第3話 俺たちの結論 その1

 

 くんずほぐれつ……じゃなくクンカハグハグを終えた妹を引き連れ、リビングへ戻る。


「ご、ごめんなさい……」


 真奈が両親に頭を下げ改めて謝る。


「ううん、私も急に言いすぎたわね。少しずつわかってくれればいいわ」


「そうだな、人間はいつも折り合いというものをつけて生きていく生き物だ。寧ろ今回の件は社会勉強にもなっていいんじゃないか? 世に羽ばたくようになれば、時には思い通りにいかないこともある。恋愛しかりな」


 と、父さんが何やら人生の先輩風を吹かし、ウンウン頷きながらごちる。真奈が俺のことを全く諦めていないと知ったらどういう表情をするのだろうか……


「それでね、おとうさん、お母さん……私たち、二人暮らししてみる!」


 真奈はさっきの怒りなどなかったかのように明るく振る舞う。なんか逆に恐いな。


「ん? 本当にいいのか? 伊導の方はどうなんだ」


「俺もいいよ。さっき少し相談した結果、真奈のことはこのまま放ってはおけないし。それに兄として生まれた責任を取って俺のことを諦めさせてみることにしたから、な?」


「そうよ」


 さっきは若干? 妹に押され気味だった俺だが、よく考えると自宅でいつまでもなあなあをするより、思い切って環境を変え、後戻りできないようにした方が案外すっぱり成功するんじゃないかと思えてきたのだ。


 真奈とはあの後きちんと相談して、真奈は俺のことを惚れさせるため、俺は俺のことを諦めさせるために共同生活することに同意した。ここで真奈がデモデモダッテしなかったのはありがたい。


 ----これが創作物だったりするとご都合主義な展開だと批判されるかもしれないが、現実の人の脳というものは、実際意外とすんなり納得いく瞬間があるものなのだ。人はそれを時に「細かいことは後回し」とも、「終わり良ければ全てよし」ともいうが----


 まあ詰まるところ、俺もきちんと考えた結果の受け入れだということだ。決して真奈に流された訳じゃないぞ? 俺だって昔からずっと一緒に暮らしてきた、血の繋がった実の妹のことを恋愛対象となんて見ることはできない。

 結婚するつもりもないし、また俺成分の補給要員として一生を添い遂げるつもりもない。一人の家族として、早く『俺依存症』を脱却し、他の男性と幸せになって欲しいのだ。


 というわけでビバ? 二人暮らし、受けて立とうじゃないか!


「まさか伊導、あんたも真奈のことを」


「そんなわけないって」


 なぜそういう発想になる!

 そして真奈も残念な顔をしないの!


「俺は俺の好きな人をきちんと見つける。真奈には妹として、幸せになって欲しいと思うよ。だから、『俺依存症』を治すためにも粗治療と思って二人暮らしをさせて欲しい」


「その顔を見る限り、覚悟はできているようね。でも間違っても間違い・・・は起こさないで頂戴ね? いくら兄妹とはいえ、年頃の男女なんだし。本当は信じてあげるべきなんだろうけど、真奈の態度を見ているとそういう心配もしてしまうわ」


「まあ、母さんの心配もわかるよ。だから、一週間に一度、こっちに帰ってくるっていうのはどうだ? そして、この家にいる間は絶対に俺成分を補給しないっていうのもどうだろうかと考えたんだが?」


 俺成分なんて自分で言うと少し恥ずかしい気分にもなるが、これは至って真面目な話である。


「あなた、どう?」


「そうだな……提案したのは俺たちの方なんだから、不満はない。だがわかっているな、くれぐれも、くれぐれも間違いは犯してくれるなよ? そして、その自宅での約束も破らずに守ることだ、いいな? 特に真奈。二人きりだからってハメを外すんじゃないぞ」


「なんで私だけ……わかってるよ」


 と、妹は不満げに唇をちょこんと突き出す。


「それともう一つ注文させてもらう。俺たちの方はそっちに不定期で様子を見にいくからな。当たり前だが、お前たちはまだ未成年なんだ。住まわせる場所も遠くにはしないし、何かあったらすぐに連絡もすること。これは親としての義務でもあり、また同時に命令だ」


「え〜〜せっかくの二人暮らしなのに」


 またまた不満そうな顔をする真奈。


「いや、そう言う目的じゃないって本当にわかってるんだろうな……?」


「わかってるよ、お兄ちゃん。きちんと完治できるように頑張るから」


 真奈も『俺依存症』で周りに迷惑をかけている自覚はあるようで、俺のことを堂々と抱きしめたりできるからと嬉しそうながらもどこか申し訳なさそうな態度の方が強い。

 俺を自分に惚れさせることと、依存症を脱却することを両立させようとしている。これが俺が対象じゃなければ手放しで褒められたのだが。


「先生も長期的に根気強く治療することが大切だと仰っていた。こんな言い方も悪いとは思うが、今の伊導は真奈にとって薬物も同然だ。薬物依存もすぐにはやめられないという。そういう専用の団体や施設もあるらしいしな。流石に、このような病気専用の施設はないとは思うが……」


 あったら逆に怖いわ……


「うん、それはわかってる。お兄ちゃんとも長期的に付き合って・・・・・・・・・いかないね」


 と、こっちを向いてウィンクをする。何か違う意味が含まれていた気がするが気のせいか?


「あら、もうこんな時間? みんな、とりあえず一旦この話は終わりましょう。また明日から学校が始まるし、晩ご飯も食べなきゃだしね」


 母さんが一つパンッと手を叩き合わせ、そう言って場を閉める。


 幸い妹が倒れたのは金曜日の昼前だったので、土日を挟んで月曜日の今日は祝日なので学校は休み。明日からまた再開だ。学校でのことも考えなきゃいけないんだろうが……病院で先生がおっしゃっていたとおり、どれくらいの頻度で禁断症状が発生するのかも確かめておかないと、また授業中に倒れてしまうかもしれない。

 学校側にもまだ無事だと言うことくらいしか細かいことは伝えられていないから、症状についてきちんと説明しておかないとな。もしかしなくてもこんな話信じてもらえないかもしれないが、診断書もあるし、もしもの時は病院の力を借りてもいいかもしれない。


「ああ、そうだな。細かい話は晩飯の後にしよう」


「今日の晩ご飯は二人の好きなハンバーグよ」


「やった〜! 良かったねお兄ちゃん!」


「あ、ああ、そうだな」


 急にテンションが上がったな、こいつそこまではしゃぐほどハンバーグ好きだったっけ?

 まあ俺もハンバーグが好きというのは本当だ。子供っぽいと思われるかもしれないが、母さんのこねるハンバーグは本当に美味しいのだ。

 食べてみるとわかるぞ!


「(うふふ、実はね。もとから好きなんじゃなくて、お兄ちゃんが好きなものだから好きになるようがんばったんだよ? どう、ときめいた?)」


 と妹が急に耳元でささやいてきた。こ、こいつ、すきあらば俺のことを墜とそうとしてないか!? その手にはのらないからな……!


 他にも妹のからの両親の隙を見た攻勢に耐えつつ、なんとか夕食にこぎつく。


 ……これだけは頼むから夕食中に手を繋ごうとしてくるのやめてくれないか? 片手で食べるのは行儀が悪いし、何よりばれたらどうするんだ。どうも退院した後から真奈のやつ、積極的になりすぎている気がするな。

 全く油断も隙もあったもんじゃない……


 こんな調子で二人暮らしをして大丈夫だろうか?

 俺の心に少しずつ不安が増してくるのであった。


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