未来のマフィア

ミックス

第1話

<未来のマフィアの姿>

薄暗い天気の中、そこに住む人々にとってはいつもと変わらない出来事と化している――戦闘。

街が戦場となる時。だがこの争いは一方的な勝利が見えていた。

とある雑居ビルの屋上に二人の影がいた。

「わ、また警察がいる」

黒髪でサングラスをかけ、不似合いにもネクタイにベストスーツを着た青年が、向かって駆けてくる警官服の二人を見つめて言った。

隣には彼より背の高い、金色の目をしたスーツの青年がにやりと笑っている。

「しかもまーた複数だよ。マフィアも苦労するよね~」

「いや全然苦労している感じがしないけどな。って呑気に言っている場合か!?こっちに来るぞ!」

「よーし、せっかくだから、遊んであげよっか!」

「何言ってるんだよ…ってえぇ!?」

金色の目をした青年が挑発をする。どれも馬鹿にしているような言葉を並べているばかりだった。

「もう良いのに…」

ため息をついて、サングラスをかけ直すと、立ち上がって警察に備える。彼らは警察から見たら犯罪者そのものだが、実際彼らが罪を犯したわけではない。彼らの存在こそが罪だと警察や貴族らは言うのだ。

「マフィアめ!今日こそとっ捕まえてやる!」

早々と来た警察は地上にいたときより数が増えていた。

彼らは常に武装しており、ナイフやマシンガンなどを所持しているのだ。

「めっちゃ増えてんじゃん。ワカメなの?」

これが本音なのだろうが、それがさらなる挑発となっていた。

二人のマフィアは警察と比べて無防備な状態だ。この状態ではまず不利だろう。

「貴様~!!とっちめてやらぁ!」

警察らしくない言葉がゴングとなり、戦闘が始まる。2人に対して、警察は5人。

下では別のマフィアと警察が大人の追いかけっこをしていた。

「君の背中は私が守るから安心してよね」

懐から取り出したのか、左手には大きめのスプレー缶を持っている。

「呪術マニアが何を…っと!?」

警官がナイフを突き刺したが、軽く回避されてしまった。

そしてチャンスとばかりに後頭部を殴り、ノックダウンさせる。

マシンガンを撃ったり、手りゅう弾を投げる警官達。だがそれをいとも簡単に回避してしまう金色の目の青年は、ジャンプして彼らの上空でニヒルな笑みを浮かべて、

「はーい!お眠りくださ~い」

と呑気な発言と共に一気に催眠ガススプレーを拡散噴射させた。たちまち四人は眠ってしまった。

「あ、あっけなく終わっちゃった。ねえ君~そっちはどう?」

警官の顔にそれぞれスプレーを吹きかけながら、サングラスの青年に質問を投げる。

「こっちも大丈夫だ」

気絶させた警官を見て、軽く蹴りながら言った。

「あの方はまだ『不殺の心得』を出すのかな。ここから突き落としてやりたいよ」

「それがあの人――ミスターHだからね。色々あったんでしょ。ほらとっとと行くよ」

「そうだな」

青年につられて、サングラスを外し彼はその場を後にする。その目の色はまるでルビーの色だった――。


時は2100年の日本。現代から何十年先の近未来―――。全世界で凶悪なマフィア達が暴れ回るようになった。

このマフィアという組織は、昔に言われていた【マフィア】とは別物である。

彼らは親から愛情を受けずに育ち、碌な教育も受けられず、ホームレスのようなみすぼらしい格好に金属バットと鉄パイプで武装している。

女性や子供そして老人といった社会的弱者を追って襲撃を繰り返した。彼らのターゲットは常に、『自分より弱い人間』だけであった。

そういう意味では昔のマフィアと違うのは、一部の幹部以外はお金がない故に、バイクや車と言った乗り物にも乗っていないところくらいだろう。

彼らは安価な自転車などですら乗れる連中ではないのである。

無論、酒やタバコ、違法なドラッグなどを買う余裕もないので、そこから生まれる罪を犯したことはない。

しかし、それは状況が成せる業なので、彼らの理性とは関係なく、何を仕出かすかはわからない点は同じである。

予測不可能な現在のマフィアは、一人取り押さえるのに常に警官が20人以上は必要だった。

彼らは一種の戦闘民族または戦闘集団とも言える。ただ攻撃するだけではない。狡猾でもあるため、あらゆる回避や防御にも長けているのだ。また走りが速い者も多いため、逃走も非常に上手い者もいる。

