❤︎EX 泰斗の想い その2
それからも俺は毎日のように、昼休みになると屋上へ足を運んだ。季節はだんだんと夏に入っていく頃。日差しの照りも強くなり始め、自分で伸ばしていながら長い髪の毛が熱くなり鬱陶しい。
だが、この髪の毛は自分のアイデンティティでもあり、また世間と俺の
「それで、このキャラもこのキャラのことが好きで」
「へえ、じゃあ5人もの女の子から好かれてるのか。羨ましいなあ、ハーレムを築くのは、世界中の男のロマンなんだぜ?」
「なにそれ、女性差別?」
「別にそう言うわけじゃねえよ、ただ、それだけ甲斐性があるってことだし、男としての魅力もあるってことだろ? ロックにはやっぱり、カリスマ性も必要だからな〜。一度でいいから、『モテる男は辛いぜ……』とかやってみてえなあ」
「ふんっ、アリにでも向かって言っておけば? 何百匹もいるんだし、一匹くらい種族の壁を超えて好きになってくれる子がいるかもしれないし」
「おいおい、そりゃねえぜ……」
ミスマダムと一緒に過ごすうちに、俺はだんだんと彼女の趣味に興味を持つようになり、今では普通に漫画やライトノベルの作品紹介をしてもらうになった。
勿論以前から漫画くらいは読んだことはあったが、世の中にはこんなに沢山のジャンルがあるのかと驚いたものだ。
もしかすると彼女の自分という存在に影を持つ様子に、俺も共感を覚えていたのかもしれない。
学校では殆ど授業でしか人と会話していなかったのもあって、普通に話をできるようになってきた彼女と過ごす時間はどんどんと俺の中で比重が重くなっていく。
「泰斗は、好きな人とか、いないの?」
ふと話が途切れた時、ミスマダムがそんなことを訊ねてくる。
「うーん、いねえかな。俺に必要なのは、このギターと、ロックな心意気だけだぜ」
手に持つギターは、父親のお下がりという設定。バンドがライブなどで使うような所謂 "ギター" ではなく、アコースティックギターと呼ばれる楽器だ。
勝手にもってきて盗んだも同然だが、親父は今のところ気付いていない様子だ。まさかあの頑固親父がこんなものを持っているなんて、知った時は驚いたもんだ。
「へえ、じゃあ私のことは、要らないんだ?」
彼女は眼鏡を通して俺の顔を見上げ、弄るような口調でそう言ってのけた。
「そ、そんなんじゃねえだろ。ミスマダムは別枠だ」
俺は顔をが熱くなるが、口をへの字にしながらもぶっきらぼうに返答する。
「そっかそっか、よく言えました」
ぺしぺしと、肩を叩き彼女はふわりと微笑む。
二人で過ごすこの時間は非常に居心地が良く、いつまでも手放したくないものだ。このまま続けばいいのに……
と思っていた、夏のある日。
夏休み前最後の昼休み。俺はしばらく会えなくなるであろう悪友に会いにいつもの通り屋上へ上がろうとする。が、教室を出ようとしたところで、扉の手前で話していたクラスメイトからある噂を盗み聞きしてしまう。
俺は急いで屋上へ向かった。
「あれ、なんだこの紙?」
階段を上がった先の踊り場で、俺はそれを読み、一人立ち竦む。
すると数分して、いつものように彼女がやってきた。
「……あ、ああ。ミスマダム。これ、みろよ」
俺は、半ば呆然としながらも、そう言って紙を指す。
「なに?」
いぶかしげな表情のまま、彼女は俺から扉へと視線を向ける。
「えっ、これって……!」
「ああ。閉鎖、だとよ」
そこには、一言。
『これより先、立入を禁ず』
廊下の端、小窓のついている壁に座り込み聞いたクラスメイトの話によると、生徒たちの噂を聞いたPTAの人たちが、屋上に簡単に入れるなんて危ない。生徒が落ちたらどうするんだ、閉鎖するべきだ。と意見を述べ、学校側が急遽対応したらしい。
その話を裏付けるが如く、いつも簡単に開いていたボロく立て付けの悪い扉は、夜中のうちに取り替えられたのか新しくなっており。鍵も頑丈なものがいくつもつけられ、更にガムテープで扉の隙間に封をする徹底ぶりだ。
クレーム対策とはいえ、ここまでするとは。
「……俺のステージ、閉幕しちまった」
ギターを片手に、そう寂しげに言う。
「なあ、今までありがとな。俺、お前とのこの時間、実はめっちゃ楽しかった。ロックとかそう言うんじゃない、純粋に。だから、これ、もらってくれないか?」
