第32話 泰斗の告白
「う、うそ、ほんと……?」
「ああ、間違いない、これが本当の俺の気持ちだ!!」
泰斗は霞の両手を取り言う。
「で、でも、流湖のことが好きだって」
「実のところ……ちょっと疑っていたんだ、君のことを」
どういうことだ?
「え? 私を?」
「そうだ。俺の世界には、やっぱりお前が必要だ。増田霞、ミスマダムという存在が。でも、ただそれだけじゃ駄目なんだ。俺は中学を出た後、君のことを探そうとした。けれど、どこにもいなかった」
「それは、私もイメチェンしたから」
「そうだ。でも、それだけで本当に見抜けないと思った?」
「それって」
泰斗は手を離し、もう一度自らのネックレスと相手のネックレスを合わせる。
「確かに、伊導に君のことを連れてきてもらわなかったら、気づくことはなかったかもしれない。でも、顔をよく見て、声も聞けるとなると、さすがにわかったよ」
「え、そ、そんなに私のこと覚えてくれていたの?」
「そうだぞ? 忘れるわけないだろう、俺の人生の中で一番の思い出と言ってもいいくらいだ」
「う、ううっ、でもでも、泰斗は私のこと、もう眼中にないって半ば諦めてたし……」
霞は流湖に負けじとそれなりにアタックしていたので心が強そうに思えたが、そうではないというのか。
「違う、中学の時の俺は、目を逸らしていただけなんだ。自分の心に嘘をついて、せっかく手に入れた世界が壊れてしまいそうで、君を見捨ててしまったんだよっ!」
泰斗は俯き唇を噛み締める。
「ご、ごめん泰斗くん……話の流れがわからないというか、意味不明というか……」
流湖が口を挟み、言い合いは一旦ストップする。
「あ、ああ、すまん」
と言って、泰斗は自らの過去を話し始めた。
そしてそれに乗っかって、霞も。
----そうして約1時間後、ようやく話し終えた二人は、ホッと一息をつく。
まさか両想いで、しかもそんなエピソードがあったとは……
「えっ、えっと、改めてお聞きします。阿玉泰斗くん、本当に私でいいんですか……?」
霞は眼鏡の奥から、上目遣いで泰斗の様子を伺う。
「むしろ、ミスマダムがいい。何度も言うけど、俺という存在はお前に助けられたんだ。一人でいた俺の閉じた世界をこじ開け、こうして新たな『ステージ』へ連れて行ってくれたのは……紛れもなく、霞。自称ミスマダムだった君になんだ!」
「や、やった……阿玉泰斗くん、私からもお話があります。結婚を前提にお付き合いしてください!」
「勿論、こっちこそお願いするぜ!」
と、二人は照れながらも笑顔で見つめ合う。
「ひゅーひゅー」
「ええっと、おめでとうございます?」
「よかった? な、泰斗、増田さん」
一応、互いに告白をして互いにオーケーを出したって認識でいいんだよな、これ?
「私への気持ちは、ダミーだったってこと?」
すると、流湖が困惑した様子でそう訊ねる。
「ダミーというか、そもそも本気で好きとは言ったことはないぞ? 確かに最初であった頃に好きって言ったとは思うが、それは俺というキャラクターを演じる為だったんだ。本当の俺は、既に一人の女性を好きでいる。けど今こうして話している俺という存在が壊れて仕舞えば、新しく開けたはずの世界が壊れてしまう。単なる臆病者ってことなんだ」
そして流湖に近づき、空いている床に正座をする。
「けどさっき、俺の好きな人であるミスマダム、つまり霞はこんな弱っちい人間を受け入れてくれた。もう霞以外には考えられない。なのですまない、この通り」
と、泰斗は頭を深々と下げて土下座をし始めた。
「そ、そう……なんか複雑な気分だけど……私に実害があるわけじゃないし、それに……その、私も好きな人がいるから」
と顔を赤らめる流湖。いや、そこは怒っていいと思うぞ。
「この埋め合わせは必ずする、いや、ぜひさせて欲しい、男としてのケジメだから」
泰斗は頭を擦りつけながらいう。おい、一応新居だぞ!