また彼らは歴史的に警察に激しい恨みを持っているため、警官が一人でいる隙を見ては、集団で襲っていることも少なくはない。

その『警官狩り』はまさに猛獣の王と呼ばれたライオンが行う狩りと同類だった。

もちろん警察も黙ってはおらず、取り締まりは強化の一途を辿っていた。

警官は常に複数人で行動するようになっていたが、やはりマフィアは強く圧倒的な差を生んでいた。


マフィアと警察の対立は日々激化し、その戦いにはマシンガンや手榴弾、対戦車ヘリコプターまで導入されていた。もはやサバイバルゲームと化していた。

マフィアと警察は対抗しているが、ほぼマフィアが優勢であり、貴族達は警察に金銭を多く支払い、守られていたが、基本的に彼らは臆病者ばかりだ。故にほぼ全員が地球外に逃亡していく。その場所は火星であった。

現在、火星に人を送る技術があり、各旅行会社も宇宙旅行プランとして、火星の写真がパンフレットの表紙に掲載するほどである。

もちろん水星など他惑星も行けるが、冥王星など彼方の惑星には行けるまでにはなっていない。


マフィアが追走して火星に行くという噂があるため、追いかけられるのも時間の問題だろう。

しかし狡猾な組織は未だ軍隊を一気に送るほどの技術がない。

しかし侮ってはならない。マフィアは貴族が住み着いている火星を攻めるために、軍隊を送る巨大なスペースシップを開発中とのこと。それが近々完成予定だという。

彼らの組織は莫大な資金をどこでかき集め、あるいはどこで貯めているのだろうか。

それは一生未知である。


そんなマフィアの軍団には『ミスターH』と名乗るボスがいた。犯罪ジャーナリストたる私はミスターHに取材を求めて、アポイメントを取ることにした。

今のマフィアでも昔(とは言っても1970年代である)のマフィアでも、恐怖の存在であることに変わりはない。軍人から犯罪という種別のジャーナリストになって10年余りだ。私は今まで数々の犯罪を取材したが、これほどまでに身が震えるような取材は初めてだった。

