第45話 流湖、遂に『伊導くんのことがしゅきしゅきモード』に移行する

 

 そして数時間が経ち。


「ふう、だいぶ歌った感じあるな」


「そうだな、流湖も少しは気が楽になったか?」


「うん、皆ありがとうね? とても助かった!」


「そんな、悪いのはあいつらなんだし、当たり前ですよ。ね、皆さん!」


「そうだそうだ」


「流湖が元気なら、わたしはそれでいいっ」


「先輩が落ち込んでいたら、張り合いがないですからねっ」


「ああ、俺としても巻き込まれた手前、一緒にいたのだから責任を持たないと思っていたが、少しは助けになれたのなら嬉しい」


「ふふっ、本当に皆と友達でよかったよ」


 一筋の涙を流し、それを指で掬う流湖。


「これからもよろしくお願いしますね、流湖先輩!」


「わたしも、お兄ちゃん共々お世話になります」


「折原さんの為なら、俺だって惜しむことはないぜ?」


「流湖の一番の親友はわたしっ、異論は認めるけどっ!」


「あは、嬉しいな〜、なんでこんなに皆優しい人たちばかりなんだろう。一生一緒にいたいくらいだな〜」


 と、俺の胸に背中を預け言う。


「こういえば今何時かな?」


 一生という言葉でふと気になり訊ねる俺。結構楽しむのに夢中だったからな。それにここ、窓がなくて時間の概念を感じにくいんだよな。


「ええっと、5時をちょうど回ったところですかねー」


 手首を裏返し時間を見た理瑠が教えてくれる。


「大体3時間くらいか。まだ後5時間はいられるが、どうする?」


「俺はまだいいぜ?」


「私もっ」


「はいはーい、大丈夫でーす!」


「私はお兄ちゃんがいいなら」


「俺もいいぞ? 流湖は?」


「うん、ちょっと休憩したいかな……いいかな?」


 そうだな。あまり歌い続けてもだれるだけだし。


「じゃあ少し休憩するか。そういや、まだ昼飯も食べてなかったな」


「そうだね、なんか頼もうか?」


 俺と流湖だけじゃなく、皆も途中で辞めて俺たちの方へ合流ので、改めて注文してもいいだろう。


「さっきフードコートで注文した分はタダになったから、その分は頼めるしっ」


『ターンスリー』側の配慮なのだろう、霞の言う通り、昼に注文した分は全て無料となっている。まあ腹に収まっていない時点で得でもなんでもないが。


「だな。じゃあ全員で適当に摘めるものいくつか頼むか」


「先輩、チョイスお願いしますね!」


「よし、じゃあこれとかどうだ?」


 と、四人で楽しそうに選んでいるところに。


「ねえ、伊導くん。ちょっとついてきてくれない?」


「ん? どこにだ?」


「そ、その点…お手洗い」


「あ、ああ。なるほどな。確かに、他の場所ほどじゃないとはいえ、人の目もあるし一人で行くのもな」


「だからお願い?」


「ああ、いいぞ」


 と、2人でトイレへ。


 そしててっきり女子トイレに入るのかと思ったら……なんと、多目的トイレに入っていく。


「ん? なんでそこなんだ」


「ちょい、きてきて」


「え?」


「まだ怖いから……ね?」


 おいおい、まじかよっ!!


