第43話 流湖の決意

 


 警察から事情聴取を受け。

 三人はそのまま連れて行かれ、俺たちはこのまま残っていいことになった。恐らくは流湖に配慮してくれたのだろう。

 後日、また事情聴取をするかもしれないから頭に入れておいてくれと言われたので、念のため親にも伝えておいた方がいいだろう。


 母さんに事件に関するアレコレをRIMEで伝えておく。かなり心配されたが、今は大丈夫な旨説明すると理解してくれたので、ひとまずはこれでいいだろう。


「流湖、大丈夫か?」


 そして、医療室から流湖が戻ってきた。


 慰めようと声をかけると。


「……怖かったよ……ふええーーん」


 と、いつのもふんわり元気な彼女は消え失せ、大切な物を奪われそうになった一人の女子高生としての姿を見せる。


 そりゃあ怖かったろうな。あんな刃物まで出してきて、さらには実際に押し倒されあと一息遅ければってところまでされてしまったのだから。

 不幸中の幸いという表現が正しいかは分からないが、手首などを掴まれたのみで、その他の部位は触られていないそうだ。


 少しでも穢される箇所が少なかった点は、正直とてもホッとした。コトに至ってなくても、他のところを弄られていたら更なる心の傷を負っていただろう。


「……あの、俺には近づいていいのか?」


 正面から抱きつき泣きじゃくる流湖に恐る恐る訊ねる。

 今の彼女は男性がとても怖い存在に感じていると思われるが。


「うん……泰斗くんに、それに伊導くんになら大丈夫。他の人は、お巡りさんでも怖かったけど……」


「そうか? まあ、泣きたいだけ泣いてくれていいぞ。俺なんかで良ければ、いくらでも動かない棒になってやる」


「ううん、動いて」


「え?」


「抱きしめて、欲しい……そうしたら少しは安心できる、と思うから」


「そうか? 本当にいいのか?」


「うん、お願い」


「わ、わかった」


 目の前で涙を流す女性の身体を、できるだけ丁寧に抱きしめる。力を入れず、ふんわりと腕で覆う感じだ。


「お兄さん、私たちはどうしましょう?」


「そうよねっ、一旦解散する? 今日はもう遊ぶなんて雰囲気じゃないし。流湖もここにいたくないんじゃない?」


「俺も霞の意見に賛成だぜ」


「先輩、すごく怯えてますからね……私たち気づかなくてごめんなさい。様子を見てから席に戻ればよかったですね」


「そうだねっ……今更謝っても元に戻ることはないけど、ごめんね流湖」


「俺もすまんかった! この通り」


 皆はそれぞれのやり方で流湖に謝る。


「ううん、まって。私まだ遊びたい」


「「「えっ?」」」


「家に帰っても、むしろ寂しいし……ここで皆といた方が私も嬉しい。それに、このまま帰るとあいつらに負けた気がするから……! 私の人生は、私が決めるの。あんな奴らに襲われたから家に帰って泣きましたって、そっちの方がしんどいし悲しくなると思う」


 と、流湖は俺の体を離す。


「確かに、今の私の考えはおかしいのかもしれない。暴行されかけたんだから大人しくしておけって思う人もいるかもしれない。でもそれって、結局私が被害者だからだよね? 私という人間がどうするかじゃなく、"被害者はそうあるべきだ"って空気になるのは嫌。怖いものは勿論怖いよ? でも、伊導くんが一緒にいてくれたら、私は何よりも心強いし」


 そうして涙を拭い鼻をすする。




「私は逃げない。私は、折原流湖なんだから!」




 と、笑顔でブイマークを作った。


「本当にいいのか?」


 俺は、念のために確認しておく。


「うん、いいの。それにあの時の伊導くんめちゃくちゃカッコ良かったよ? あいつらをボコボコにしてくれたの見て、ちょっとスカッとしたもん」


「ボコボコってほどじゃないけどな……それに嫌なこと言わせちゃったし」


 とっさに考えた作戦だったとはいえ、無理強いしたのは事実だ。


「セフレ云々のこと? びっくりはしたよ。もしこれで伊導くんが逃げちゃったらってちょっと思っちゃったりもしたし」


「す、すまん本当に」


「えっ、そんなこと言わせたのか?」


「先輩……」


「ち、ちがうよ! そうじゃないの。皆きっと勘違いしているよ」


 と、流湖は丁寧に説明してくれる。途中途中で俺も捕捉をいれ、皆成り行きを納得してくれたようだ。


「なるほど、そういうことだったのか……それにしても、確かにあそこちょっと暗いよな。あんな奴らに連れ込まれたんだ、助からない可能性もあったわけだし」


 泰斗のいうとおりだ。この人の多い施設にしては、不適切な空間だったと思う。




 お店の人が言うには、物資の搬入口で、奥のさらに曲がったところに業務用エレベーターがあるらしい。間違って入ってくる人がいないように、出来るだけ目立たないようにしていたし、立ち入り禁止のコーンも出していたと言う。