そう、私はプロフェッショナルのジャーナリストでありながらも、完全に怯えているのだ。

明日は日の目を見ないかもしれない。もう二度と自身の趣味に没頭できず、好きな食べ物を幸せと共に噛みしめられないのかもしれない。


アポイントメントの結果【生きて帰れるかは保証しない】という事を条件に彼に直接会う事ができた。

電話で教えられた手描きで書いた地図をもとに、道を辿ると目立つような高層ビルだったが、名前はなかった。見上げて長時間いれば、首が疲れるほどだろう。

ビルの入り口は真っすぐに赤いカーペットが敷かれており、その先はエレベーターであった。

その前に、とカーペットから道を逸れて、受付嬢に氏名、職業、目的を伝えた。受付嬢が二人いるあたり、その辺りの会社と何ら変わりはない。

ただ変わっているとするならエレベーターの前に、二人の黒スーツに赤いネクタイを召したすらりとした体型の若者がいることだった。

一人はチャコールグレーの髪で、左右非対称のもみ上げが特徴の若者だ。もう一人はその若者より背の低い黒髪単発の青年で、焦げ茶色のサングラスをかけている。

二人とも厳しい表情をしている。もし無断で入ろうものなら、すぐに摘み出されるだろう。

受けてくれた受付嬢が受話器を取り、番号を押すと二度頷きながら私の名前を言い、応対していた。受話器を置けば、

「ただいま、係りの者が参りますのでお待ちください」

と笑顔で言った。ここまでは社長と対面するような雰囲気と同じだ。

しばらく待機していると、

「お待たせいたしました」

と現れたのは、左の頭に赤い薔薇のコサージュをつけた金髪の女性だった。華やかな黒と赤のドレスを召している。

「ではこちらへどうぞ」

女性は黒い手袋を嵌めた手を前にしてヒール音を鳴らしながら、案内しながら前を歩いていく。

そしてスーツを着た青年達の前を通ると、二人は丁寧なお辞儀をした。

女性が軽く口に指を当てつつ、エレベーター内に入った。

その中で彼女が微笑みながらこちらを振り向いて言った。私が男性だったのならこれほどの美女にすぐ惚れてしまうだろう。

「これもコスプレというものですので、どうかお気になさらず」

そういうキャラクターがいるのだという。私は差し支えなければ、と言って作品名を聞いたが、全く知らなかった。どうやら漫画が原作で、現在はアニメを放映しているそうだ。

やがて目的のフロアへ着き、扉が開く。そこには一つの扉が目の前にあった。

「ミスター、お客人が来ました」

強めのノックで女性は半ば叫ぶように言った。

「例の記者だね?入って良いぞ」

「あら珍しい。色々確認なさるのに…おほほほほ…」

と口を手に当てつつ、小声で言った。これもそのキャラクターになりきっているのだろうか?もはや女性自体が謎だった。

「ではわたくしはこれにて失礼しますわ」

そう言って案内係の女性は、その場から去ってしまった。なかなか濃い人物だなと私は思った。


ミスターHという者は、身長が157センチメートルの私とあまり変わらない。

そして眼鏡をかけた、ふくよかで顔もいわゆる『イケメン』とは遠い存在で、容姿端麗とは言えない。しかしリーダーらしくとても威厳があるようで、清潔感もある。外見からしても皆から慕われる存在であることに間違いはない。

やはりリーダーは威厳がなければトップには立てないのだろう。やはり本物は凄まじいと身体と目で感じた。

幼少期にとあるロールプレイングゲーム(RPG)で、似たようなボスと出会ったことがある。彼は小柄でスキンヘッド、眼鏡をかけていた。

最初に主人公と出会った時は、二人の従者を連れた貴族として登場していた。

後に組織を束ねるトップとして、再登場したがその時も驚きを隠せなかったことをよく覚えている。

ミスターHの部屋は、社長室そのものだった。中央には客人と対話できるようなスペースが用意されている。窓には安っぽいような、ドラマでよく使われるようなアイボリー色のブラインド。

そして東に飾られているのはミスターHに酷似している人物と髪を後ろで団子状にしている微笑む女性。セピアな色合いだったが、髪色からして黒か茶色だと思われる。

ミスターHが先ほどまでいた焦げ茶色の机とどこか不釣り合いな漆黒の椅子の背後には、本棚が書籍というより5色程のパイプ式ファイルで埋めつくされていた。題名は書かれていないので、恐らく表面に書いているのかもしれない。

彼に座るように促され、軽い挨拶を交わした後、私はゆっくりと落ち着いて座った。

対するミスターHは無遠慮に音を立てて座った。

私は紙とペンを取り出し、得意のポーカーフェイスで彼に尋ねた。

「お時間を割いて頂き、ありがとうございます。色々質問させていただきます」

その答えに彼は頷いた。

「これから火星の新興マフィアとの抗争や、警察との戦いをどうするのですか?」

と切り出した。ノートパソコンあるいはタブレット端末を使おうと思ったが、様々な疑いをかけられると思い、却下した。

そう人類の足は地球を超えて伸び続け、現在は火星のみならず、水星をも手中に収めようとしているのだ。

すると彼はにやりと笑いながら言った。

「文字通りの地球制覇も、もうそろそろなんだよな。

全世界のマフィアメンバーは3000万人を超えたし、組織内で一部の上層部は金も武器も女も…いや女性がいるから男も、含めてだが持っているのだよ。今や我々こそが国家権力だ。それ以上の存在が万が一、いるならばそれは神に等しいのではないかな?」

