❤︎EX 真・流湖の想い その2

 

「おい、何してんだお前ら!!」


 伊導くんと理瑠ちゃんがこちらへ慌てて駆け寄る。


「い、伊導くんっ」


「あ、彼氏か? そっちの女も中々いいじゃねえか、大人しく差し出せば見逃してやるよ僕ちゃん」


「「「ぎゃはは!!」」」


 リーダー格らしき男が理瑠ちゃん見て舌舐めずりをする。なんて下衆な奴らだ。


「おい、流湖を離せ。そっちこそ、いま解放するなら許してやるぞ?」


 伊導くんが啖呵を切る。


「は、なにこいつ?」


「先輩、やっちゃっていいんじゃないっすか?」


「そうだなあ、悪い子にはお仕置きしなきゃなあ」


「きゃっ」


 だが三人はものともしない様子で、私は下っ端に捕らえられ、男の一人が伊導くんへと向かっていく。


「なーにカッコつけちゃってんの? こんなところでオネンネしちゃったらいつ見つかるんだろうねえ?」


 不良どもは全く悪びれる様子はなくそう言ってのける。彼は怖がる理瑠ちゃんを守ってあげているが、明らかにこいつら三人の方が喧嘩慣れしている感じであり、劣勢だ。


「まあ、二人には違う意味でベッドにオネンネして貰うけどな!」


「ぎゃはは!」


「いっ、伊導くん助けてっ!」


 私の身体を舐め回すように見た後、自らの懐に抱き込もうとする。私は恐怖から叫んでしまう。


「伊導くん助けてっ! だってよぉ!!!」


「ぐおっ」


「お兄さん!!」


 いやっ、伊導くん!? 蹴りを入れられた彼を助けようとするが、拘束されているし、何より足がすくんで動こうとしない。私、何してるの! 早く行かなきゃなのに!


 だが、なんとか立ち上がった彼は、理瑠ちゃんに指示を出し、男の仲間のことも牽制する。よ、よかった、まだ動けるようだ。


 と安心したが、


「しね」


 男が足を大きく上げて振り下ろそうする。


「ぐはっ」


「きゃっ!」


 もう駄目だ……と思ったが、なんと伊導くんは男の仲間を盾にその攻撃から身を守ったのだ。す、すごい、彼があんなに機転のきくなんて。


「ちっ」


「くそっ」


「しぇんぱい、はなぎゃあっっ!!」


 男は更に、顔を押さえて左右に体を振る下っ端の腹を蹴り黙らせる。なんて酷いことをするの、一応味方のはずなのに。


「ああったまきたなあ、君、やっぱ死んでくれない?」


「なっ!」


 男は羽織ったジャケットの胸ポケットから、短めのナイフを取り出す。え、そんなもの持ってたのっ!?

 私はこの時に私と彼の命の危機まで感じた。恐怖という感情が私の中で更に濃くなっていく。


「そいつ、好きにしていいぞ」


「まじっすか! あざっす!」


 えっ!?!?


「いやああ!! 伊導くん!!! いやああああ!」


 私のことを拘束していた仲間が、床に押し倒し乱暴してくる。


「いい女だなあ、へへっ」


「ひいっ……」


 いやあ、なんでこんな目に合わないといけないの? なんで私なの? まだ誰にも触らせたことすらないのに、こんな形で初めてを奪われるの?


「ぎへへ、初めては優しくってな〜〜」


「いやあ、いやあっ、ごめんなさい許してごめんなさいそれだけはいやあああああ!!!!」


 仲間はチャックを開け、その汚いものを見せつけてくる。私は半狂乱に叫びまくる。自分でももう何を言っているかわからないくらいだ。




「流湖おおおおおおお!」




 すると、伊導くんが四つん這いになっている目の前の強姦魔の股間を、おもいっきり蹴り上げた。


「ぎひいっ!」


「ひっ!」


 目をひん剥き痛みに悶えるこいつから、私は手を使って尻や足を引きずりながらも頑張って飛び退く。


「ふざけるなこのくそがきゃあああああ!!」


 そのまま痛がりながらも必死に抵抗をする下っ端とグルグルと上下を入れ替えながら戦う伊導くん。

 だがその背後から、男が再びナイフを手に取り走ってくる。


「いぢ、い、伊導くんんんん!」


 回らない舌をなんとか動かし、彼に危険が迫っていることを伝えようと名前を呼ぶ。


「ぐあああああ!」


「なんだと!?」


「ひっ」


 しかし、狙いは外れ、強姦魔の背中にナイフが突き刺さる。


「いでえええ、ぜんばいいてええよお」


「う、うるせえ!」


「ひぎゃっ」


 男が下っ端の顔を蹴り、気絶させてしまった。歯が何本か飛び散るくらいの勢いだ。


「お前、殺すだけじゃ飽きたらねえ。全身バラバラにしてやるからな! しかたねえ、お楽しみは後からだぜ……そこのメスガキは廃人になっても使い回す性奴隷行きだからな?」


