第3話

 案内された禁煙席に座り二人でメニューを眺める。

「タバコ、吸わないんですか?」

 不良の仲間が多かった俺だが、サッカーをやっていたこともあり学生の頃はタバコと無縁の生活を送った。その流れで働きだしてからも吸おうと思ったことはない。

 それに、あの甘ったるい臭いが嫌な思い出をよみがえらせる。

「煙草の臭いが苦手でね。まさかタバコ吸うの?」

 彼女はおもむろに鞄に手を伸ばす。

 おいおいマジかよ…… 

「なーんてね。タバコは私も無理。吸ってる姿はかっこいいと思うけどねー」

 よかったぁ。もし吸ってたら一応説教みたいなことをしないといけなかったのかもな。


 それぞれの注文を終えると彼女は再び鞄に手を伸ばした。

「ナオちゃん、これ欲しい?」

 ナオちゃんってのは俺のことかな?

「ナオちゃんって……まぁいいけどさ。それはなんだねアミちゃん」

 乗っかる俺も俺だな……

 まぁ同じ名字だから必然的に下の名前で呼び合うようにはなっていただろうけどさ。

「さっき私があの男に渡そうとした私の連絡先だよ」

 なるほど。

 超欲しい。

「え? いいの?」

 素直に欲しいと言うと負けたような気がするので少しとぼけてみる。

「もっかい聞くよ? ナオちゃん、これ欲しい?」

 すんごい笑顔だ。超楽しそう。

 そう来たか。是が非でも俺に欲しいと言わせたいらしい。

「アミちゃんなかなかいい性格してるね」

 なにか、なにか策はないのか!

「お返事は?」

 無いようだった……

「欲しいです……」

 かっこ悪……

「良くできました! いい子いい子してあげようか?」

 メモをくれたアミちゃんはとても満足した様子で俺の頭を撫でようとする。

「やめんかい」

 照れ臭くて顔が見れない。

「ごめんごめん。ホントは私が連絡先教えて貰いたかっただけなんだけどねー」

 目を合わせると彼女はニヤリと笑った。

「今度、デートに誘ってね」

 この子、どこまで本気なんだろう……

 なんか、俺の方が振り回されてるような気がする。

「はいはい」

 返しに困り捻り出した返事は、彼女の期待に応えるものではなかっただろう。


 それから夕食を食べながら色んなことを話した。

 お互いの生活についてはどちらからも深入りすることはなく、学生時代の休み時間にしていた会話のようにただただ他愛もない会話が素直に楽しかった。


 別れ際、彼女は何も言わず俺を見つめて黙りこんだ。目を瞑れば、それは明確な意思表示だと俺でもわかる。が、彼女は俺の顔を凝視している。俺は俺で交わる視線をはずして良いものか分からず、網膜に彼女の顔が焼き付くほどの間見つめることになった。

 え? なにこれ?


「アミちゃん? これなに?」

 どうすれば良いか正解が分からず白旗をふる。

「次いつ会えるかわからないから焼き付けてるんですよ……早く、誘ってくださいね」

 少し照れたようで彼女は頬を染める。


 緩む口元を片手で覆い隠す。

「わかった。連絡するよ」

 本気……なのか……


 電車が来たようで、彼女は慌ててホームに向かった。

 1度だけ振り返り俺に小さく手を振りホームへと続く階段を降りていく。



 一人になり、今日の出来事を振り返った。


 俺はとんでもない子を拾ってしまったのかもしれない。

 

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