❤︎EX 真・流湖の想い その3

 

 そうしてカラオケを始め、泰斗くん、霞、理瑠ちゃんと順に歌った後のこと。次は私を飛ばして、伊導くんが歌うことになっていたが。


「じゃあ次は俺か。流湖、すまないがちょっとどいてくれるか?」


「いや」


 彼の膝の上が心地良くて占領していた私は、あえて拒否をする。


「え? でも、歌いにくいんだが……」


「私も一緒に歌う〜!」


 と、手を挙げて志願する。


「おい、いいのか?」


「うん。わがまま、かな?」


 嫌な聞き方だな、と自分でも思うが、そう言って困った顔をして見せた。


「いいや、そんなことないぞ。皆もいいか?」


「いいじゃん、デュエットしちゃえよ」


「うんうんっ」


「今日のところは流湖先輩にお兄さんのことお譲りします」


「むうう、私も後でしてね?」


 案の定、皆私のことを気遣い、わがままを言ってばかりにも関わらず許してくれる。なんてできた人たちなのだろう、私には本当勿体ないくらいだと思う。


「はいはい、真奈も後でな。じゃあ何歌う?」


「ん〜、じゃあこれ、かな」


 と、有名なデュエット曲を選択した。


「おお、これなら俺も知ってるからいいぞ」


「ほい、マイク」


「ありがと! じゃあこのまま歌おうよ」


 私は、伊導くんを感じながら歌うことをこだわり、そう提案してみる。


「え? 座ったままでいいのか?」


「うん、むしろここがいいの〜」


 私の傷付いた心を癒してくれる最高のスポット、伊導くんのお膝さま。


「そう言うなら、別にいいが」


 そうして曲が始まり。互いに掛け合いながら、時には声を合わせて歌う。


「<ふたりの〜あいは〜はじまりました〜>」


「<わたしとあなた〜だけの〜せかいです〜>」


「<いつか〜ゆめみたこうけいに〜>」


「<いつか〜ゆめみたかんけいに〜>」


『<わたしたち〜なることできました〜〜〜>』


 わたしは歌いながら、彼と息を合わせる心地よさに内心快楽を感じてきた。


 ここまでくると、もう病気だろうと言われても仕方ないとは思う。だが先程の一件で、以前の自転車の件が比にならないくらい、身も心も彼のものになってしまったのだ。

 そしてこの折原流湖という人間は、その状態を自らの中に落とし込み、気持ちよくなってしまっている変態なのである。


「……ふう、伊導くんありがとう」


「いや、流湖も意外と歌上手いんだな」


「<なにそれ〜〜ひどくないですか〜〜?>」


 と、ふざけてみせる。


「ああいや、別に悪気はなかったんだ、すまん」


 そして文章での評価付き採点機能が出した点数は。


<100点!!! すごいでーす! 特に女性側の男性にたいするアツいアツーーい気持ちが伝わってきましたよ! よっ、このモテ男っ>


「なんだこの採点は……でもよかったな、流湖。褒められてるぞ」


「あ、う、うん。そうだね、えへへ〜」


 なんと、100点! 私は嬉しくなる。が、続く文章を読むと、機械らしくなく私の心の中を読んできやがったのだ。ハイテクすぎやしないだろうか? そういうネタ機能が偶然当たっていただけとしても、周りに心の内を曝け出しているようで、恥ずかしくなり照れてしまった。





 そうして時間は過ぎていき、一度休憩しようという話になり、私は伊導くんにトイレについてきてもらうよう言った。


 ここからが勝負だ。

 今日授かったこのどうしようもない昇華された熱い気持ちは、今日伝えておかないと勿体ないと思った。なので、強引かもしれないが、彼には私の気持ちを嫌というほどわからせてやるのだ。


「…………」


「…………」


「…………あの、後ろ向いとくから、耳も塞ぐし。早くしてくれよな」


「う、うん」


 多目的トイレに入り、しばらくの間共に無言でいると、二人の間に奇妙な空気が流れる。彼に二人でいるということを認識させるための時間だ。おそらく向こうは『言い出したはいいものの気まずくて黙っているのだろう』くらいに思っているだろうが。