私は頷いた。いや円滑に進めていくためにも頷くしかできなかったのだ。ここでは反論は通用しない。

「今では地球上に、あなた以上の権力者は存在しません。あの超大国のインドの大統領や王族、マハラジャですら、あなたに比較すればもはや蟻のような存在です。火星に進出すれば、すぐにあなたの物となるでしょう」

まるで彼に仕えている僕(しもべ)あるいは部下のような発言であった。何をするか全く分からないため、自然とそういった対応になってしまうのだ。

実はインドは既にマフィアの配下だという噂も流れている。噂かどうかはこの男が知っているのだろうが、恐らく言った時点で私は消える。なので、ここは振り払った。個人的な質問など不要だ。


そんな中、どうぞと二人の合間を静かに入って、熱い湯呑みを平然と持ち、私たちの前に置く美女がいた。

恐らくこの方が奥方なのだろう。黄色いドレスを着こなし、光に反射させ強調するような、純銀のネックレスを身につけていた。

髪は茶のかかった黒で、束ねておらず胸くらいまである。スタイルもかなり良いのでまるでモデルのようだ。もしかしたら前はひっそりとモデル業を営んでいたかもしれない。

会釈をして、慣れたようなモデル歩きで婦人は奥へと去っていった。

そして中身が緑茶だと見ながら、私は続けて聞いた。

「そういえば、貴方のニックネームはなぜ【ミスターH】と言うのですか?」

最大の疑問を彼にぶつけたが、同時に思わず息をのんだ。

冷静に言ったものの、正直身体は震えたかったのだ。だが職業上、臆病な姿を見せては逆に命を取られるというのを、過去や先輩方から学んでいる。

半ばかっこつけるような不敵な笑みを見せていたボス、ミスターHが私を睨み付けた。私は思わず目を見開いた。

正直に言えば、穴があったら入りたい。そういう気持ちだった。

「私のHは''HIKIKOMORI”の頭文字さ。君が生まれる前にこの国で使われていた―――【NEET(ニート)】の前身だ。――いい質問をしたね」

昔の偉大なる解説者に[いい質問だ]と言っている者がいたことを思い出す。

彼も様々なジャンルのニュースを取りあげ、解説をしていたという。

もちろん私が生まれるだいぶ前なので、祖父母の話や動画でしか見たことはないが。

話を戻そう。【NEET】というのは、地球における最強マフィア集団の俗称である。

火星は現在、貴族の楽園化しており、マフィアは勃興の黎明期だし、水星は鋭意開発中であった。NEETは今や【宇宙で一番のマフィア集団】なのである。

私は重ねて尋ねた。

「お褒め頂き、ありがとうございます。そういえば、あなたは世界最大のNEETの国、日本で生まれ育ったのでしたね?」

NEETはそもそも「Not in Education, Employment or Training」の略で、イギリスが発祥だと言われている。

つまり教育を受けていない、働かない(雇われていない)、訓練をしていない者達を示す。

日本では「引きこもり」や「オタク」の意味でも使われている。

――というのを事前に調べてはいた。ミスターHを特集していた記事に掲載しており、それがちょうど私の先輩にあたる記者だったので、しっかり聞いてきていた。

ミスターHは軽く頷きながら答えた。

「そうだとも。かつて私の国では、それは恐ろしい野蛮民族がいたものだ。その名も【陽キャラ】と呼ばれる者たちでね。

簡単に言えば、【陽気でひたすら他者と積極的に理解し合おうとする嫌な奴ら】だよ。彼らによる大規模な引きこもり迫害が起こったのだ。

まあ、詳しく話さなくとも教科書が教えてくれている通りだ」

その大迫害のことは私も歴史上で学んだことがあるが、経験者の一人がまさかミスターHだとは考えもしなかった。これは誰も掴まなかった新しき情報であろう。

陽キャラと確かに太陽、陽気など明るいイメージの【陽】のせいで、聞こえはいいが、その正体は悪魔そのもので、様々な理由で問題を抱えている引きこもりの者達をあらゆる手段を使って引きずりだし、貶し、暴力まで振るったという。正しく大規模ないじめに等しいだろう。