 ナイフの血を舌で舐めとりながら私のことを嫌らしい目で見てくる男。いや、伊導くん助けて……


「いやあ、いやあ、伊導くん助けて、いやあ」


 声を漏らしながら、ズリズリと彼に近づくと、あることを舌打ちする。私はその提案が一瞬理解できなく、猛烈な勢いで拒否をしてしまった。だが、彼はそれでもこれしかないのだと必死に早口でしてきたので、辛うじて残る理性を駆使し可能性にかけることにした。


「本当ね? し、信じるからね? 伊導くんのこと」


 彼の手を握る。と、彼は私のことは絶対に見捨てないという強い意志を感じさせる目を向け、握り返してくれた。


「ああっ、いくぞ」


 そして彼は廊下の奥に向かって急ぐ。


「ああ? なんだあいつ、逃げるのか? ぎゃはは!」


「ね、ねえ、お兄さん? 性奴隷じゃなくて、せ、セフレじゃダメかな? ほら、どう?」


 伊藤くんから提案された策を実行する。当たり前だが、こんなこと、本心でもなんでもない。彼からの提案じゃなかったら、絶対に口にしていない言葉だ。


「あ? どうした、見捨てられた途端しおらしくなりやがって。セフレだと? ふうむ……」


 男はなにやら考え込む仕草を見せる。すると。


「流湖、どけ!」


「うん!」


「そうだな、金曜日担当なら……ぐはあああっ!?」


 私は転がるように飛び退く。と、彼が持ってきた台車・・が男にぶつける。男は痛みからその場で蹲ってしまった。


「いっでででで」


「流湖、逃げるぞ!」


「うんっ、あ、あしが……!」


 分かってはいるが、それでもうまく身体を動かすことができないようだ。頭と身体が別の生き物みたいに感じる。


「なにっ? ごめん失礼する!」


「ひゃっ」


 するとなんと、伊導くんがお姫様抱っこをしてきた。そのまま、安心感に包まれながら、二人して廊下から逃げ出す。




 その時下から見上げた彼の顔が、私にはまさに王子様のように見えたのだった。




 すると、理瑠ちゃんが人を連れて戻ってきた。


「先輩、大丈夫ですか!?」


「それよりもあいつらを!」


「奥にいる三人ですね」


 警備員を数人と、警察官が数人。それぞれ二手に分かれて男たちを拘束する。


 私は理瑠ちゃんに預けられ、彼女にもたれ掛かる。


「先輩、大丈夫ですか!?」


「はあ、はあ、ちょ、ちょっと、無理かも……」


「うわわわっ」


 力が入らず、そのまま理瑠ちゃんを押し倒しかけてしまう。

 駆け寄ってきた女性の店員が、私の肩を持ってくれた。


「一先ず医療室が有るのでそこへ!」


「はい!」


 二人によって私は別の場所へ運ばれ。そこで軽い治療を受けた後、しばらく寝かせてもらった。




 そうして少しして、身体の震えも少し治まってきたので、皆のもとへ戻ることにする。ここにいるよりも、伊導くんのもとにいる方が安心できる気がしたからだ。


「先輩、もう大丈夫なんですか!?」


「う、うん、少しはね。ありがとう理瑠ちゃん、助かった」


「いえそんな、当然のことをしたまでですから。私こそ?もっと早く駆けつけられたらよかったのに、すみません」


「ううん、そんな、謝ることじゃないよ」


 と、彼女の頭を撫でる。まだうまく手が動かずぎこちなくなってしまった。


「先輩……わかりました、行きましょう」


 そうして医療室を出て。


「流湖、大丈夫か?」


 伊導くんだ。彼の姿を見た瞬間、私は泣き出してしまう。そのまま正面から彼に抱きつき、胸に顔を沈めた。


「……怖かったよ……ふええーーんっ、ううっ、ふうううっ」


「……あの、俺には近づいていいのか?」


「うん……泰斗くんに、それに伊導くんになら大丈夫。他の人は、お巡りさんでも怖かったけど……」


 医療室で簡単な事情聴取を受けたが、理瑠ちゃんや女性スタッフがいなければきっとまた怖くなって何も喋れなかっただろう。


「そうか? まあ、泣きたいだけ泣いてくれていいぞ。俺なんかで良ければ、いくらでも動かない棒になってやる」


「ううん、動いて」


「え?」


「抱きしめて、欲しい……そうしたら少しは安心できる、と思うから」


「そうか? 本当にいいのか?」


「うん、お願い」


「わ、わかった」


 私からだけじゃなく、彼からも抱きついてきてくれる。彼の抱擁は心に温かいものを流し込んでくれて、私はギュッと抱きつく力を込めた。


 そうして今後の話し合いをする声を聞いていると、皆がそれぞれ私に謝ってきた。

 更に、今日のところは帰ろうと話になっているようだったので、私は逆のことを言い出す。


「ううん、まって。私まだ遊びたい」


「「「えっ?」」」


「家に帰っても、むしろ寂しいし……ここで皆といた方が私も嬉しい。それに、このまま帰るとあいつらに負けた気がするから……! 私の人生は、私が決めるの。あんな奴らに襲われたから家に帰って泣きましたって、そっちの方がしんどいし悲しくなると思う」