 だがそんなものは見当たらなかった。恐らくあいつらが事前にどこかへやり、『適当に見繕って連れ込んでやろう』とでも思っていたのだろう。


 さらに残念なことに、夜しか使用しないところだったらしく、偉い人がご迷惑をおかけしましたと平謝りしていた。

 そして次回フリータイムパスが無料で使えるチケットを、お詫びとして人数分渡してくれた。


 不備はあったにしても、一番悪いのはあの三人なので、お店も一応は被害者だ。流湖も許すということを言っていたので、俺たちはそれ以上は何も責めることはなかった。




「だから、私は伊導くんに感謝こそあれど、怒ってはいないよ。結果的にこうして身体を汚されることなくいられてるんだから」


 流湖のやつ、思っていたよりもずっと心が強く芯のある女性なようだな。尊敬するよ本当。


「そう言ってもらえると助かる。それで、これからどうするんだ? もう一度確認するけど、まだ遊ぶってことでいいんだな?」


「うん。みんなも一緒に、楽しもう? ね?」


 俺の腕を掴みながらそういう流湖は、まだ震えている。が、本人の言う通りここで家に帰ると逃げた気分になるのだろう。気丈に振る舞うその姿はとても眩しいと同時に、友人として支えてあげたくもある。


「まあ、流湖がいいなら、私はもう何も言うことはないよっ」


「だな。折原さんのためにも、嫌なこと忘れるくらいパーっと遊ぼうぜ!」


「もう、阿玉先輩そう言うこと言っちゃダメですよ? 女の子にとって怖い思い出って忘れたくても忘れられないものなんですから」


「そ、そうか、すまん」


「流湖ごめんねっ、後で教育しておくから」


「教育って……ハイワカリマシタルコサマヨロシクオネガイシマス」


 霞からずもももも、と黒いオーラが発せられ、泰斗は萎縮する。


「いいって、気にしないで。泰斗くんも、気遣ってくれて嬉しいよ」


「そ、そうか、うん」


「先輩。私にも、お兄ちゃんだけじゃなく頼ってくださいね。同じアパートに住んでいるんですから、今日だけじゃなく色々と言ってきてくださって構いませんから」


「真奈ちゃんありがとう!」


 と、流湖は俺の腕を離し真奈に抱きつく。


「同好の友同士、頼らせてもらうね?」


「はい! 是非!」


 なんの同好かは知らないが、同じ女性として俺に話せないこともあるだろうから、真奈に頼れるところは頼って欲しい。やはり俺一人じゃ限界はあるし、勇二さんとも連携しておかなければな。


「私も同好の友ですよ!」


「えへ、理瑠ちゃんもありがとう」


 と、三人で抱き合う。


「じゃあ、このままカラオケでも行くか? 一度、皆だけの空間を作った方がいいだろうし」


「だねっ」


「おう」


「賛成です!」


「お兄ちゃんの提案、いいと思う!」


 そして流湖も。


「私も、今はその方が助かるかな。さっきあんな風に言ったけど、他の施設じゃ周りの目もあるし。この6人だけで過ごしたい気分」


 と、眉を下げ控えめな態度で言う。


「流湖、無理なことは無理って言ってねっ? 流湖の気持ち、少しだけかもしれないけどわかる気がするからっ」


「うん、そうする」


「じゃあいきましょうー!」


 と、敢えてだろう。理瑠はいつもよりもさらに溌剌とした態度で音頭をとる。


「あ、伊導くん。やっぱりもうちょっと……」


「おう、遠慮するな」


 俺の腕を取り、肩を寄せるようにピタッとくっつく。

 真奈や理瑠も空気を読んで何も言ってこない。


 そして俺たち一同は5階のカラオケ広場へと向かった。


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