私は顎に手を当てつつ、ぼんやり歴史を思い出しながら言った。

「要するに現在の警察の前身が昔で言う【陽キャラ】なんですね。形はだいぶ変わっていても原型を留めてはいるということでしょうか」

私がさらさらと書いている合間、この言葉にミスターHは反応する。

「そして今の王侯貴族達は、昔は全員【ヤンキー】と呼ばれていたのだよ」

「ヤンキー……」

私は思わず笑ってしまった。まるで小学校時代で習った歴史を復習しているようだ。

ヤンキーとはかつて第二次世界大戦の後、アメリカの若者の風俗を髪型やファッションで真似た青少年を示した語である。

もちろん女性のヤンキーも存在していたし、位が高い者もいた。

それが今では気品の高い、王侯貴族に成り代わっている、というわけである。なんとも皮肉な話だ。

どういった経緯でなったのかは我々には不明だが、恐らく現代のマフィアが関わっているのだろう。

私は熱い緑茶の湯気を眺めた。淹れたての茶は珍しい茶柱こそ立っていないが、まだ飲める時期ではないようだった。

ミスターHは光に反射した銀の腕時計を見て、頷くと私を見つめた。そしてこう言ったのだ。

「少し昔話でもしようかな。メモは取らなくていいし、使うのは止してくれ」

トップらしからぬ控えめな否定だった。まだ怯えがあった私は静かに、まるで銃を床に置くようにそっと机の上に筆記用具を置いた。

「私の父親にまつわる話だがね……」

そう言って彼は語り始めた。



かつてのミスターHには、とても美人な片思いの相手がいた。

彼女ははまだ18歳、すなわち未成年だった。しかし、その子はいわば陽キャラ――ヤンキーと言われる男の彼女だったという。

ミスターHはその女性のために最強組織のNEET軍団を使いヤンキーを滅ぼすことに決めた。

ヤンキーは普段、喧嘩慣れしているのが特徴で武器をあまり使わず、素手で勝負が鉄則であった。

一方引きこもり達は、催涙ガススプレーや電動ガンなどを装備し、ヤンキーを集団で襲ったという。その後、凄惨な拷問も繰り返した。

それだけミスターHの怒りは激しく、愛する女性への想いは相当なものであった。

ヤンキー達はたまらず、全員が降伏した。

そしてミスターHに『全員奴隷でもいいので命だけは助けて欲しい』と懇願した。

その通りにミスターHはヤンキー達を自らの奴隷にすることを決めた。

けれども意中の彼女に告白しなければならない。そのためには【陽気な奴ら】と仲直りしないといけなければならなかった。彼女の家族もまた同族であるからだ。


しかしそのミスターHの優しさと真面目さ正直さがかえって仇となってしまう。

彼らはミスターHの男としての彼女に対する想いを知っていた。

そしてそれは卑怯なヤンキー達も同じだった。


――正直者はいつの世でも、どこの世でも失敗するものだ。


ヤンキー達も当時の政府や警察に強い不満を持っていた。彼らは下賤の出が多く、社会に出たとしても認めてもらえなかったのだ。

それは引きこもり、陽キャラ、ヤンキー共通ではあったが、最初に行動をしたのはミスターHだったのだ。

彼は世界中の核兵器を、世界中の各政府に仕向けることによって戦線布告をした。


しかし、ミスターHは愛する女性に優しすぎたのだ。

彼女もまた彼を愛しているが故に「世界を救いたい」と思い、ミスターHの戦線布告をやめさせるように動き始めた。

ミスターHは決して女性や弱者を裏切らない男であった。だからこそ、この殺伐とした社会でNEETになってしまったのかもしれないが。

ミスターHは宣戦布告を止め、想い人と結婚した後も、妊娠した彼女と一緒に世界平和を願い続けた。そして彼女の腹の中で育ちゆく自身の子供に同じ【ミスターH】を継がせることに決めた。