「じゃ、じゃあ……」


 と、3分ほどゆっくり時間をかけて用を足す。一瞬、彼がこちらを向いたらそれをネタを関係を迫ろうかとも思ったが、流石にそれはやめておいた。それにそんな人じゃないという信頼もしていたのもある。


 だがそれとは別に、今彼の後ろで用を足しているのだという背徳感と排尿の恍惚感により快楽に耽っていたのは内緒だ。


「っ、も、もういいよ〜」


 ポンポン、と丁寧に洗った手で彼の肩を叩く。


「あ、ああ。終わったのか?」


「もう、女の子にそんなこと言っちゃ駄目だよ〜」


「す、すまん、そうだよな、はは。じゃあ早く出ようか」


「ちょっと待って」


「え?」


 扉を開けようとした彼が私の呼びかけに立ち止まり、後ろを向く。


「どうした? なんだ、やっぱりしにくかったのか? 出ておこうか?」


 と天然みたいなことを言い出す。もう、伊導くんったら!


「ち、ちがう! あの、その……改めて、ありがとう、伊導くん。ううん、伊勢川伊導さん」


「え?」


「私から、伝えたいことがあります」


「は、はい……?」


 数度、深呼吸をし、そして。








「私、折原流湖は。あなたのことが、好きです」







「…………」


 伊導くんは何を言われているのか理解できないという顔で身動きを止めている。だが私は、今は勢いが大事だとそのまま話をし続ける。


「夏のあの日、自転車から助けてくれた時から、ずっとずっと気になっていて。だんだん気持ちが大きくなっていって………ふう………一緒に過ごすうちに、この人と付き合えたらきっと幸せなんだろうなって、早く告白したいと思いはじめて」


 声が震え、言葉が詰まりかけたが、再度深呼吸をし心を整える。


「本当は今日、アパートに帰った後するつもりだったの。でも、さっきの一件で、もういても経ってもいられなくなった。確かに私の気持ちは傷ついた。とても怖かったし、もうダメかと思った。けど、伊導くんと理瑠ちゃんが駆けつけてきてくれて。あんなに頑張って戦ってくれて……❤︎」


 数歩前へ進み、彼の手を握る。


「ナイフまで出してきたときは、流石に危ないと思った。けど、機転を効かせて窮地を退けた伊導くんの姿、とてもとてもカッコ良かったよ❤︎❤︎」


 死ぬほど、と言いたいがあえて我慢する。


「っ、いや、そんな、でも」


 彼はようやくそう言葉を漏らした。


「ああ、もう駄目だ。私この人に完全に虜にされちゃったって思っちゃった。二度も危ないところを助けられて、それでいてそれを誇るわけでもなく、私に関係を迫って来るわけでもなく」


「それは、真奈がいるからで」


 彼としては、真奈ちゃんがいるから誰とも付き合えない、そんな時間はないと自分に言い聞かせているのだと思う。もしかすると、彼女が辛い間に合っているのに、自分だけ幸せになるのはおかしいなんて考えていても不思議じゃない。この人はそういう人なのだ。


「わかっているよ。でもそれだけ、伊導くんが妹さん思いだってことだよね。家族の為に自分を犠牲にできるなんて、口ではいくらでも言えても実際に行動に移せる人はそうそういないと思う。そこも、伊導くんの素敵なところっ❤︎❤︎❤︎もう私、あなたがいないと駄目な体にされちゃったの。心を完全に支配されちゃったの❤︎❤︎❤︎❤︎」