「え?」
震える声でそう言ったあと、また震える片手を差し出す。
「……これ、ピック。あげるわ。もう使わないだろうし」
もう俺の居場所はどこにもない。ならせめて最後の証として、これを渡しておこう。別に形見にするわけではないが、もう俺がもっていても使いようもないだろうからな。
「え? ギターは? ロックの世界はどうするの?」
しかしミスマダムはそれを受け取ろうとせずに、逆に必死に説得を試みてくる。だが、俺はそれに取り合おうとはしない。
「いいんだ、これは俺のロッカーとしての形見、二人で過ごした証だ。もらってほしい」
「で、でも……」
「いいから」
「あっ」
と、その俺よりも小さく華奢な腕を引っ張り無理やり握らせた。
「じゃあな」
「ああっ」
彼女の横を通り過ぎ、ギターを背負いとぼとぼと一段ずつ踏み締めるように階段を降りる。
どうせこの関係もこのまま終わりだ。せっかく仲良くなったが、この時点ではもう諦めてしまっていた。
「…………!! ちょっと待って!」
彼女が、今まで一度も聞いたことのなかった大声を出す。
「え……?」
俺は思わず振り向く。
彼女の仁王立ちする姿は、涙によってぼやけてしまっている。
「これ、あげる! ……あげるから。また、いつかお話ししよ? なんなら、夏休み明けでも……」
え? これって。
「いいのか?」
ミスマダムは、先ほど渡したばかりのギターのピックを半分に割ったものを、差し出してくる。
「だから、これをみたら思い出してね。ミスマダムっていう、最高にロックな女がいたってこと……!」
!!!!
彼女は、史上最高の笑顔を見せ、ドヤ顔でそう言い切って見せた。
「!!! ふっ、負けた。負けたよ、俺。お前の方がロックにふさわしいぜ!」
そしてひったくるようにピックを奪ったあと、そのまま背中を向け早足で歩き去る。
その気持ちは、正に堂々と引退する、万雷の拍手を浴びながらステージから降りるロッカーそのものだった----
季節は過ぎ、秋。夏休みも終わり、しばらくして。
俺は、イメチェンをした。髪の毛は坊主にし、乱れていた制服をきちんとして。勿論、ギターなんてものは背負っていない。
ただ、胸元にはいつも、加工したピックをネックレスとして下げているが。
下校時刻になり、夏休み明けから徐々にできていった友達との何人かと一緒に、下駄箱へ向かう。
すると、少し先にあるクラスの扉から生徒が出てくるのが見えた。
「えっ」
「泰斗、どうしたんだ?」
「あ、いや、なんでもない」
俺は友達にそう言った後、再び会話に混じり廊下を歩いていく。
そして、彼女とすれ違った時----
「た、たいっ……」
彼女が、声をかけようとする。が、俺は友達と話すのを止めるのを躊躇ってしまった。今止めてしまうと、また前の世界に戻される気がしてしまったのだ。
もう俺は新しい世界に旅立った。普通の中学生として、友達と楽しく暮らすんだ、と。
しかし彼女はその世界で待っているというのに。
今、誘おうと勇気を振り絞って声を出したというのに。
俺は、何も気づかないフリをして、そのまま横を通り過ぎた。
----そしてまた季節は過ぎ、三年生の春。
合格発表を見にきた俺は、県立巻間高校の正門入ってすぐの開けた場所に、一緒に見にきてくれた友達と発表はまだか、今か今かと待ち構えていた。残念ながら、この高校を受けたのは俺だったが、それでもここまでついてきてくれることがとても嬉しかった。
「はーい! 皆さんちゅーもーく! これから、合格発表を行いまーす! 発表されても、無理やり人を押さないように、周りに気をつけてくださーい!」
すると、担当の教師らしき大人が、拡声器を使い注意喚起する。
「では行きますよー!」
「「「……さん! にー! いち!」」」」
皆が一斉にカウントダウンをし。そして。
ばらばらばらっ! と、巻紙が下され、大きな文字で合格者の受験番号の一覧が示される。
「きゃあああああ!」
「うおおおおおお」
「な、ないっ!? 嘘!?」
「母ちゃん、ごめん……」
喜怒哀楽、様々な感情が一斉に爆発する。
かく言う俺も、番号を目で追うたびに、まだか、まだかと、内心ドキドキを募らせていく。