――本来ならば彼女も【裏切り者】になるようなことはしたくなかったのであろう。

しかしもし彼女がミスターHを裏切りらなければ、彼女もいじめという名の迫害に遭ってしまうのだ。【陽キャラ】の間で気に入らない人間を迫害するのはごく普通のことだった。

そしてとある日の小雨の朝。

ミスターHは自分の子供を見る前に、政府やヤンキー達の雇った凄腕のスナイパーに胸を撃たれて死亡した。即死であったという。


ミスターHの婚約者は、彼を心の中でひた隠しながら愛した彼女は1週間も泣き続けていた。政府は世界最大最強のテロリストと言われたミスターHを暗殺計画し、その依頼をしたヤンキー達の上層部に貴族の階級を与えることにした。

しかしその後ヤンキー達はどこで造ったのか、保存されているのか、核爆弾のスイッチをコントロールすることにより、政府や当時の王室に圧力をかけたようだ。

そして皮肉なことに【陽キャラ】達はその忠実な部下となり、王室および政府専用の警察軍隊となった。

その後、ミスターHを殺された息子は、母親や親戚に隠れるようにして育てられたのだそうだ。

身内以外にはミスターHと共に殺害されたと嘘の噂を流した。

もし息子が生きていると言ってしまった場合は――というのは秘密であったが、恐らく亡き者にされたのかもしれない。

やがて成長した息子――現在のミスターHは【陽キャラ】やヤンキー達を迫害するため、父親譲りの優しさや素直さなどあらゆる良い性格であった自分をかなぐり捨て、徹底的な弾圧と独裁的な地球帝国を作っていった。



「――これが私にまつわる全てだ」

そう言い切って彼は自分の茶を飲んだ。それに釣られて私も茶を眺めた後に少しだけ飲んだ。湯気はもう出ておらず、湯呑みは飲まれるのを待ち遠しく待っているかのようだった。

おかしな匂いも特にない。どこの緑茶というのは詳しくないが、美味かった。

ここでジャーナリストを眠らせようが、毒殺しようがあまり意味がないのだろう。私への敵意は感じられないが、私はまだ緊張気味であった。

「大変ご苦労なさったことだと思います」

と私は目を閉じて言った。無論、そう言うしかなかった。私はNEETではなかったし、生まれたその日から片親でもなかったからだ。

色々苦労はあれども、順風満帆な生活を送っていたのだと気づかされた。

それにしてもミスターHの母親はどうしているのだろう?今でもご健在なのだろうか。

だがそれを沈黙として貫いた。容赦がないと言われたトップに何をされるかは予想がつかないものだ。

「――これで質問は終わりですが、何か言っておきたいことはありますか?」

その問いにミスターHは少し唸ってから言った。

「特にないが、真実だけを記事にしてほしい。今も昔も嘘をつかれるのが嫌いなのだよ」

それは父親のことが関係しているのだろうか。あるいは元からの性格が残っているのだろうか。

私はやはり問わないことに決めた。

「ええ、必ずや真実を伝えます。もし相違がありましたら名刺にあるメールや電話にてお問合せください。我々は常に事実だけを伝えたいのです」

ジャーナリストはいつでも現実(リアル)を伝えていくのが仕事だ。盛り込んでも意味がない職業である。

「君の言葉を信じよう」

その言葉はとても威厳があり、彼がかつてのNEETだとは思えぬ発言だった。


ミスターHとの別れを告げ、彼の部屋から出ようとすると先ほどの金髪の女性がニコニコしながら待っていた。いつから待っていたのかは分からないし、時間をどれくらい経ったのかも分からない。

日はまだ傾いていないので、それほど時間は経っていないのだろう。

「お疲れ様でした。ではお帰りも案内いたします」

彼女はそう言って建物の外まで案内してくれ、彼女とも別れを告げた。

終始、笑顔のままだったが作り笑顔というより客人の前ではこれが癖だという表情でもあった。


2100年現在。

NEETはマフィア、ヤンキーは貴族、そして陽キャラという民族的存在は警察と呼ばれている。

これが偽(いつわ)らざる、人類の今後の歴史である。

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