第47話 真奈、怒る

 

 そしてアパートへ戻ってきた俺たち。現在午後10時。朝から向こうへ遊びに行ってたし、流石にそろそろ眠くなってきたな。


「今日はどうもな、流湖。でも一人で大丈夫か?」


 二階に上がる前に、挨拶をしようと立ち止まる。


 一応今日から下の管理人室に住み込む予定のはずだが。俺たちが上にいるとしても、密室空間に一人でいて、また事件のことを思い出したりすると辛いのではなかろうかと訊ねてみる。


「うーん、どうしよう……」


 流湖は決めかねているようだ。もしかすると俺たちに迷惑をかけたくない、とか考えているのかもしれない。


「ねえ、先輩! 今日は私たちと一緒に寝ませんか? 三人だったらまだ安心感はあるかと思いますけど」


 すると、真奈が笑顔でそんな提案をする。


「え? い、いいの?」


 彼女は俺の顔を伺う。


「おお、全然構わないぞ。いくら流湖が大丈夫だと言っても、やはり怖いものは怖いだろうなと思っていたんだ。遠慮する事はない。さっきも言ったけど、頼りたいときは気にせずに声に出してほしい。俺たちも、その方がむしろ助かる」


「そう? えへへ、やっぱり伊導くん優しいね〜」


 と、流湖は笑ってウィンクをする。


「流湖先輩、やっぱり昼間からお兄ちゃんとの距離が随分近くなったような……」


 妹はまだ怪しんでいるようだ。まあ実際に言えないような出来事が発生したわけではあるが、ここまでは皆にはダンマリで貫き通している。


「どうだろうね〜?」


 おい、挑発するような物言いはやめなさい。


「むむむ、お兄ちゃん」


「うん?」


「怒らないから洗いざらい話しなさい!」


 とビシリと指をさす。


「それ、絶対に怒るやつだよな……」


『お母さん怒らないから正直に言いなさい』、『先生怒らないから、これをやった人は正直に手をあげなさい』などと。

 大抵そう言う言い方をするときは結局は怒られるやつだと決まっているのだ。


「それに後から説明するってカラオケの時に言ったよね……?」


「そうだったっけ? どうだったかなあー」


「お兄ちゃん……今なら本当に怒らないから、きちんと本当のこと話してよ。隠し事しないで? そんなに私のこと信じられない? それとも嫌いになっちゃった?」


 すると真奈はなんと、涙を流して泣き始めてしまった。


「お、おいっ」


「真奈ちゃんっ」


「もういい、おやすみ!」


 そうして二階へと駆け上がり、部屋の鍵を開け飛び込んでいく。


「しまった、まさかここまで俺たちの仲を気にしていたとは」


「真奈ちゃん、伊導くんのこと異性として大好きだもんね。そんな人に嘘ばかりつかれて、悲しくなっちゃったのかも……それに、私も約束したのに抜け駆けみたいなことになっちゃったし」


「約束?」


 どのような約束だろうか。俺は気になり訊ねると。


「……なるほど、そんなことが」


「うん」


 流湖が言うには、二人で戦時協定ならぬ正妻戦争協定を結んだらしい。

 抜け駆けはせず、正々堂々と戦って、どちらかが俺の恋人と、そして将来のお嫁さんとなる。小細工無しで自分の魅力や行動で勝負して、搦手は禁止。と言うことらしい。


「トイレでのあれは、昼間のことを利用したずるい手だったよね。私も同様していたとはいえ、き、き、キスまでしちゃったし……」


 流湖がそう言うと、俺はその時のことを思い出して顔が熱くなってしまう。


「あれは……まあ、俺としても強引すぎないかとは思ったよ正直。だから、きちんと断っただろ? 真奈のことが片付くまでは無理だと」


「そうだね。だから私謝ってくる。伊導くんとは確かにいけないことをしたけれども、向こうにはその気は全くないし、振られちゃったって正直に話すね。許してもらえるかはわからないけど、もし万が一あのことが響いて逆に伊導くんが後に私に対して何かの想いを募らせたときは、今度は私の方から断る」


「お、おう、そうか、わかった」


 流湖は流湖なりにきちんとけじめをつける気らしい。というか俺も一緒に謝りに行った方が良くないか?


