15 援軍

 そのまま車まで走りきるのかと思いきや、途中で横に引っ張られた。建物と建物の隙間に滑り込んだ瞬間、後ろで爆発が起きた。

「え、え、え?」

 心臓が跳ねている。冷静に状況を把握できる状態ではない。

 続いて二回、三回と爆音が上がる。それに混じって怒りに満ちた声。

「調子に乗りやがって。もう許さねえからな」

 発砲音も続いている。どっちが撃っているのかはわからない。

 おマキはどこにいるのだろう。

 様子を見に行きたいが、顔を出す勇気はない。日頃、寺子屋では決断力を評価されているたま子が、今は息を殺す以外、何もできなかった。

 魔窟のいいところは、ゴミが多いので身を隠す場所に困らない点だ。放置されていた箪笥の影に隠れるよう、トカゲ少年が手で合図をする。従うたま子。トカゲ少年は、その特異な手足でするすると壁を登り、上方から通りの様子を窺った。

「クゥン」

 膝を抱えるたま子の横でポチが小さく鳴いた。両目が不自然に光っている。

「何?」

 抱き上げると、箪笥の板に映像が映し出された。目が投映機になっているらしい。

 映ったのは、そのときの通りの様子だった。角度からして、メリッサが宙を飛んで撮影している。人の背丈より少し高く、怒り心頭の相手の視界には入っていない。

「ガキめらが!」

 ビール瓶を両手に持った男性が、酒で嗄れた喉で叫ぶ。ビール瓶を地面に叩きつける。と、前方に一〇メートルほども炎が走った。「うわッ」と叫んで仰け反ったのは、ニケ党ではなく、野次馬に集まっていた鷹狩りのほうだ。

 別の一人が消火用の太いホースを抱えて飛び出した。ニケ党に向かって放水する。

 銃弾が意味をなさないと判断して逃げ出すニケ党。しかしそれで終わりではなかった。

 コートを翻して周一が急転回する。追っ手に向き合うや、身を屈めて手袋をした片手を地面についた。

 何かが地面を這って追っ手に向かっていった。小さな人形が走っているのだ、と気づいたのは目を凝らしてからだ。どうやらコートの内側に、数十の人形が隠れていたらしい。

 人形には大小があった。まず小さいのが素早く敵に辿り着き、足を掬う。相手は何が起きたのかもわからず尻餅をつく。続いて大きいのが放水ホースや火炎瓶を手からもぎ取る。

「うわッ、うわッ」

 人間のみを想定していた相手は、思いがけない小さな援軍に翻弄された。一体一体の攻撃力はそれほど大きくない。それでも、いきなり体を駆け上がられる驚きと気持ち悪さでパニックになる。

 急に映像が消えた。ポチの目が通常に戻る。

「アン!」

 通りに向かって吠え、誘導するように駆け出す。壁に張りついたトカゲ少年も手を振って合図をしている。

 急いで立ち上がり、後を追うたま子。通りに出ると、どちらからも攻撃は止んでいた。

 鷹狩りたちは人形の相手できりきり舞いさせられている。ニケ党は、周一とおマキ以外はいなくなっていた。たま子を見つけ「こっち!」と叫ぶおマキ。

 しゃがみ込んだままの周一の脇をすり抜けて、おマキのもとへ向かう。周一は額に汗を浮かべて、真剣な表情で人形たちのほうを見ていた。方法はわからないが、周一の操作を受けて人形たちは動いているらしい。

 全員が車に向かったのを確認して、周一は自らも立ち上がった。


「へー……」

 雑居ビルの上から高みの見物を決め込んでいた琥太朗は、周一の人形を興味深く見つめた。

 ファミリーでなら珍しくないタイプの道具だが、研究所のドクター以外にそれを作れる人がいるとは。ひょっとすると、ニケ党に協力しているドクターでもいるのだろうか?

 人形の性能もかなりいい。頑丈かつ動きが繊細、自動で危険を回避する機能がついているらしく、反撃で壊されたものはほとんどない。

「誰が作ったんだ……?」

 好奇心でむずむずする。目を離せずにいると、周辺にぱらぱらとライトが見えた。黒服組のお出ました。

「だぁいじょぉぶ……かなー?」

 たま子の行方が気になり、黒いフードを被った身を乗り出す。たま子は武器すら持っていないが、ニケ党と関わりがあると認定されただけで大変なことだ。おそらく明日から、寺子屋でもナカマチでも会うことはなくなるだろう。

