第2話 家族会議

 

 家へ帰り、ひとまず家族会議の開催だ。俺と妹が横並びに、対面に両親が座る。


 そのまま一分ほど誰も喋らず気まずい空気が流れ出した時。


「あの……ごめんなさい!」


 そう言って真奈は椅子から立ち上がり、深々と頭を下げる。


「真奈……」


「まずは、心配かけてごめんなさい。お父さん、お母さん、それにお兄ちゃんも」


「あ、ああ。取り敢えず、危険な病気じゃなくてよかったな」


 ある意味危険な病気ではあるが。


「そうよ、急に倒れたって聞いたとき、もしかして何か重病を抱えていたのかしらと、もっと娘のことを見ておくべきだったわってとても後悔したもの」


「うむ、そうだな。身体が丈夫なことが取り柄だと思っていた」


 実際父さんの言う通り、真奈は不思議と昔から体調を崩すことが少なかった。特に俺と一緒にいるときは百パーセント元気と言っていいほどだ。もしかして脳内物質が関係していたりするのだろうか? 流石にそんな訳ないか。


「でも、今更いうのもなんだが、『俺依存症』なんて、聞いたことがないぞ」


「そうよね。詳しく検査して貰ったけれど、まさかそんな病気にかかってしまうだなんて……」


「た、たしかに、にわかには信じがたいな、ハハハ」


 誰かこれは夢だとネタバラシしてくれたりはしないだろうか? まさか、昔から可愛がっていた実の妹が、俺のことを異性として好きで、さらにそれが原因で依存症に罹ってしまうなんて。もしこれが創作物だったら、こんな無茶苦茶な設定考えた作者の頭を解剖してやりたいくらいだ。


 だがこれはやはり現実なのだ、受け入れなければならない。妹のためにも、そして俺のためにも。


「だがここは先生と病院を信じるしかないだろう。一応、他の病院でセカンドオピニオンを受けてみるか?」


 父さんが真奈に問いかける。


「ううん……私が一番、自分の症状をわかっているから。これは間違いなく、『お兄ちゃん依存症』だと思う。だってさっき病院でお兄ちゃんの匂いを嗅いだとき、ふわ〜〜ってなって、世界にお花畑が広がったもの……♡」


 我が妹は自分の兄の匂いを嗅いで、トリップしてしまったらしい……なに、俺ってそんな危険な薬物だったの!?


「ふうむ……真央、やはりあの話をしておかないか」


「ええ、そうね」


 と、両親は幸せそうな表情の妹と、引き立った顔を戻せない俺という二人の子供を見ながら、真剣な顔をする。


「どうしたんだ、父さん、母さん?」


「真奈、お前たち二人に重要な相談があるんだ。一旦座りなさい」


「あ、ごめんなさいっ」


 真奈は思い出しトリップ状態から地上に戻って来、椅子に座り直した。




「伊導、真奈。お前たち、二人暮らしをしてみないか?」




「「え?」」


「お母さんたちね、その病気のことを聞いてから二人で真剣に考えたの。一度、二人暮らしをさせてみて、多少無理にでも、徐々に伊導離れをさせるべきだって。このままだと真奈の将来はきっと恵まれないわ、もし誰かと結婚しても一生伊導の近くにいるつもりなの? それに、真奈、わかって欲しいの。人を好きになることはとても素敵なことだわ。でも、身内を好きになるというのは、社会的にも生物学的にも駄目なことなのよ?」


「また、その話……」


 自分の感情を否定され、真奈は怒ったのか先程の幸せそうな表情とは打って変わって一気に曇らせる。


「今すぐ諦めなさいとは言わないわ。でも、二人暮らしをしてみて、兄妹とは何かっていうのを考えて欲しいの。それにもしかしたら、伊導が近くにいる時にそのホニャララっていう物質が出ているせいで、思い違いをしているだけかもしれ……」




「そんなことないもん!!!」




「ま、真奈!?」


 今まで聞いたこともないような大声を出し、バンッ! と机を両手で叩いて椅子がひっくり返るくらい勢いよく立ち上がった真奈は、そのまま二階へと駆け出して行ってしまった。