「あ、ごめんだけど、伊導くんは来ないで欲しいかな……これは真奈ちゃんとの二人の問題だし、あなたには聞かれたくない話もすると思うから」


「なるほど、わかった」


 そう言われるとちょっと怖くもあるけれど、そう断言するなら仕方がない。俺はここで待たせてもらおう。


 その間に、RIMEを泰斗に送っておく。




--------

<イド>:泰斗、今日はありがとうな。流湖のことでも色々と気を遣わせたが助かったよ


<アダマンタイト>:いいってことよ! 俺も流湖のことは大切な友人だと思っているからさ



 ん、『流湖』? 泰斗のやつ、名字で読んでなかったか?



<イド>:そうか、ところで明日は暇か? うちで流湖と増田さんの勉強組四人で打ち上げしなおさないかと思って。どうだ?


<イド>:お菓子でも食べながらゲームして、今日モヤっとした分も改めてパーっと発散した方がいいと思うんだが


<イド>:あ、もちろん後で二人に確認して、いい返事がもらえたらだけどな


<アダマンタイト>:私は大丈夫、行ける


<イド>:え?



 私……?



<アダマンタイト>:あ、泰斗は今お風呂。私も後から入るからそうしたらこれは返却するつもり


<イド>:え、あの、もしかして増田さん?


<アダマンタイト>:うむ


<イド>:ええ……なんで泰斗のアカウントから?


<アダマンタイト>:そんなの簡単、二人でいるから



 なん、だと?

 二人でいて、しかも風呂……ということは、そういうこと、なんだよな?

 それにそもそも何故に泰斗の携帯を使えているのかという疑問ももちろんある。ロックとかどうなってんだ?



<イド>:そうか、お楽しみのところ邪魔したな


<アパート>:大丈夫、楽しむのはこれからだから




「恥じらいとかないのか! あとRIMEはきちんと履歴残るからな! あとで怒られても知らないぞ」


 と俺は思わず独り言を漏らす。




<アダマンタイト>:すまん、今のなしで。霞が勝手にいじっちまった


<イド>:お、帰ったか。もう取り繕っても遅いぞ。昨晩はお楽しみでしたね、いや今晩か?


<アダマンタイト>:やめてくれえええええええ


<イド>:昼間あんだけイチャイチャしておいて今更だがな


<アダマンタイト>:それは正直すまんと思ってる。だが付き合いたてで距離感がわからないんだ。どちらも初恋で、初めての恋人になったんだから


<イド>:まあ俺は二人が幸せならそれでいいよ


<アダマンタイト>:そう言ってもらえると助かる。あ、俺も明日行けるぜ。どうせ霞と一緒に過ごす予定だったから


<イド>:おっけー、腰痛めるなよ


<アダマンタイト>:一言余計だ! じゃあな!

--------




「はあ、まさかこんな日にまで二人で夜を過ごすとは、お熱いことで……」


 だがいくら付き合いたてとはいえ、開けっぴろげ過ぎやしないか? 慎ましく生きるのも時には大事だと思うけどな。


 そうして十数分後。二人が戻ってきた。


「お、戻ったか」


「うん、お兄ちゃん、わがまま言ってごめんなさい。どうしてもムカついてしまって」


「いいや、俺たちも真奈に嫌な思いをさせたな、すまんかった、この通り」


 と手を合わせて頭を下げる。

 俺にその気はなくとも、好きな人と自分の知り合いが仲良さげにしていたら気になるに決まってるよな。特に真奈は依存症が発症するくらい俺のことが好きらしいし、割増で気持ちが落ち着かないだろう。


 今後は妹としてだけではなく、俺も真奈が俺のことを好きということを頭に入れて行動しないといけないな。精神が不安定になったら、体に負担がかかる可能性もあるのだし。


「もういいよ。でも、今日は添い寝してもらうから」


「あ、ああ、わかった。接触も多めにみよう」


「後、流湖先輩とも添い寝してもらうから」


「ああ、わかった……ってえっ!?」


 流湖とも!?


「それが私の出す条件なの。フェアに行くなら今日の流湖先輩の事情も鑑みて三人で添い寝すべきだと思うの。ね?」


「ね? と言われてもなあ、流湖はそれでいいのか?」


「私? 勿論、私は大歓迎だよ?はむしろこっちからお願いしたいくらい!」


「そ、そうか……わかった、それで真奈が許してくれるなら甘んじて受け入れよう」


 恥ずかしい気持ちは勿論あるが、だがここは場を収めるためにも譲歩する。


「じゃあ、決まりね! お兄ちゃん、いこっ」


「ああ……」


 俺は今夜は荒れそうだと思いつつも、手を引く真奈に連れられて二階へと、上がっていく。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る