「…………!!! あ、あった!!」
自分の受験番号を見つけたとき、叫んでしまう。
「おおおおお! やったぜええええ!」
「お、やったな泰斗!」
「おう、ありがとな!」
「マギ高でも元気でいろよ!」
「そっちもな!」
と、横にいる友達と共に騒ぎ出す。
そして周りをなんとなしに見てみると。
「あ、ミスマダム?」
そこにいたのは、ミスマダムその人。一人で喜びを噛み締めているようだ。ということは。
「あいつもここ受けたんだ……」
一人静かに喜びを抑える彼女の姿を見た瞬間、俺は自分自身を騙し隠してきた感情に支配されそうになる。
「……あいつって? 知り合いでもいたのか?」
「あ、いや、勘違いだったみたいだ」
「あはは、なんだそれ? おい、打ち上げ行こうぜ!」
「「「いぇいいぇい!」」」
「お、おう!」
あっちは影の人間。対してこっちは、光の住人に生まれ変わったのだ。
もう、接点を持つべきではない。何より、向こうも今更俺と話したくなんてないだろう。あんな無視するようなことをして、仲良くしてくれるはずがないのだから。
そうするうちに、ミスマダムは前髪を押さえ、周りをキョロキョロと気にしながら急いで学校を後にした。
その日の夜、打ち上げも終わり、ようやく平穏が戻ってきた自宅でゆっくりしていると。
たまたまテレビをつけると、ちょうど放送している深夜アニメが、今日で最終回のようだった。
アニメは彼女と話を合わせるために一時期ちょくちょくみるようにしていたが、夏休み明けに会わなくなって以降は見なくなっていた。
俺はたまにはいいかと、布団に横になりテレビを眺める。
どうやら悪の組織が悪さをして、それを見た正義のヒーローが退治する勧善懲悪ものらしい。
「……そうか、ミスマダムって」
そういえば以前、このアニメの話を聞いたことがあったかもしれない。
ミスマダムという悪の親玉がお気に入りだと言っていたっけな。
ネットなどでは、『いつまで生き残ってるんだよ』とか、『いい加減諦めろよ学習能力なし』かなどと批判されることも多いというが、彼女はこのキャラクターの名前を名乗るほどには好きだったずだ。
「<今日こそ決着をつけてやるよ、やっておしまい! ボンボヤージュ、ヌルヌルトン!>」
「<ホーレハーレシッシッ!>」
どこかで見たようなお決まりのセリフ集に、お決まりの行動パターン。
ああなんだ、こいつらも正義のヒーローにやられてしまうのか、と思ったその時。
「<な、なんだ、これは!>」
主人公が、驚きの表情を見せる。
「<ふっふっふ、驚いたかい? いつまでもやられている私たちじゃないよ!>」
ミスマダムたちが、新たなコスチュームに身を包み、ポーズを決める。
「<何かを成し遂げる為には、自分を変えなきゃいけない! そのことに気がついたのさ!>」
「えっ」
俺は、そのセリフに心を揺さぶられた。
「<何度やっても同じこと! いくぞ、みんな!>」
「<そんなことはないさ。駄目だ駄目だと思わずに、少しでもやれることをやってみる。でないと、現状は現状のままなんだよ!>」
この手のアニメでいうような台詞では到底ないし、ましてや悪者側が言うようなことでもないとも思う。
だが、俺はこのミスマダムの台詞を聞いた時、彼女のことを思い出してしまった。
「……やれることをやってみないと、現状は現状のまま、か」
もし次彼女に出会うことがあれば、言おう。
貴女のことが、好きですと。
そして、ずっと心残りだったことを、吐き出すんだ。
この胸に燻る気持ちを、忘れてはいけない。
本当の新しい世界を、掴みに行くのだ。
坊主になってしまった髪の毛を、あたかもそこにあるように手で払ってみせる。
「……ロックに行こうぜ」
俺は前までの俺を捨て、自分の世界を変えた。しかし、その世界に本当に必要なのは。
胸にぶら下げるネックレスを、俺はそっと握りしめる。
なお親父の浮気は、お袋の勘違いだったらしい。
なんとも馬鹿馬鹿しい理由で俺は振り回されたものだ。
まあその後、正式にギターを譲ってもらったが。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます