第46話 カラオケ再開

 

「遅かったじゃないか、何してたんだ?」


 ルームに帰ると、皆既に食事をとりながらカラオケを再開していた。


「いや、ちょっと大事な話・・・・をな……」


「うん。とっても大切な相談にのってもらってたの〜」


 泰斗の質問に、流湖は自分の髪の毛をいじりながら、悪びれる様子は全くなく先程の出来事が嘘のように平然とした顔でそう答える。当然のように腕を絡めているが、本当に今日だけだからな?


「そうか? なら仕方ないな。戻ってこないから、もう三住さんまで終わっちまったぜ。どうするか決めかねていたんだ」


「すまんすまん、じゃあ次、流湖歌うか?」


 俺も仕方なしに、先程の約束通りに何事も起きなかった風を装う。


「うん、そうしようかな〜……じゃあこれっと!」


 そうして流湖が歌い出す。


「<あっなったっとのっはじめてのきすはっ、いっちっごっあじっ、それともれもんあじっ?>」


「ぶっ」


 な、なんて歌を歌ってるんだ!


「どうしたのお兄ちゃん?」


「急に吹き出してどうしたんだよ」


「い、いや、なんでもない」


 流湖は俺に向かってウィンクをし、歌い続ける。


「<わたしは〜あーなーたーにーこころうばわれたの〜、あなたの〜こーこーろーも〜わたしにください〜>」


「ごほっ」


「お兄さん、ほんとーどうしたんですか?」


「い、いや、なんでもげほっげほっ」


 飲んでいたコーラが喉に引っかかってしまった。

 真奈が背中をさすってくれる。


「変なお兄ちゃん。でも流湖先輩、やっぱり歌お上手ですね!」


「ありがと〜、でも真奈ちゃんも上手だよ?」


「えへへ」


 席に戻ってきた流湖と真奈の二人は仲良くお喋りをする。


「さあ点数は! 何点でしょーか!」


 いつの間にか司会役を買って出ていた理瑠がボタンを押すと。


<85点! リズムが一部怪しいですね! 誰かとの何か疚しいことでもあるのでしょうか!>


「はっ!?」


 なんだこの機械、実は俺たちのこと覗いていたんじゃないだろうな? いやそんなわけないとはわかっているけど。


「疚しいことだってっ、流湖、何かやっぱり伊勢川くんと何かあったんじゃないのっ?」


「いやいやいや、ないない〜ないよ〜」


「本当ですかー? 怪しいですねー……」


 理瑠と霞は明らかに怪しんでいる様子だ。


 やはり素直に言うべきかとも思うが、流湖が必死に言わないでくれオーラを出しているのでシラを切るしかないか。


「じゃ、じゃあ次は俺だな!」


 とさっさと曲を入力し歌い始める。


「流湖、ちょっとこっち来てっ」


「なに? わかったけど」


 霞と流湖の二人が連れ立ってルームを出ていく。


「そういえば、真奈はお兄さんと一緒の部屋で寝てるんだよね?」


「そうだよ?」


 続いて真奈と理瑠が二人でコソコソと何やら不穏な話をし始める。


「じゃあ、間違いが起こるかもしれないよね?」


「<ごほっ>」


 マイク越しに咳き込んでしまった。


「な、ななななにいってるの理瑠!」


「え? でもいくら妹とはいえ一つ屋根の下なんだよー? お兄さんだって聖人じゃないんだから、いつか耐えられなくなるかもよ?」


 とこちらを見ながらニヤニヤしている理瑠。もしかしてさっき流湖とのことをごまかしたことに対する嫌がらせか? この野郎め……


「<そんなこと〜ないさ〜>」


「おい、もう曲終了してるぞ」


「<そんなの〜かんけいないさ〜>」


<75点! 動揺しすぎ! 彼女との密会は妹にバレないようにしましょう!>


「おいいいいいい!」


「お兄ちゃん……?」


 今理瑠と危なげな話をしていたのに、採点を聞くや否や途端に目からハイライトが消えた真奈が、じっと俺のこと一点を見つめてくる。


「<あとで〜せつめいするから〜ゆるして〜>」


「もうっ! ふんっ」


 真奈はツインテールを猫の尻尾のように尖らせおこりんぼだ。


「じゃあ次私ね!」


 流湖と霞は帰ってこないが、真奈は俺に引き続き曲を入れ歌い始める。


「<どうして〜人は嘘をつくの〜、あなただけがすきなのに〜、あなたはわたしいがいのひとも〜すきにな〜るの〜よ〜」


 と失恋ソングを歌い出した。


「おい、妹さん明らかに怒ってるぞっ!」


 泰斗がこそこそと指摘してくる。


