第31話 ダンボール・カチューシャ
「この食器ここに入れておくねっ」
「おっけー」
「あ、これも頼む、増田さん」
「はいっ」
霞が、以前家具屋で見繕った食器棚に食器を片してくれている。泰斗は俺と一緒にダンボールをひたすら開け中身を確認する作業だ。
「このベッド、どういう風に配置するの?」
「えっと、取り敢えず、お兄ちゃんと横になるように……」
「真奈、チャッカリしてるー!」
流湖は真奈と理瑠の3人でベッド(当たり前だがダブルでも二段ベッドでもなく、結局小さめのシングル二つにした)を組み立ててくれている。
っておい、待て待て!
「ダメダメ、真奈、ベッドは部屋の端と端に置くんだ。部屋を半分ずつ区切れるようカーテンも用意してあるから、着替えや寝る時は半分ずつにするように! それに、もしもの場合は俺はダイニングの方であれこれしてもいいしな」
「ええ〜〜……お兄ちゃんのいじわるっ」
「おい、なんで折原がいじけるんだ? 関係ないだろう、うちで寝るわけじゃないんだからさ……」
流湖は何故か『お兄ちゃん』呼びをし、俺に向かってアッカンベーをする。
「むうぅ、先輩、やはり要注意人物です」
真奈は逆に流湖のことを睨み付ける。君たちの間には一体なんの争いが起こっているのかね? ボクにも教えて欲しいなぁ、放っておくと精神的に傷を負いそうな気がするので。
「じゃあベッドは後で……この服はここにかけておくね? お兄ちゃん」
「ん、頼んだ」
これも以前家具屋で見つけていたクローゼットだ。クローゼットは一応、ダイニング&キッチンにおいて。服をとってから各自のスペースで着替えるという予定にしている。
「これは……下着?」
「だあああ! それはいいから! それは俺の大切な布たちなの! 理瑠ちゃんはあっち!」
ちょっと目を離すとこれだ。俺は思わぬ伏兵に頭を抱える。
「ぶーぶー! お兄さんのいけず!」
「いやいや、なにを求めているんだ。触らせるわけないだろう瑠璃ちゃん。一応俺、男!」
「お兄さんのなら別にいいもんっ」
おいおい、なんで出会ったばかりなのにこんなに好感度が振り切れているんだよ。おかしいだろうこの空間……
「妹さん、体調大丈夫か?」
とため息を吐いたところで泰斗が聞いてくる。
「ああ、今のところは大丈夫みたいだ。毎度心配かけてすまないな」
「いや、もう見知らぬ人ではないからな。俺としても、心配しているぞ?」
「ありがとう、嬉しいよ」
今日の真奈は元気が有り余っていると言うほどでもなく、また依存症の禁断症状が出る気配もない。夜のことを考えると、若干不安にはなるが、いい加減兄離れをさせ始めた方がいいかもしれないな。
二人暮らしの期間は一年間だし、その間になんとか解決方法の糸口を見つけ出さなければならない。
先生の予測は今のところ結局どれが正しいのかはわからないが、三番目が一番当たっていそうだと言うことでその路線を主に治療法を模索している。
とにかく、俺と摂取する時間を増やすことなく、徐々に依存症の症状を安定させていくのが第一目標だ。
最近の真奈は本当に積極的と言うか、病気が発覚した最初の頃どさくさに告白したこともあって俺のことを兄ではなく一人の男として見ている。あまりベタベタと接触し続けると、俺にその気がなくても向こうから一線を超えてくる可能性もゼロではない。
「それもそうだが、お前の恋路の方も少しずつは道筋を付けていかないと。いつまでも友達止まりだぞ?」
「そ、それはわかっているさ」
と、泰斗は緊張した面持ちでいう。
「近々、デートに誘おうかと思っている」
「え、本当か!」
「しーっ。まだお前だけにしか話していないからな。内緒だぞ?」
「わかってる、そうか、自ら動くか。うむ、応援しているぞ」
「サンクスな」
そんな恋話をしていると。
「きゃっ!」
「ん?」
