4 計画

「だいたいのパーツで区切ろうと思うんだ」

 言いながらB4の紙に図を描いていくたま子。

「まずは我々のいるなか区――鳥居町を中心とした商業地域だな。範囲は狭いが、建物が多い。――中区を中心に、南がファミリー本社と研究所のある一帯、北が山と果樹園に湖、西がピュタゴラス教団と農村、東がおやしろと農村――とりあえずこんな感じで……」

「全部を一年で作るの?」

「どの程度の精度で?」

 思いつくなり琥太朗と茶々丸が質問する。

「うん、何を優先するかを決めないといけない。あまり細かくしようとすれば一年で終わらないし、雑にすれば模型の意味がないからね」

「マチ全体を作るのか? 山の上まで測れないだろう」とエロス。

「いや、測るだけなら簡単だよ。メリッサを飛ばして画像から計算すればいい」

「ああ、なんだ、足で計測するわけじゃないんだな」と納得したエロスと対照的に、他のメンバーは表情を暗くする。

「メリッサ、飛ばせるの? たまちゃん」

「残念ながら」

 あっさり否定する。

「プロジェクトを認めてもらう代わりに、メリッサの使用は制限がついた。ボクが関わる以上、中区以外ではメリッサが飛ばせない」

「じゃ、やっぱり足で測るんだ」と琥太朗。

「だからな」と淀みなく続けるたま子。「中区に関しては手を抜こうと思う。メリッサで画像を撮って、それを3Dプリンタにかける。そうすれば込み入った建物の造形をなくせるから、だいぶ時間短縮になる」

「3Dプリンタはうちの父さんが持ってるからね」と、亀屋金物店の息子。

「ずるくない?」

 茶々丸が突っ込む。

「ずるいことなんかあるか。そうでもしないと期限内に終わらないだろう?」

「山と農村もだいたいでいいんじゃない?」と亀屋小太郎がのっそりと口を挟む。

「ああ。そこもそれほどこだわる気はない。中区から撮った画像を参考にだいたいの距離と高さを割り出して、なんとなくで仕上げる。時間と人手がないからね」

「それに――」と思わず言いかけて口を押さえる亀屋小太郎。察して茶々丸がにやにや笑う。

「〈壁〉までの正確な距離を姉さんが測ろうとしてる――って思われたら、まずいもんね」

 仕方なく頷く亀屋小太郎と、当たり前に頷くたま子。

「先ほどの『話し合い』で、あまり正確性は求めないように言われた。むしろ途中で指示があれば、大人の要望に合わせて改竄するくらいだろう」

「それでいいのか?」

 ともすれば挑発的とも取れるエロスの問いかけに、たま子は軽く頷く。

「別にいいよ。適当でいいなら、むしろ楽だ」

「何それ。意味なくない?」琥太朗が疑問めいた不満を口にする。「そんなの、たまちゃんのやりたいことじゃないじゃん」

 たま子は心外そうに〈弟〉を見た。

「ボクのやりたいこと?」

「正確な模型を作りたいんでしょ」

「まあ、でも……」

「その目的って何さ」と、茶々丸が割り込んで聞く。

「目的は……」たま子は琥太朗の視線を気にして、微妙に言い淀んだ。いたずらを見つかった子どものトーンで答える。「この内容なら、ろくに登校しなくていいと思って……」

 唖然と口を開ける琥太朗。たま子は基本、ふざけた人間だが、このプロジェクトに関しては年明けごろから何度も口にしていたので、てっきりよほどの熱意を抱いているのだと思っていた。