「うん、わかった……それに私もぶっちゃけると、泰斗くんはタイプじゃないんだ、ごめんね? も、勿論友達としてはいい人だと思ってるし、これからも仲良くして欲しいから!」
「ぐっ、わかっていてもちょっと心にくるな……」
「泰斗……?」
と、霞の目が鉛筆でグルグルと塗りつぶしたように真っ黒に染まる。
「いや、違うからな! 好きなのはお前だけだから」
「そうっ♪」
すぐに元に戻り、腕に抱きつく。
うーん、泰斗の言っている意味がまだあまり理解出来ない。それでも言葉を少しずつ掻い摘んでいくと、流湖にとても失礼な話になるんじゃないかと思うのだが。
だが流湖はこいつのことは許すみたいだし、俺からあれこれ言うことではないだろう。
それに、今は二人のことを素直に祝福してあげるべきだとも思うし。
「あの、私たちは何を見せられているんでしょうか?」
と、理瑠ちゃんが苦笑いをする。
「さあ、恋愛劇かなあ? それともコメディ?」
真奈もそれに答えるが、心がこもっていない。
「話を整理するとだな。泰斗と増田さんは互いのことを好きなまま、物別れに終わってしまいそのまま中学を卒業して。そして今日泰斗は増田さんのことをそのミスマダムとかいう人なのだと気付いた結果、告白したと。で、増田さんもそれを受け入れたので、晴れて二人は結ばれてめでたしめでたし」
と俺はここまでで何とか理解できたことを説明する。
「なるほどわかりました。でもこれって色々こんがらがってしまっていますね。泰斗先輩は流湖先輩のことが好きというけど好きじゃなくて。霞先輩は泰斗先輩と付き合えた。そして流湖先輩は……?」
「わ、わたしは、そんなまだ……」
「へえ、そうなんですか?」
すると、理瑠ちゃんは意地悪そうな顔をして俺に近づく。
「伊導先輩、好きです付き合ってください」
「!!」
「!?」
「えっ」
「あ、あの、理瑠? なに冗談言ってるの?」
「冗談じゃないよ、一目惚れだもん」
はあ?
「一目惚れ、って俺にか?」
「はい、そうですよ? おかしいですか? 人が人をいつ好きになるかなんてその人の自由だし、まして理由なんて様々じゃないですか。だから、今ここで告白します。私、猪突猛進なので、テヘペロ」
と、理瑠ちゃんは唇から舌を出し、頭の上に拳作るどこかで見たようなポーズをする。
「だ、駄目だよ! お兄ちゃんは私のお兄ちゃんなんだから!」
「でも、真奈って妹だよね? それに、真奈が結婚しなくても、私と三人であればいいし。私、真奈となら全然平気だよ?」
「ええっ!? でも、私もお兄ちゃんと……」
「考えてみて。別に、結婚だけが全てじゃないよね? 内縁の妻って関係も普通に存在するし、子供が産まれてもシングルマザーとしておいて、先輩に養って貰えばなにも問題ないよね?」
と理瑠ちゃん……理瑠は真顔で言う。なにこの子怖い。
「ううっ、うううう〜〜」
と真奈は頭を抱え座り込んでしまう。
「真奈っ」
俺は慌てて近づき妹の隣にしゃがむ。
よかった、体調はどうもないみたいだ、びっくりした。
「すまない、理瑠ちゃん。別に嫌いというわけじゃないんだが、今はそういうのは考えられないんだ。まずは少しでも真奈の体をどうにか良くしてからしかね。だから、その気持ちは今は胸の内にしまっておいてくれるか?」
と、俺は立ち上がってから冷静に、実質告白を振るようなことを言う。
「わかりました。ではまたいずれ告白させていただきますね? ですって流湖先輩っ」
「あ、う、うん……そう、だね」
と流湖は笑っているような泣いているような、それでいて怒っているような何とも判別がつかない表情だ。
流湖が今の話に何の関係があると言うのだ?
「よし、いつまでもこうしていても駄目だろう。荷物をまずは片付けて、残りは俺たちでやるから。ひとまず生活に必要なものだけでも出してしまいたいんだが、みんないいか?」
「は、は〜い」
「うっす」
「了解ですっ」
「うん……」
「はーい! 頑張りまーす!」
泰斗が霞に告白し。
霞も泰斗に告白し。
流湖が泰斗のことを振って。
俺が理瑠のことを振って。
ここ数時間で、俺たちの人間関係が大きく動き出してしまった。
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