❤︎EX 泰斗の想い その1
俺の名前は
成績はそんなに良くない方だし、自分で言うと虚しくなってくるが、ルックスもそんなに特徴的ではない、いわゆるフツメンだ。スタイルも中肉中背でパッとする方でもない。
だが高校からの人間関係は良好だし、昔からの趣味だったギターではちょっとした曲を作曲できるほどにもなった。
そんな俺の人生で一番びっくりした出来事言えるのは、前から好意を寄せていた、生まれて初めてできた好きな人が……なんと俺の友達の友達で、俺の
彼女との出会いは、中学3年の夏まで遡る----
当時の俺は、親が浮気だなんだといわゆる家庭内別居している状況に、不満を抱いていた。思春期という多感な時期に周りの環境が揺らいでいたことに、精神的な負担を感じていたのだろう。
俺は、昼休みになると屋上へ上がり、親父から勝手にパクったアコースティックギターの練習をしていた。
但しそのジャンルは、弾き語りやカントリーなどではなく、ロックだった。
何故ロックかというと、単純に
ではその自称ロックに憧れていたのはなぜか。
それは頑固者で意地でも自分の主張を曲げようとしない人よりちょっと変わった親父に憧れていたからだ。
自分なりの世界を持っていて、隠し事はせずただひたすら道を突き進む。大工屋を営んでいたのもあって、余計とそういうイメージが俺の中についていた。
さらに、当時いわゆる(経験したことがある人もそこそこいるであろう、中学生の特権とも言える)洋楽被れなのもあって、将来は世界的なギタリストになろうとしていたのだ。
だが、そんな曲がったことは大嫌いだと思っていた親父は、お袋に黙って浮気をしていた。
なんだ、結局親父も人の子なのかと思った俺は、憧れの対象がそうじゃなくなったにも関わらず、ロックの世界に余計とのめり込んでいく。
それだけが、自分の行くべき道を照らしてくれる、また
初めの方は、屋上へ来る人も時々いた。だが、俺がいるということが知られるようにつれて、"不良が占拠している"と噂になり、遂には誰も来なくなってしまった。
幸い、何故かいつまで経っても閉鎖されるということはなかったので、夏頃になれば、『昼休みの屋上』という空間は、俺一人のステージになっていた。
そんなある日、屋上に複数設置されているよくわからない機械に腰掛けギターを弾いていると、扉が開く音がした。
なんだ、また噂を知らない奴が来たのか?
噂が広がっても、時折それを知らない奴がやってきて、俺の姿を見るなり怯えてか逃げ出す、ということが起きていた。
今回も同じことだろうと気にも留めなかったが、人の気配が消えない。
俺は顔を上げる。
そこにいたのは、一人の女子生徒だった。
男子生徒ならまだしも、一人で来る女子は初めてだ。普通は二人三人、固まってやってくる。
その娘は、ぼーっと突っ立って俺のことをただ眺めている。
「……え、誰?」
そしてようやく口を開けたと思うと、そんなことを言ってのけた。
「あ? お前こそ」
「…………ここ、立ち入り禁止だけど?」
「それを言ったらそっちもだろ」
女子生徒は両眼が見えないギリギリまで前髪を伸ばし、根暗を体現したらこんな存在になるんだろうなと思うくらい雰囲気も辛い。手には、漫画本のようなものを手にしていた。
校則で禁止されているはずの目隠しの前髪をぺたりと顔にくっつけ、男子なら誰もが気にする胸元はこれまたぺったんこだ。
これは、ぼっちという存在だ、と俺は一人納得する。
「なんだ、そのポーズは」
じゃらんじゃらんとアコギで下手くそな音色を奏でる俺のことを胡乱げに見つめる根暗。
「あ、荒ぶる鷲のポーズ……!」
「はあ? なんだそりゃ」
すると突然、両腕をへの形に広げ、おかしなポーズをとる。俺は滑稽な様子に思わず笑い声を上げてしまう。
笑ったのなんて、いつぶりだろうか。俺は自然と、笑みを浮かべていた。
「お前、なんか面白そうだな。俺の名前は阿玉泰斗、そっちは?」
「…………ミスマダム」
「は?」
ミスマダム? ふざけてるのか?