「父さん母さんごめんっ」


「おいっ」


 俺も慌てて追いかける。


「真奈、まてよ、おい!」


 だが妹は、階段を駆け上がり、そのまま自室へ引っ込んでしまった。


「はあ……まさか、あんなに怒るとは」


 母さんのしていた話は、決して非常識な話ではない。むしろ世間体や、真奈の将来を考えれば当たり前の話だと思う。二人暮らし云々はちょっと突拍子もないとは思ったが。


 先程の一連の話を振り返りながら、ゆっくりと真奈の部屋の前へゆく。


 コンコン。


 俺は興奮しているであろう真奈を刺激しないように、控えめに扉を叩いた。


「真奈、入れてくれ」


「…………」


 だが、返事がない。もう一度、コンコンと扉を叩く。


「……どうぞ」


「は、入るぞ」


 そうして中に入ると、なぜかこちらを向いたまま、毛布にくるまりベッドの上で体育座りをしていた。


「おい、怒るならまだしも、部屋に閉じこもるなよ。父さん母さんだってお前のことを考えて話をしてくれているんだぞ?」


「それは……わかってる。でも、私のこの気持ちは、偽りなんかじゃない! 私は生まれた時からお兄ちゃんのことが好きだし、それは今後も変わらないもん。一生お兄ちゃんの近くにいていい、いやむしろお兄ちゃんと結婚する!」


「なにを言ってるんだ、だからそれは」


「ダメなのはわかってる、私だって馬鹿じゃないもん。周りの人たちや社会からどんな目で見られるかも想像がつく。それでも、自分の気持ちに嘘はつけないしつきたいない。私はお兄ちゃんの、伊導のことがお母さんのお腹の中にいる時から死ぬまで、ううん、死んであの世に逝ったとしても世界で一番好きな男性なの。断言する!!」


 毛布にくるまり影がかかるその顔は真剣そのものだ。生半可な覚悟じゃないというのは本当だろう。


「真奈……」


 脳だけじゃなく気持ちまで俺に依存している……と切り捨てるのは簡単だろう。だが、恋する女の子にここまで言わせてしまっているのだ。俺は果たしてこの想いを拒絶できるのだろうか。


「…………あの」


「ねえ」


「ん、なんだ?」


 いっそ俺が悪者になってでも、と思ったその時、毛布を脱ぎ捨てベッドから降り、可愛らしいキャラクターが描かれたカーペットの上に立つ。


「私、考えたの。お兄ちゃんも協力してよね」


「なにをだ?」


 何か恐いことを言い出しそうな雰囲気だぞ?


「お父さんとお母さんには、お兄ちゃんが一生懸命説得してくれた結果納得したフリをするの。そして、さっき言われた通り、二人暮らし、しようよ」


「え?」


「私だけじゃなく、お兄ちゃんも『真奈依存症』にしてあげる! 勿論、病気じゃなく、好きな異性としてってことだけどね?」


「は、はあ!?」


 突然なにを言い出すんだ?


「そしたら、相思相愛になるよね? あとは駆け落ちでもなんでもすればいいし。決めた! 私のラスボスはお母さんたちでも世間体でもなく、お兄ちゃんなの。お兄ちゃんさえ攻略すれば、あとは野となれ山となれポーイ!!」


 と、なぜか小躍りしだす。


「斜め上すぎてついていけないぞ……はあ、あのな、真奈。確かにお前のことは好きだぞ」


「ほ、ほんと!!♡」


「だがそれは異性としてではなく、家族として、可愛い妹としてだ」


「イマカワイイッテイッタ(ボソッ)」


 ………………


「……こほん。だから、すまないが真奈のことは女として見れないしこれからもそういうことは起きないよ、きっと」


「ふーん」 


 と、言ってやる。だがしかし妹は俺の言葉などまるで信じていないかのような目つきだ。


「なんだ、信じられないか?」


「だって、今はそんなこと言ってるけど、きっと真奈の素晴らしさに気づいて籠絡されちゃうよ? 籠絡しちゃうよ、いいの?」


「そんなことは起きないさ。取り敢えず、一旦リビングに戻ろう。二人とも心配しているだろうからな」


「あ、うん。そうだね。その前に」


「ん?」


 と、こちらまで寄って来て。





「『お兄ちゃん成分』、ください♡♡♡」




 と、俺の胸に顔を埋めクンカクンカスリスリハムハムし出した。


 ……このやりとり、いつまで続くんだろう……


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