ、甘ったれたこと言ってんじゃねえぞ? 美術の世界っていうのは流行り廃りがとても早いんだ。怠けた顔してると一気に落ちぶれるぞ!」


 しかし余計に得田先生を怒らせてしまった。


「こら、いい加減にしろ。分かった分かった、後で飲みに行こう、な?」


「え、ほ、本当にいいんですか!?」


「仕方ないだろ、君がそんなに怒るんだから。皆さんも怖いですよねえ?」


「「「…………」」」


 だが口が裂けてもそんなことは言えないといった雰囲気だ。私、ここでやっていけるのかなあ……


「や、約束ですよ先輩! 絶対ですからね!」


 と、田島先生の両手を掴み懇願する得田先生。もしかして、これって……


 と、蓮美先生が何やら耳打ちをしてくる。


「実はね、富佐子様は田島先生のことがだ〜〜いすきなのよ? 先生も富佐子様の気持ちを分かった上でうまく利用している関係ってわけね」


「な、なるほど?」


「因みに私も田島先生のことを狙っているのよ。うふふ、早く監禁して差し上げたいわ〜」


 えっ、か、監禁!? 蓮美先生にそんな嗜好があるとは……狂気を感じさせる声色でそんなことを言うものだから、思わず身震いしてしまう。


「おい、何耳打ちしてんだ、ぶっ飛ばすぞ」


「や〜ん、富佐子様こわ〜いっ」


 と、得田先生に抱きつくが鬱陶しそうに追い払われる。


 それにしてもあの小太りの中年男性がそんな三角関係みたいなことになっていたとは……普段のどこまでも真面目な様子からは考えられない人間関係だ。

 確かに、顔だけは悪くないし、性格も面倒見がいいので、生徒から『あと20キロ痩せてたら付き合ったのに!』などと冗談を言われたりはするが。


「じゃあ取り敢えず描け。時間がもったいない」


「は、はい! よろしくお願いします!」


 そうしてようやく、絵を描き始める私。


 隣では先輩方も、思い思いの絵を描いているようだ。


「ふむふむ、ここはもう少し丁寧にした方がいいわよ〜」


「おい、線が曲がっている。基本的なことだぞ、しっかりしろまったくっ」


「私は絵のことはよくわからないので、皆さん頑張ってくださいね」


 蓮美先生と得田先生はみんなの絵を指導して。

 田島先生は、再び準備室の方へ戻って行った。


 その時の寂しそうな得田先生の顔が、妙に印象に残ったのだった。





 そうして数時間が経ち、色々とアドバイスも貰えた私は、この部屋を後にすることとなった。


「皆さん今日はどうもありがとうございました。この高校に入れるように受験頑張りますので、また部員になれた時はよろしくお願いします!!」


 と、深々と頭を下げる。皆さん笑顔で送り出してくださったので、そこは嬉しかった。短い交流ではあったが、それでも歓迎されていると考えても良さそうだ。


「じゃあ、先生方もまた」


「はい、合唱コンクール、頑張りましょうね」


「ええ、最後ですからね」


「ふーん、先輩、こいつには優しいんだね」


 と、得田先生はなぜか嫉妬した目で私のことを見てくる。この人大丈夫だろうか……子供に向かってそんな顔するなんて。


「何を言ってるんだ、私は生徒みんなに平等に接するようにしているだけだ。おかしなことを言うんじゃない。すみませんね伊勢川さん、本当この子は"いじけたがり"なもので」


「は、はあ、いえ大丈夫です」


「先輩がいつまでも付き合ってくれないからじゃん……」


 とボソッと声を漏らす得田先生。だが田島先生はそれには答えず黙殺することにしたようだ。


「では、これで。どうもありがとうございました」


 再度お辞儀をし、美術室を後にする。


 と、後ろから蓮美先生がついて来た。


「今日は楽しかったわね、ふふ」


「ええ、ちょっと怖い先生でしたけど、それも私たちのことを思ってかなと納得できましたし」


 その指導する腕も実力通りの鋭さで、絵のおかしなところはとことん指摘し、良いところは素直に褒めてくれると言う飴と鞭の使い分けができる人だった。まあ、口調がきついところはあるけれど。


 それと、明らかに田島先生が絡むとおかしくなってしまう人でもあった。そこまで人のことを好きになれるなんて、私と似たところがあるんだなと親近感を抱いてしまったのは内緒だ。


「私もこのまま中学へ帰るわ、真奈ちゃんは?」


「流湖先輩についてアパートへ戻ります」


「そうなの、じゃあ私もお邪魔しようかしら」


 !?


「え、学校へ帰るんじゃ……」


 それにこの人がうちに来たら……お兄ちゃんがデレデレしちゃうじゃない! きっとこの無駄に大きなおっぱいで誘惑するつもりなんだ! ううう、少しでいいから分けて欲しい……


「気が変わったの。折原さんも、行ってもいいかしら?」


「え、私はまあ、構いませんが」


「ならいいじゃないの、それとも何か不都合でも?」


 と唇に指を当て眉を下げ寂しそうな顔をする蓮美先生。

 うう、そんな顔されたらずるいよ……女の私でもドキリとしてしまうのだから、男子生徒なんかイチコロなんだろうな。


「いえ……わかりました、案内します」


「ありがとう〜」


「きゃっ」


 と、その豊満な胸で私の腕を包んでくる。


「うふふ、楽しみだわ」


 そう言って笑う先生を見ていると、この人を本当にお兄ちゃんと合わせて大丈夫だろうかと不安になって来てしまったのだった。



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