 そうして一番大事な一言を――――










「お願いします。この折原流湖のことをもらってください。身も心も人生も、全てあなたと共にありたいです!」










「…………流湖……ごめん、やっぱ、今は無理なんだ」


「えっ、で、でも!」


 やっぱり、か。きっと断られるとは覚悟していた。だが、"ここまで言ってそんな返答をされるとは考えていない"という風に驚き慌ててみせる。


「真奈のこともある。でも、流湖のこと、俺はまだ全然知らないし。友達になってから日も浅いだろ? まずは、友達からということには――」




「――そんなこと言う悪い口は、塞いじゃうね?」




「え、むぐっ!?」


 こういうことをきっと言われるだろうとのは分かっていたはずなのに、私は自分の心が傷つきたくないという一心で彼の口を自らの口で塞いでしまった。


「まひぇよ、りゅこ!」


「はあっ、いりょうきゅん、しゅきひぃ、んみゅ❤︎❤︎❤︎❤︎❤︎」


「にゃ、にゃんりゃこりぇ、むぐ」


「はあ、はあ、むちゅるる、じゅじゅっ❤︎❤︎❤︎❤︎❤︎」


 そうしてディープキスをしながら両手を壁ドンして逃げ場をなくす。


 実はこの時、彼の脚を私のアソコに当てて軽くイッていたのは内緒だ。これが思ったよりもずっと気持ちよく、この夜同じことをしてしまうのだが、それはまた別の話。


「はあ、はあ、なんでこんな、こと」


 たっぷり15分ほどはキスをしただろうか。解放された彼は顔が真っ赤で、私もまた同じく火がついたようにほてっていた。


「ごめんなさい、ごめんなさい。本当にごめん。でも、私の今の気持ちはこれくらい大きいってことなの。全てを貰ってしまいたい、貰ってしまわれたいくらい、伊導くんにゾッコンなの。だから、今は無理なら、せめてこれくらいの慰め・・は頂戴。ね?」


 私は勢いでひどいことをしてしまったことを謝り倒す。


「…………今日だけだぞ」


 すると、彼らしく聖人のような優しさで許してくれた。そんなところが好き❤︎大好き❤︎死ぬほど好き❤︎愛してる❤︎❤︎❤︎


「うん、これでもう何もしない。理解してありがとう、伊導くん。そう言うところも、好きだよ?」


 と、自分の口との間にできた卑猥なブリッジを指ですくいとり舐める。んんっ、これ結構やばいかも……❤︎


「ごめんね、立てる?」


「あ、ああ。大丈夫だ」


 尻餅をついた彼が起き上がるのを助ける。流石に一瞬手を取るのを迷ったようだが、何もしないという言葉を信じて握ってくれた。


「向こうに戻ったらまた伊導くんの言う通りに『友達』しようね?」


「……わかったよ、流湖の言う通りにする。それで満足か?」


「うん。でも覚えておいてね、いつか真奈ちゃんの依存症が解消された時。その時は、遠慮なしに君の心を奪い取りに行くから❤︎」


 彼の心の枷が外れた時、その時は今よりももっと全力全開でアタックして、互いにこの人がいないともう駄目になってしまうというくらいの関係にしてみせるから……!




 覚悟しておいてね、伊勢川伊導!!!




「お、おう」


「じゃあ、行こ?」


「あ、ああ」


 そうして多目的トイレを出ると、彼と共に部屋へ戻った。








 これが昨日までの私に起こった出来事。そしてこれからは、伊導くんと私と真奈ちゃんが同じ建物で暮らすことになる。


 自分にとっても、彼にとっても、逃げ場はない。後は真奈ちゃんの病気を治しつつ、地道に攻略していけばいいのだ。


 私の心も身体も、もう彼のもの。他の誰にも渡したりはしない。

 完全に『伊導くんしゅきしゅきモード』へと移行したのだ!


 なので、後は普段の生活で彼に私のことを意識させていけばいい。そうすれば自ずと、彼の中で私の存在が大きくなっていくはず。

 真奈ちゃんはフェアにやって行こうって言ってたけど、彼と一緒の部屋で生活している時点でフェアじゃないよね?

 じゃあ私は他のところでリードさせてもらうから。





「んーっ、よしっ! こんなところかな。あー、疲れたな。んんっ」


 私は自分の気持ちを整理するために書いていた日記を閉じると、伸びをする。


「よし、寝ましょ〜」


 ベッドの上で寝転がり、今日もまた彼のことを思い出しながら一人慰め、そのまま眠りにつくのであった。


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