「わかってるよ、後できちんと機嫌を治すから……」


 アパートに帰ってからが怖くなってきた。これでさらに『伊導くんしゅきしゅきモード』の流湖まで毎日相手をしないといけないんだから、もう心が持つかわからない。


「にひひ、私の言った通り、真奈のことを宥めているうちにイケない関係になったりするんじゃないですかー? どうせなら私も混ぜて3人でイイコトしましょうよー」


「お前は何を言ってるんだ、あほ」


「ぴょっ」


 理瑠の頭にチョップをお見舞いしてやる。


 と、ガチャリとドアが開き、先ほど何かの話をしに廊下へ行った二人が帰ってきた。


 何故か流湖の顔は真っ赤で、霞の顔も赤くはあるが満足げにドヤ顔を見せている。


「伊勢川くん、安心してっ。私がきちんと話しておいたから。流湖も少しは大人しくなると思うっ」


「え? は、はあ、そうですか」


 一体どんな話をしたのやら……怖くて聞けない。


「い、伊導くん、お隣しつれいしましゅ……」


「おう、座ればいいじゃないか。さっきまで俺の膝の上に座っていたのに、隣に来るくらいでそんなに遠慮することないぞ」


「ひっ、膝の上……わ、私ったらなんてことを……」


 耳から蒸気を出しそうなくらい赤くなった流湖は、体を縮こまらせ俺の隣へ恐る恐る腰掛けた。


 うーん、やはり様子がおかしいなあ。何を言われたんだ?


「よし、歌い終わりました。採点っと」


「さあ、真奈は何点かなー?」


<90点! 好きな人に対する愛情と、どす黒いナニカを感じられましたね! 彼氏は刺されないように気を付けましょう>


「なんて物騒な採点なんだ?」


「伊導、骨は拾ってやる」


「おいっ、縁起でもねえ!」


 なんで俺が刺される前提なんだ! 彼氏でもなんでもない、ただの実兄だぞ。


「じゃあまた俺からか。今度は、これかな!」


 と、またロボットアニメの曲を歌い始めた泰斗。





 こうしてトンデモ機能がついた採点に振り回されながらも(俺個人としては女性関係に振り回されたが……)時間はすぎて行き、夜。9時頃になり、そろそろ解散する頃合いとなったため、『ターンスリー』を後にする。


 なお、泰斗の罰ゲームは持ち越しとなった。まあ色々とあったから仕方ない。


 そうして二駅戻り、駅前広場。


「今日はありがとな! 楽しかったぜ!」


「私もっ、初デートにもなったし、泰斗や皆と遊べてよかったっ」


「ですねー、先輩方の熱々ぶりをみていると、私も早くお付き合いしたくなっちゃいました」


 と、こちらをチラリとみながら言う理瑠。いやいや、今は誰とも付き合う気はないってずっといってるだろ。いい加減諦めなさい。


「私からも〜。こほん。昼間は大変な目にはあったけど、みんながカラオケで盛り上げてくれたおかげで、少しは恐怖から立ち直れたよ。ありがとうございました」


 と、お辞儀をする流湖。


「まだ怖いって感情は残ってるけど、頑張って生活して行きます。応援してくれると嬉しいです」


「当たり前だろ。な、皆? 俺にできることがあれば、なんでもするぞ!」


 泰斗が言うと。


「そうです! あんな奴らに人生狂わされるなんてまっぴらですよ! 私はまだ中学生ですが、できることがあればなんでも仰ってくださいねー!」


 理瑠が。


「先輩にはまだまだ負けてもらったら困りますからね! あの約束、しっかり守ってもらいますよ? 勝負がつくまで全力で好敵手ですので!」


 真奈が。


「流湖のことは学校でも私が守るっ。嫌なことがあったらすぐに相談して、絶対に見捨てたりしないからっ」


 霞が。


「流湖には、大家さん見習いとしてこれからお世話になるし。それにまだ仲良くなったばかりだ。色々ありはしたけれど、友人としてもっと仲良くなれたらいいと思っている。よろしくな」


 そして俺が。


「ありがとう、本当にありがとう……私、嬉しい。こんなに優しくて心強い人たちがいてくれるだなんて」


 と泣き出してしまう。


「お、おい」


「先輩……」


「改めて、今日は楽しかった〜。また、どこかに遊びに行こうね!」


「……ですね!」


「おう!」


「任せてっ」


「はい!」


「ああ、必ずな!」


 そして別れの挨拶を交わした後、各々自宅へと帰っていった。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る