「ミス、マダムっ!」
だがそれでも根暗は自分の名前を『ミスマダム』だと言い張る。
「あははははっ!! やっぱお前面白れーな。じゃあミスマダム、お前はなんでここに?」
俺がひとしきり爆笑した後、ミスマダムは、そこから少し離れたところに三角座りで腰掛けた。
「……なんとなくだけど」
「なんとなくか、ふーん」
「そっちは?」
「俺か? 俺はもちろん、こういうことをするのがロックだからだぜ!」
ジャジャジャーン! と弦をかき鳴らす。下手くそで音階も何もあったもんじゃない、ただの騒音。案の定、ミスマダムは顔を顰めてしまった。
「ロックってなに、それって寧ろ……」
ただの中二病なんじゃ、という言葉を言おうとしたのだろうか? だがそんなことはわかっている。それでも俺にはこれが必要なんだよ。
「なんだ、文句あんのか?」
「え? べ、別に。なにもないけど」
睨んでやると、一瞬たじろぐが、逃げるわけでもなく慌てて否定してくる。
「そうか。まあいいや。俺、いつもここにいるんだ。人とは違う自分、屋上から世界を見下ろす神の視点。これって良くね?」
「は、はあ」
自分だけのステージ。ここにいると、あらゆる自然を感じている気分になる。俺は森羅万象、ロックに生きる埒外の存在なのだ、ってな。
まあ、そう理解できないという顔をしても仕方ない。俺だって、内心馬鹿なことをやっているとは思っているさ。
「昼休みは大抵いるからさ、よかったら一緒にロック、しね? 俺の姿を見たら大抵の奴、なぜか知らないけど逃げ出すんだよなあ」
理由はわかっているがあえて隠す。別にこいつに不良と思われても構わないが、わざわざ自称するのも憚られたからだ。
「……そういうの、興味ないしわかんないから、いい」
「ええ〜〜、遠慮するなって。そうじゃなくてもさ、ほら、話し相手くらいにはなれるだろ? 実は俺も、友達いないんだよなー、ははは」
「俺も?」
と、不満げな顔をするミスマダム。いや、どう見たって友達いなさそうだし。何より同類の匂いを感じるんだよな。
「あ、すまんすまん。見た感じいなさそうだなと思ってさ。じゃあお前も、ロックだな!」
「え? なんで?」
「群れから追い出されたはぐれ物。その実は、自ら飛び出していった一匹狼だった----な、かっこいいだろ?」
じゃじゃ〜ん。
「…………ぷっ」
「あ、今笑ったな? 笑っただろ!」
怒ってはいないが、あえて怒ったフリをする。そうした方が、会話が弾むと思ったからだ。
この時すでに、俺はこいつに帰ってほしく無くなってきていたのかもしれない。
「わ、わわわらってない」
「ほら、あからさまに馬鹿にしてるじゃねーか!」
「ち、ちがう、から……っ!」
「くっ、ロックは所詮人からは理解されない物なのさ。そう、自分の生き様は自分でしか語れないから----」
「くくっ、わ、わざとやってるでしょっ」
ミスマダムは我慢ができなかったのか、再び笑い出してしまう
「そんなわけねーってば……でも、なんかお前といると変に居心地がいいな」
「告白はお断り」
「なっ、う、自惚れるなよ! 誰がお前なんか」
顔が熱くなる。だ、誰がこいつなんかっ!
だがロックだなんだと言っていても、やっぱ男子中学生。恋人もいたことがない俺は、それ相応にウブだったわけで。冗談だと分かっていても、思わず心臓がドキリ跳ねると同時に、心がチクリとしてしまった。
「じょーだん」
「くっ、この!」
「ひゃっ」
俺は、握り拳を作り、相手に向かって突き出す。ミスマダムは殴られると思ったのか、頭を抱え蹲ってしまう。
「…………あれ?」
だが、いつまで経っても痛みがやってこないことに気がついたのか、恐る恐る頭を上げた。
「な、なに?」
「そ、その……まあ、宜しくしてやってもいい、って言うかなんていうか」
「なにそれ、ツンデレ?」
「そ、そんなんじゃねえし!」
ツンデレじゃない
寂しいんだ。
友達が欲しいんだ。
共に笑い合える相手が欲しいんだ。
心の逃げ場所が欲しいんだ。
俺は俺に対して、ようやく自らの心を認めることを許した。
「ふふっ、し、仕方ないなぁ……」
すると彼女は、俺の左拳に、右手の小指をちょんっと当てた。
「こちらこそ、よろしくしてやるから、覚悟しとけよ坊主」
「…………ロックだ」
こうして俺は自称ミスマダムと友達になった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます