第6話 ヤマザキ メロンスペシャル2

 十字路に差し掛かり、赤信号で車が止まる。


「どうする? 行くのか? 隣のチャンドワ」

「ああ、それしかない」

チャゴが決意を込めて言った。男ふたりは黙って追認するほかなかった。

「……よーし、わかった。ちっと寄り道するぜ。持ってって貰いたいものがあるんだ」

そう言うと源はハンドルを切った。向かったのは、ホテル街だった。


 

 大きな城型のホテルにタクシーが入っていった。駐車場に車を停め、こっちだ、と源が三人を手招く。


「……ここって、あれだよね! ら、らぶほて…… 」

無邪気に言いかけた満福をチャゴが恐ろしい顔で睨みつけた。

「い、いや、源さんを信じよう! 行こう二人とも」

キムラがそう言って二人を先導した。

 


 エレベーターは三階で泊まった。やや古い建物ではあったが、大小屋の建物の異様さに比して、ホテルは三人が知るそれと大差がなかった。301と書かれたドアの前で源は立ち止まる。

「ここだ」

源が懐からオレンジ色のキーホルダーがついた鍵を取り出した。鍵穴に差し込むと、懐かしい感じのするシリンダー錠が軽快な音を立てて開いた。


「……誰? 」

少し古びた感じのする部屋の奥からか細い声が聞こえた。

「俺だ。源だ」

「源さん! 」


声が明るくなり、ベッドの陰から少女が飛び出した。歳の頃は十五、六歳位だろうか。白い薄絹の可愛らしいワンピースを着ていた。ハーフだろうか。チャゴとは違う系統の美人だった。少女は源の逞しい胸に飛びついた。


「ソフィ、無事だったか」

「うん! 源さん、お腹空いた! 」

「ああ、そうだろう。ほら、菓子パン買ってきてやったからお食べ」

そう言うと源は懐から「メロンスペシャル」を取り出した。キムラは渋いチョイスだと思った。


「ありがとう! 私、スペシャルシリーズ大好き! おいしーい」

そう言うと少女は天使のような笑顔でメロンスペシャルを頬張った。キムラはこの少女も渋いセンスだと思った。

 

 

「……で、なに? ロリコンのおじさん。援助交際のお誘い? 」

地獄の釜の底のような顔でチャゴが源を睨みつける。

「ふあああ! かわ! めちゃかわ! 」

空気の読めない満福が目をきらきらとさせて興奮すると、チャゴは容赦なく金的を蹴りあげた。満福は沈んだ。


「い、いやちげぇよ嬢ちゃん! 流石にそれはねぇよ! 」

「ウソをつけ! なんださっきのあしながおじさんみたいな会話! 完全にクロだろうが! なにが『お食べ』だ! 江戸っ子じゃないのかよ! 」

「いやいやいや、俺にはかかあもガキもいるんだ! ソ、ソフィには一切手を出していない! 絶対だ! 」

「嫁子供いてよくこんないたいけな女の子囲えるね! つーかこれは未成年略取だ! 立派な犯罪! あいつら呼んでやるよ! 


……おーい! ここに変態ジジイがいるぞー! 捕まえろー! 」

チャゴは本気で大声をあげる。キムラが堪えきれず吹き出した。


すると源にくっ付いた少女は、きり、とチャゴを見据えて抗議した。

「ちょっと。どなたか知りませんが源さんは何もやましいことはしていません! それ以上はやめてください! 」

チャゴはばつの悪そうな顔で押し黙った。

 


 「……まあ、話を聞いてみましょう、チャゴ姐、落ち着いて」

キムラがフォローすると、興奮気味のチャゴが肩で息を吐いた。首筋に汗がたらりと、いく筋か流れる。それを見てなぜかキムラはチクリと心が傷んだ。


「源さん、詳しく話してください。どうしてこの子と俺達を引き合わせたんですか? 」

青ざめていた源は、ぽつりぽつりと語り始めた。



「この子はな、二日前に行き倒れてたんだ。お前らと同じ、来訪者だ。もちろん記憶もねえ。覚えてるのはソフィという名前だけだ。俺じゃどうしようもなくてな。……一つお願いだ。この子も連れていってやっちゃくれねえか」

「全然いいよ! ぜひ! ぜひとも! 」

いつの間にか復活した満福が野太い歓声をあげた。うるさい、とチャゴがまた満福を沈める。

 

「ふん……ソフィだっけ? あたしはチャゴ。あんた、何者だい? 西洋人みたいな顔して日本語ペラペラじゃん」

「は、ハーフというものだと思います! チャゴさんこそ、日本人の名前じゃないですよね! 」

小さな少女が圧に堪えながら返した。


「……あたしゃ元は、なんだっけ? 何とかという国の出自なんだよ。どうでもいいだろ、ンなことは。あんた、この旅は生半可な心持ちじゃ続けらんないよ。覚悟あるのかい」

やや心細そうな顔をしてひるんだが、ソフィは気丈に返答する。


「だ 大丈夫です! 源さんが連れてきてくれた人なら信用できます! それに私、すごい特技があるんです! 絶対に皆さんのお役に立てます! 」

「へー、見せてみなよ」

チャゴが胡散臭そうに挑発した。


 

 「分かりました。お見せします」

そう言うとソフィは祈るようなポーズを取った。指を逆向きのハート型に合わせる。

「はああああああああ」

心無しか部屋の空気がソフィの絡めた十指に吸い込まれるような気配を感じた。一同がごくりと唾を飲む。


「……ああああああああぁぁぁ! 踊れ! 我が下僕しもべ! 」


ソフィが絡めた指を開き、回転ベッドに向かって突き出す。その瞬間、手から青い光が放出されたように見えた。刹那、枕が噴水のように跳ね上がった。枕はまさに踊るように回転ベッドを何回か跳ねたかと思うと、静かに倒れた。

 

「……すごい! ソフィ、流石だよ! すごい力だ! 」

源が頬を紅潮させながらがっしりとソフィの肩を掴む。ソフィは嬉しそうにうふふ、と呟いた。

「本物の魔法少女だー! かわ! かわいい! 」

また復活した満福も興奮気味に讃える。



「……あー、手品? 」

恐ろしく冷めた表情でキムラが問いかけると、源が激昴した。

「何言ってやがんだよこのヘタレもやし眼鏡が! 超能力だ! この力は一日に一回しか使えねんだぞ! 舐めんな! 」

「そうだキムラ! 魔法少女だ! 」

満福も顔を真っ赤にして反論した。


「あー、うっさいよロリコンジジイとオタクデブ! ……なんの役に立つんだいこの特技」

「手品っすよねー」

げんなりした顔のチャゴと穏やかな笑みを湛えたキムラが顔を見合わせた。ソフィは泣きそうな顔になる。


「て、手品じゃありません! ほら! タネも仕掛けもないです! 」

大きな瞳をうるうるさせながら必死に抗議した。何もないと言わんばかりに、右手と枕の間に左腕を入れて振り回す。

満福もそれを擁護するように少女と枕の間を行ったり来たりした。

「手が光っただろうが! 」

源も助け舟を出した。


「……いや、光ってないっす。そんな風に見えただけかと」

「だいたい枕とダンスしてなんの意味があんの? 」

キムラとチャゴが痛いところをつくと、もはやソフィは頬を涙で濡らしながら、

「ち、違いますもん! 生命を与える魔法です! 枕じゃなくてもできるの! 」

と必死だった。


白いワンピースに涙の跡が一つ二つと染み込む。ソフィは膝から崩れ落ちてしくしくと泣き始めてしまった。


<残金4,204円>

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る