ダイニングキッチンの方から誰かの叫ぶ声が聞こえた。
「大丈夫かっ?」
慌てて見に行くと、どうやら霞のようだ。
「だ、大丈夫っ」
と、立ち上がる。
「……あれ?」
「ん?」
「およ?」
「えっ」
「あら〜」
皆、一様に反応する。
「か、カチューシャが……」
泰斗の言う通り、霞がいつも付けているカチューシャが取れていた。
「あたた、多分、シンクに頭をぶつけたときに取れたのかな……あ、あったっ」
と、屈んでシンクの下の戸棚から拾い上げる。
「おい、ちょっと待ってくれ」
顔を上げた霞に対して、泰斗が何故か待ったをかける。
「な、なに?」
「その手、離してくれないか?」
「え」
彼女が手で押さえている前髪のことだろうか、そう言って髪を下ろすように頼む。
「いや、そのっ」
いやそうな顔をし、返事を渋る。
「頼む、ちょっとだけでいいんだ」
と、手を合わせてさらに頼み込む泰斗。一体なにが気になると言うんだ? 別におかしなことはない、綺麗なストレートの髪だが。
「……わかった、これでいい、ですか?」
と、霞は手を離す。
すると、いつも見えていた釣り上がり気味の両眼が覆い隠される。
胸からは、先ほど屈んだときに出てきてしまったのか、なにかのネックレスが見える。
あれはなんだ? 何かの破片のようだが。
「も、もしかして、ミスマダム、か?」
ミスマダム?
皆の頭に一斉にハテナが浮かび、霞と泰斗を除いた4人で互いに顔を見合わせる。
「…………ついにバレちゃった、か。アダマンタイト君」
「っ!」
アダマンタイトって、こいつのRIMEのニックネームだよな? 確か、ゲームなんかによく出てくる鉱石の名前だったような。
「そう、私がミスマダム。君の世界を壊した張本人。ロックの呪縛から解き放ち、新たな世界を見せてあげた元ぼっちだよ」
今度は霞が、なにやら中二病みたいなことを言い出す。
「そんな、こんな近くにいただなんて……全然気がつかなかった」
「仕方ないよ。あの時の私は、君にすらこの目を見せなかったし」
と、自らの隠れた目を指差す。
「それに、そのネックレスって」
「そうだよ? 君からもらった約束の品。いつか再開を誓った、よね?」
「あ、ああ……その、すまなかった、あの時はいつまでも君が現れないことから、もう会う気がないのかと思ってさ……」
泰斗は悲痛そうな顔をし、俯きながらそう言う。
「違う、あれは私が悪いのっ。新しい世界に生きる泰斗の姿を見て、私とはもう関わらないで頑張って生きて欲しいって思ったから。だから私が会わなかったの。アダマンタイトはなにも悪くないし、謝ることはないよ?」
と、泰斗に近づき顔を上げるように促す。
「そうか、気を使わせてしまってたんだな、ミスマダム。俺は見ての通り、高校に入っても新たな生き様を頑張って刻み続けているよ。でも、こんなところで君に再開できるだなんて。きっとこれは運命だ、正にロックだよ!」
そしてシャツの内側の胸から、何かを取り出す。
「実は俺も、同じようにネックレスにしていたんだ。ほら」
見せたのは、霞と同じように何かの破片に糸を通したネックレス。
「すごい、こんな偶然ってあるの?」
彼女は、泰斗のそれと自らのそれをつなぎ合わせる。
「あ、それってギターの……」
と流湖が言う。
「そう。私と彼とは、これを分け合った。またいつか、お話しできるようにって」
「本当は、中3の夏休み明けにでもって話だったはずなんだけどな、へへっ」
と泰斗は照れたように笑う。
「取り敢えず、アダマンタイト。いや、泰斗。私、あなたに言いたいことがあるのっ!」
「いいや待ってくれ、それは俺から言いたい」
え? 何かの空気、一体なにが始まるんです?
「増田霞さん、俺と結婚を前提に付き合ってください!」
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