 幸い、たま子と黒服組には距離があった。周一も車に向かっている。この分なら問題なく逃げきれる。

「…………ん?」

 一つ、気がかりなことが起きた。駆け寄ったトカゲ少年に、周一が何かを告げた。急にUターンして騒動の現場に戻るトカゲ少年。

「ゲッ」

 おそらく人形の回収を命じたのだ。大半は自力で主を追いかけているが、大きいのが一体、立ち上がれずにいる。

「行っちゃダメだ、ハヤト!」

 琥太朗はトカゲ少年を知っていた。かつて研究所での友人だった。

 〈研究所産〉はマチ人ではない。人間に従順なうちは存在を認められるが、故意に人間を傷つけたと見なされた場合――処分される。

 今回はまずい。誰かに命令されて参加しているのだろうが、ここで捕まったら処分は確実だ。自らを弁護するだけの能力は、ハヤトにはない。

 目的の人形まで辿り着けず、ハヤトが立ち止まる。再び武器を手にした鷹狩りたちが待ち構えていた。人数はさらに増えている。

「行くな、逃げろ」

 届かない声で思わず指示する。

 ハヤトの長い尻尾が大きく動いて地面を叩く。

 次の瞬間、地面に伏して四足歩行になった少年が、蛇行した奇妙な動きと常人を凌ぐスピードで、鷹狩りたちの股の下を潜り抜けた。

 戸惑いの喚声が上がり、見当外れの方角に銃が放たれる。

「どこ行った!?」

 首を振る人々。少年は突き出たトカゲの口に人形をくわえると、建物の壁を垂直に上って逃げていた。

 琥太朗がほっとしたのもつかの間、鷹狩りが追えない少年にスポットライトが当てられた。黒服組だ。

 躊躇なく無言で銃撃を始める黒服たち。相手が〈研究所産〉とあって、手心を加える様子はない。事情を聞くまでもなく、処分するつもりなのだろう。

 攻撃の命中率は、素人である鷹狩りの比ではない。ハヤトの人間離れした動きに多少まごついているが、数秒と持つはずがないのは確実だった。

 建物の角まであと少し、というところで指を撃たれたハヤトが地面に落ちた。バウンドした体に集中砲火が浴びせられる。

「ダメ!」

 友人が殺される恐怖に総毛立つ。瞬間、ハヤトの体を金色の光が包んだ。

 新手が現れたのかと、一瞬止まって見回した黒服組の武器を、別の光が叩き落とす。

 金色の光は、いずれも手の形をしていた。

 ――やべッ。

 思わず口を押さえる琥太朗。黒服組のほうの手を消しつつ、ハヤトを立ち上がらせて逃がす。建物の影に滑り込んだハヤトは、どうにか両足と尾で駆け出した。

 黒服組は早くも、トカゲ少年ではなく不可解な光を使う術者の捜索を始めていた。

 琥太朗はその場を去るしかなかった。ハヤトやたま子の安否を確認している余裕はない。すべての感情をいったん保留にして、ソポスを身体能力の向上のみに向け、来たときと同じように走り去った。


 おマキに連れられたたま子は、無事に車に戻っていた。周一も追いついて、運転席に乗り込む。

 エンジンをかけたところでたま子が訴える。

「ねえ、あのトカゲの子が来てない」

「大丈夫だよ、あの子なら」

 宥めるようにおマキが肩を叩く。

 何が大丈夫なのか。

 ゆっくり動き出した車のドアを開けて、たま子は飛び降りた。こちらに近づいてくる黒服組のライトを見つめる。

 佐吉らを乗せた車が発車した。さっさと遠ざかっていく。

「乗りなよ」

 おマキが焦って腕を引く。

「でも……」

 ここでファミリーに捕まるのは危険だとわかっている。それでも助けられた恩のある相手を放って行くのは気が引けた。せめて無事がわかれば。

 突然、助手席の菊之進が飛び降りた。たま子を座席に押し込み、「俺が見てくる。先に行け」と駆け出す。

「兄さん」

 追いかけようとしたたま子をおマキが必死に押し留める。たま子は体を捻って運転席のヘッドレストをつかんだ。

「周一さん、あの人形で――」

 訴えは途中で止まった。外灯の薄明かりで見る周一は汗だくで、呼吸も荒かった。ほつれた髪が頬に張りついている。

「――――できれば、そうしたいのですが」

 どうにか微笑む周一。

「言っただろ、トレーニングだって」

 おマキが囁く。

 ライトはすぐそこまで来ていた。

 不意に煙が上がったのは、菊之進が目眩しの煙幕を張ったからだろう。車が急発進する。

 たま子は抵抗を諦めた。そして気がついた。慌てて拾い上げたポチを、ポケットに入れたままだったことに。

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