「いや、嘘だろ? それは流石に幾らなんでも。外で待ってるのじゃダメなのか?」


「ダメです」


「ええ……どうしてもか?」


「どうしてもです」


「…………うううっ、わかった、わかった。そんな目で見ないでくれ」


 頭に手をやりどうしたものかと悩んでいると、捨てられた子犬のような目で見てきたので、俺は負けてしまい一緒に入ることにした。


「…………」


「…………」


「…………あの、後ろ向いとくから、耳も塞ぐし。早くしてくれよな」


「う、うん」


 二人の間に奇妙な空気が流れる。流湖も勢いで言いすぎたと後悔しているのか、それともただ単に恥ずかしいだけなのかはわからないが、中々用を出そうとしない。


「じゃ、じゃあ--」


 と、3分ほど無我の境地に達しようと耳を塞ぎ目を瞑って匂いなどなにもしないと自分に言い聞かせながら瞑想していると。


「--も、もういいよ〜」


 ポンポン、と肩を叩かれ俺は現実世界に戻される。


「あ、ああ。終わったのか?」


「もう、女の子にそんなこと言っちゃ駄目だよ〜」


「す、すまん、そうだよな、はは」


 先程までの潮らしさは消え、流湖はまた、ふわりとした雰囲気を漂わせる。


「早く出ようか」


「ちょっと待って」


「え?」


 後ろを振り向くと。


「どうした?」


 やけにモジモジとした流湖が。


「なんだ、やっぱりしにくかったのか? 出ておこうか?」


「ち、ちがう! あの、その……改めて、ありがとう、伊導くん。ううん、伊勢川伊導さん」


「え?」


「私から、伝えたいことがあります」


「は、はい……?」


 なんだこの空気は、先程までの微妙なのとは違う、その顔は今にもまるで----告白しそうな女子じゃないか。







「私、折原流湖は。あなたのことが、好きです」







「…………」


 俺は、なにを言われるのかと身構えてはいたが、それでも驚きから固まって何も言えなくなってしまう。


「夏のあの日、自転車から助けてくれた時から、ずっとずっと気になっていて。だんだん気持ちが大きくなっていって」


 目の前にいる女子高生は、胸に手を当て一度深呼吸すると、話を続ける。


「……一緒に過ごすうちに、この人と付き合えたらきっと幸せなんだろうなって、早く告白したいと思いはじめて」


 さらに顔を赤くし、再びモジモジとしだす。


「本当は今日、アパートに帰った後するつもりだったの。でも、さっきの一件で、もういても経ってもいられなくなった。確かに私の気持ちは傷ついた。とても怖かったし、もうダメかと思った。けど、伊導くんと理瑠ちゃんが駆けつけてきてくれて。あんなに頑張って戦ってくれて……❤︎」


 数歩前へ進み、俺の両手を取る。


「ナイフまで出してきたときは、流石に危ないと思った。けど、機転を効かせて窮地を退けた伊導くんの姿、とてもとてもカッコ良かったよ❤︎❤︎」


「いや、そんな、でも」


 俺はようやく緊張が溶け始め声を出せるようになり、一言言葉を漏らす。


「ああ、もう駄目だ。私この人に完全に虜にされちゃったって思っちゃった。二度も危ないところを助けられて、それでいてそれを誇るわけでもなく、私に関係を迫って来るわけでもなく」


「それは、真奈がいるからで」


 真奈がいなかったら、俺だってどんな行動に出たかはわからない。


「わかっているよ。でもそれだけ、伊導くんが妹さん思いだってことだよね。家族の為に自分を犠牲にできるなんて、口ではいくらでも言えても実際に行動に移せる人はそうそういないと思う。そこも、伊導くんの素敵なところっ❤︎❤︎❤︎」


 これはだめだ、完全に『伊導くんのことがしゅきしゅきモード』になってしまっている。


「もう私、あなたがいないと駄目な体にされちゃったの。心を完全に支配されちゃったの❤︎❤︎❤︎❤︎」


 そして、俺に接近して。








「お願いします。この折原流湖のことをもらってください。身も心も人生も、全てあなたと共にありたいです!」








「…………流湖……」


 流湖は、再度、本気の告白をする。


 俺は……だが。


「ごめん、やっぱ、今は無理なんだ」


「えっ、で、でも!」


「真奈のこともある。でも、流湖のこと、俺はまだ全然知らないし。友達になってから日も浅いだろ? まずは、友達からということには--」




「そんなこと言う悪い口は、塞いじゃうね?」




「え、むぐっ!?」


 流湖はいきなり、俺の口に舌を突っ込みクチュクチュと掻き回してきた。


「まひぇよ、りゅこ!」


「はあっ、いりょうきゅん、しゅきひぃ、んみゅ❤︎❤︎❤︎❤︎❤︎」


「にゃ、にゃんりゃこりぇ、むぐ」


「はあ、はあ、むちゅるる、じゅじゅっ❤︎❤︎❤︎❤︎❤︎」


 逃げようとするが、壁まで追い詰められ、両手を壁ドンされて逃げられなくなる。


 そして体感10分ほど口腔を蹂躙され尽くした俺は、ようやく解放されると、ずるずると床に座り込んでしまう。


「はあ、はあ、なんでこんな、こと」


「ごめんなさい、ごめんなさい。本当にごめん。でも、私の今の気持ちはこれくらい大きいってことなの。全てを貰ってしまいたい、貰ってしまわれたいくらい、伊導くんにゾッコンなの。だから、今は無理なら、せめてこれくらいの慰め・・は頂戴。ね?」


「…………今日だけだぞ」


「うん、これでもう何もしない。理解してありがとう、伊導くん。そう言うところも、好きだよ?」


 と、俺と自分の口との間にできた卑猥なブリッジを指ですくいとり舐める。


 俺も甘いのかも知らない。けど、これで身を引いてくれると言うならば、甘んじて受け入れるくらいの覚悟は俺にはあるつもりだ。

 真奈の病気を治す為、今は誰かと付き合ってうつつを抜かしている場合じゃない。


 冷静に、状況に対処していけばきっとなんとかなるはず……!


「ごめんね、立てる?」


「あ、ああ。大丈夫だ」


 そうして床から立ち上がりつつ、一応また何かしてこないか警戒を怠らない。


「向こうに戻ったらまた伊導くんの言う通りに『友達』しようね?」


「……わかったよ、流湖の言う通りにする。それで満足か?」


「うん。でも覚えておいてね、いつか真奈ちゃんの依存症が解消された時。その時は、遠慮なしに君の心を奪い取りに行くから❤︎」


「お、おう」


 いつもどこかふんわりしている流湖には似つかわしくない凛々しい表情でそう断言されると、襲われたにもかかわらず少し心臓がドキリとしてしまう。


「じゃあ、行こ?」


「あ、ああ」


 そうして多目的トイレを出ると、若干怯えながら俺の背中を摘む流湖と共にルームへと歩いていった。


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