第7話 ヤマザキ メロンスペシャル3

 チャゴは流石に良心が痛んだのか、ごめんごめん、と髪を撫でた。溢れたダムのようにソフィはまだ泣き止まない。


「あーもう泣かないで。わかったから。スケールは小さいが確かにすごい特技だ。いいよいいよ、あんた可愛いし美人だし。ちゃんと連れてってやるよ。あとはあそこの悪いキムラがいいって言えばね」

突然悪者にされたキムラは唖然とする。


「そうだ! キムラ! いいでしょ連れてっても! 」

少女の後ろの満福が、未だ興奮した様子でキムラを指差し非難した。キムラは青筋を立ててチッと舌打ちした。そして、

「……どっちでもいいっすよ」

と自棄っぱちで答えた。満福が満足気に微笑む。キムラは心の中で舌打ちした。


そんな様子を見て源は三人の背中をバシンと叩いた。そして、

「話はまとまったな。ありがとよお前ら」

と破顔した。その顔は好々爺こうこうやのような、父親のような、恋人のような複雑な表情だった。

餞別せんべつだ。中に入ってくつろぎながらこれでも食いな。少し休憩したら出よう」

そう言うと源は懐から「スペシャルシリーズ」を三つ取り出した。

 



 キムラが受け取ったのは「イチゴスペシャル」だった。……我ながら渋い選択だ、とキムラは人知れず思った。安っぽい包装袋の裏面を何となく見ると、「砂糖」から始まる原材料欄と「512kcal」という暴力的な数字にゾクゾクしてきた。これ、菓子じゃなくてパンだよな、と思わず自問する。その瞬間、腹が鳴った。


一口頬張った感想は、「甘い」だった。

もう一口食べる。やはり甘い。

 

しっとりふわっと仕上がったスポンジ地はほのかに甘く、中にサンドされたクリームも、苺の香料の香りはあるものの、さらに劇的に甘い。腹が空いているからか、その甘さは舌にいつもよりずっと強く感じられた。そして口の中の水分があっという間に持っていかれた。

 

「……なにコレ、めっちゃくちゃ甘いね。甘ったるすぎ。即効虫歯になりそう。水分と一緒じゃないと全く食べ切れる気がしないよ」

バナナスペシャルを手にしたチャゴが正直な感想を吐くと、さしも冷静なキムラも同意せざるを得なかった。なぜこれを「渋い」などと評していたのか、自分の感性を見直そうと思った。

 

「そんなことないですよ! 美味しいですよ! スペシャルシリーズ! 」

ソフィが思わず声を上げると、

「うん、僕にとってはなんでも美味い」

と既に空になったアーモンドスペシャルの袋をヒラヒラさせながら満福が同意した。キムラはまだ口の中が甘ったるかったので、安東の自室から拝借してきたミネラルウォーターのペットボトルを飲みながら、この人たちすごいな、と思った。




 三人はそれぞれ、シャワーやトイレを借りたり、歯磨きをしたり、巨大な円形ベッドで仮眠を取ったり、と思い思いに休息をとった。全員があまり長い間ここには居られないことはわかっていた。

「……よし、そろそろいいかお前ら。もう出ないと奴らが嗅ぎつける。ソフィ、ちゃんと挨拶しな」


もじもじと源の背後から少女が改めて顔を覗かせた。

「ソ、ソフィです。甘いものとお菓子が好きです。と、特技は物に……物にいの……ちを……いえ、も、物をぴょんぴょん跳ねさせることです……す、す、好きな食べ物はスペシャルシリーズ! よろしくお願いします! 」

なぜか泣きそうな自己紹介だった。チャゴはその様子を、哀れなような、胸が締め付けられるような思いで見つめていた。


「……ねえソフィ。お姉ちゃんって呼んでみて」

ソフィは一瞬ぎょっとしたが、数瞬のうちに覚悟を決め、頬を上気させてチャゴを見つめる。

「お、お姉ちゃん! 」

刹那、チャゴの動きが止まった。


「……可愛い」

うっとりとチャゴはそう言うと、ぎゅうとソフィを抱き締めた。最初は戸惑っていた少女も、豊かな胸の谷間に包まれるとぱあっと幸福そうな顔になる。本当にこいつらは大概だな、とキムラは思った。



そうして、一行は出発の準備を進めた。持っていくものはこの部屋から持っていけそうなもの全てだ。


タオル、お茶、歯ブラシ、櫛、灰皿、ライター……防災バッグに入りそうな小物を全て詰め込み、満福が背負った。

その間、チャゴとソフィはイチャイチャと女子の話をしながら急速に距離を縮めていた。

 

 「そう言えばお姉ちゃんの名前はなんて言うの? 」

「チャゴだよ。チャゴ・プッパンジャン。太ってるのが食田くいだ満福。メガネのもやしクズがキムラ……キムラ……そういや、キムラの名前はなんて言うんだ? 」

四人の視線がクズと呼ばれた眼鏡の男に集まった。くいとブリッジを持ち上げてキムラが答える。


「木村亮人」

「……なんの面白みもないね本当にあんたは。しかもちょっと有名人ぽくてイラッとする」

眼鏡が曇った。一同は無言で固まった。


白けた場を盛り上げるようにソフィが元気いっぱいに声を張る。



「私はね、ソフィ・ソープランド! キムラさん、満福さん、よろしくお願いしますね! 仲良くしましょう! 」

 

 全員が凍りつく。



 

「……ソフィ、そのフルネームは今後一切名乗らないでね。どっかで落ち着いたら役所に行こうか。改姓するよ」

この上なく優しいチャゴの言葉に、目をきらきらとさせてソフィはうん、と頷いた。

 


 男たちは様々な思いをめぐらせながら、黙っているしかなかった。



<残金4,204円>



※ヤマザキ メロンスペシャルは現在販売休止しています。


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