 私は伊導くんの体を離し、一人で頑張って地面に立つ。


「確かに、今の私の考えはおかしいのかもしれない。暴行されかけたんだから大人しくしておけって思う人もいるかもしれない。でもそれって、結局私が被害者だからだよね? 私という人間がどうするかじゃなく、"被害者はそうあるべきだ"って空気になるのは嫌。怖いものは勿論怖いよ? でも、伊導くんが一緒にいてくれたら、私は何よりも心強いし」


 涙を拭い鼻をすする。そうして私は自分自身にも言い聞かせるように、ブイマークを作り笑顔を見せながら、こう叫んだ。






「私は逃げない。私は、折原流湖なんだから!」






「……本当にいいのか?」


「うん、いいの。それにあの時の伊導くんめちゃくちゃカッコ良かったよ? あいつらをボコボコにしてくれたの見て、ちょっとスカッとしたもん」


「ボコボコってほどじゃないけどな……それに嫌なこと言わせちゃったし」


「セフレ云々のこと? びっくりはしたよ。もしこれで伊導くんが逃げちゃったらってちょっと思っちゃったりもしたし」


 彼のことは信用しているし信頼している。けれど、あの時の私は心が死にかけていて、そんな彼の言葉に対しても本当は百パーセント信じ切ることはできなかったのが事実だ。


「す、すまん本当に」


「えっ、そんなこと言わせたのか?」


「先輩……」


「ち、ちがうよ! そうじゃないの。皆きっと勘違いしているよ」


 と、思い出したくないこともあったが、彼の名誉のためにと皆に向かって二人で丁寧に説明する。すると、どうやら全員納得してくれたようだ。


「--だから、私は伊導くんに感謝こそあれど、怒ってはいないよ。結果的にこうして身体を汚されることなくいられてるんだから」


「そう言ってもらえると助かる。それで、これからどうするんだ? もう一度確認するけど、まだ遊ぶってことでいいんだな?」


「うん。みんなも一緒に、楽しもう? ね?」


 彼の腕をまるで使い古した毛布を握るように掴みそう言う。


「まあ、流湖がいいなら、私はもう何も言うことはないよっ」


「だな。折原さんのためにも、嫌なこと忘れるくらいパーっと遊ぼうぜ!」


「もう、阿玉先輩そう言うこと言っちゃダメですよ? 女の子にとって怖い思い出って忘れたくても忘れられないものなんですから」


「そ、そうか、すまん」


「流湖ごめんねっ、後で教育しておくから」


「教育って……ハイワカリマシタルコサマヨロシクオネガイシマス」


 霞からずもももも、と黒いオーラが発せられ、泰斗は萎縮する。


「いいって、気にしないで。泰斗くんも、気遣ってくれて嬉しいよ」


 確かに、今日の出来事はおそらく一生忘れることはできないだろう。でも同時に、私は伊導くんへのこの気持ちを更に高め、この人と一生離れたくないとまで想いを昇華させた。もう全てを彼に支配されてもいいってくらい、依存してしまっている自分がいる。


「そ、そうか、うん」


「先輩。私にも、お兄ちゃんだけじゃなく頼ってくださいね。同じアパートに住んでいるんですから、今日だけじゃなく色々と言ってきてくださって構いませんから」


「真奈ちゃんありがとう!」


 と、こんどは真奈ちゃんに抱きつく。


「同好の友同士、頼らせてもらうね?」


「はい! 是非!」


 勿論、伊導くんを好きなもの同士、という意味だ。


「私も同好の友ですよ!」


「えへ、理瑠ちゃんもありがとう」


 と、三人で抱き合う。


「じゃあ、このままカラオケでも行くか? 一度、皆だけの空間を作った方がいいだろうし」


 皆が口々に賛成し。


「私も、今はその方が助かるかな。さっきあんな風に言ったけど、他の施設じゃ周りの目もあるし。この6人だけで過ごしたい気分」


 と、私も賛成した。


「流湖、無理なことは無理って言ってねっ? 流湖の気持ち、少しだけかもしれないけどわかる気がするからっ」


「うん、そうする」


 霞、ありがとう。その気持ちもとても嬉しい。彼女にもハグをし、彼女もまた抱き返してくる。伊導くんとはまた違った安心感を得ることができた。


「じゃあいきましょうー!」


 と、私を気遣ってだろう、理瑠ちゃんはいつもよりもさらに元気よく言う。


「あ、伊導くん。やっぱりもうちょっと……」


「おう、遠慮するな」


 私はまだまだ伊導くんを頼りたい気持ちで一杯であったので、彼の腕を取り、肩を寄せるようにピタッとくっつく。そして、5階のカラオケ広場へと向かった。


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