「そんな理由?!」

「たま子、座学嫌いだもんね」

 琥太朗と対照的に、付き合いの長い学友を微笑ましく見やる亀屋小太郎。

 一方で茶々丸は含み笑いをし、「そういうことにしておくよ」と囁いた。


 その後、地域と計測時期のおおまかな予定を立てているときに〈研究所産〉のむつみがお茶を持ってやってきた。

「ありがとー」

 皆、口々に礼を言う。むつみは一本の腕で大きなやかんを、その他の腕で湯呑みがたくさん載った大きなお盆を持っていた。

 丁寧かつ迅速な動きで六人分のお茶を用意し、六本の腕で一斉に六つの湯呑みを置く。

「便利だなあ……いいなあ……」

 去っていく後ろの顔を惚れ惚れと見つめるたま子。

 笑い混じりに話し出す亀屋小太郎。

「俺、昔、自分も大きくなったらああなるんだろうって、本気で思ってたんだよね。いつ生えてくるんだろうって、脇の下触ったりね」

 訳知り顔で頷く茶々丸。

「あるあるだね。この寺子屋に入った子はみんな、その勘違いを一度はするよ。よく考えれば、他の大人はみんな腕二本なのにさあ」

 年長組の会話を聞きながら、いずみは黙って顔を赤くした。それには突っ込まず、琥太朗はエロスの白い横顔を見る。

「あれ――エロス姉ちゃん、驚いてないね」

「うん?」

「前に来た転入生は、むつみさんを見てすごく驚いてたんだけどな。〈研究所産〉って、どこにでもいるわけじゃないらしいね」

 驚くはずがない、と四年前の一件を思い出しつつ、意地悪く言う。

 年長組は「ああ、そう言えば」と不思議そうに転入生を見る。

 エロスは慌てることなく、さらっとかわした。

「そりゃそうだ。さっき、事務所から来るときに行き会ったからな。引っくり返りそうになったぞ、そのときは」

 本気とも思えない言い方だが、琥太朗以外の子どもたちはけらけら笑った。


 解散の後、教室のある建物を出て事務所のほうへ向かうエロスを、帰り支度の琥太朗がつかまえた。

「ねーぇさん、どこに帰んの」

 口調と仕草だけは可愛く声をかける。

「どこって、すぐそこだ。みち子のところで世話になっているのでな。ホームステイだ」

 またかわされるかも、という予想に反して、エロスは何でもなく答えた。みち子のところというのはつまり、学長一家のことである。学長の家は、寺子屋の敷地内、事務所の裏手にあった。

「家はないわけ?」

「遠いのでな。いちいち通うのは少し厄介なのだ。ここへはみち子の縁故で来た」

「ふうん。仲良いんだ。みち子姉さんとはどういう関係?」

「それは、みち子の都合もあるから軽々しく言えないな。人間関係は信用第一だろう」

「……なんでここに来たの?」

 確信に触れる質問をした、と琥太朗は思った。しかし少女は、他意のない顔を少年に向けた。

「勉強しに」

「……本当?」

「何を疑う。他にどんな理由があるんだ?」

「だって姉さん……勉強する必要なんてないんじゃない?」

 少なくとも、十四、五歳の子が持つべき知識はすでに備えているように見える。むしろ、老人くさい。

 エロスは子どもらしくない表情で笑んだ。

「確かに知識はある。おぬしより、物は知っているかもしれない」

「かもしれない、じゃなくて、そうでしょ。犬に誓ってもいい。――きっと姉さんは、俺が生まれる前から今のまんまなんだから」

「小僧、残念だがな、それくらいで鬼の首を取ったような顔をするでない。おぬしは幼いからまだわからぬだろうが、このマチにはそれだけの人間ならごろごろいるのだぞ」

「知ってるよ」

 エロスの淀みない反論に思わず感情的になる。

「知っていることと、実際にそれを経験することとは別だ」

「え?」

「簡単に言うとな、知っていても、役立たないのだ。自分で使い方がわかるまでは」

「――抽象的な言い方だね」

「それはダメ出しか? では具体的に言おう。おまえは重力について知っている。しかし実感はしていないだろう。重力について本当にわかったと言えるのは、いつもある重力がない状態を経験したときだ。あるいは、死について本当にわかるのは、己が死んだときだろう。あるいは――マチの外の日本について、あれこれ知ることはできるが、実際に行ったらまったく違うかもしれない」

「やっぱり抽象的だよ。具体的に、何を経験したいのさ」

「寺子屋通いだ」

 反論の余地がなかった。思わず絶句し、諦めて見送る。

 一瞥したエロスは、挨拶代わりに軽く手を振って立ち去った。

 見た目の年齢が変わらない人は、確かにいる。けれど――。

 琥太朗は思いついた質問を口に出せなかった。

『姉さんは〈研究所産〉?』

 もしそうなら、つまらない気がしたのだ。なんとなく。

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