第4話 ワンカップ

 チャゴの絶叫が店中に響き渡った瞬間、フッと光が消えた。


「ん? みんなどうしたの? 」


満足気な笑みを浮かべた満福がいつものように引き笑いしながら言った。

「……あんた輝いてたよ」

チャゴの台詞は青春ドラマのようであったが、ただの事実であった。それを見て満福は曖昧あいまいに笑っていた。店内の人間全てが、その様子を固唾かたずを飲んで見守っていた。


「何ともないのかい? 」

「え?! いや普通ですが! 」

集まる視線に居心地悪そうに満福は答えた。

「……あのさ、なんで光るの? 急に」

視力を奪われかけたキムラが機嫌悪そうにく。

「光る? 僕の? どこが? 」

きょろきょろと体中を満福は見回した。

「全身光ってたじゃないすか。危うく失明するかと思いましたよ! 」

語気を強めてキムラが問いつめると、満福はしゅんと落ち込んでしまった。


チャゴは黙ったまま、満福の体に異常がないか、色々なところを触って確かめる。ちょっとやめてください、と抗議する満福はなんだか嬉しそうだ。

「……異常はないね。熱くもない」

神妙にチャゴがそう言うと、なんだかモヤモヤした二人の男達は、

「「光るだけかよ! 」」

と同時にツッコミを入れた。


「おっかしいなあ、このデブっちょとは二週間くらいの付き合いだけど、急に発光するなんてことは無かったんだけど今まで。そんなんなってたら逃げるわ普通に……というか、あんた、覚えてないの? 」

「全然ないですー、というかそんな急に光る奴とかいないっすよ! 」

お前だよ、と口を挟みそうになったがキムラはグッとこらえた。

 


 「お客さま、他のお客様が怯えていますので、ご退店いただいていいですか? お代は結構です」

店長らしき人物が厨房から現れてそう言った。まあ、仕方ない、と満福以外の三人は顔を見合わせた。

 



 店を出ると、すっかり目の覚めた安東が切り出した。

「皆さん、今日は泊まるところあるんですか? もしなければ、狭いですけどうちに来ます? ちょっと話しておくこともあるので」


行くあてがなかった3人にとっては、これ以上ない申し出だったので、すぐに承諾した。ファミリーレストランがあった通りにはキムラのよく知るチェーン店や飲食店が所狭しと並び、ネオンサインが賑々しく街を彩っていた。



五百メートル程歩き、明かりが少なくなってきた頃、

「こっちです」

と安東は三人を手招いた。

「こっちって……路地裏? 」

思わずキムラは面食らったが、チャゴと満福は黙って安東に続いた。

 


 安東たちが歩く道には明かりひとつなかった。道も舗装されていたのは最初の数メートルだけで、その先は砂利と水たまりが剥き出しになった地面が覗いていた。


手を添えた建物は恐ろしく大きく、星一つ見えない空と建物の境目は分からなかった。


黙々と三百メートルは続く路地裏を歩きながら、キムラは怖気だっていた。まるで悪夢のような道だ。光もなく終わらぬ道を歩き続ける閉塞感はまるで恐ろしい夢だ。一言も発さずただ足音だけが響き渡る時間に耐えきれず、キムラは誰にともなく話しかけた。


「ふ、二人とも怖くないのか? こんな道おかしいだろ? 」

二つ前からチャゴの声がした。

「いや、普通だよ。今にわかる」




 

「着きました」

突然視界が開けた。


巨大工場を彷彿とさせる高い屋根の下、蜂の巣のように大量の建物が並んでいた。


木とも石とも言えない奇妙な素材で作られた家はどれもボロボロで、今にも崩れそうだ。増築に増築を重ねた古い家は三階四階建てばかりで、建物によっては粗末なボロ板で道を挟んだ反対の建物に繋がっていた。

ところどころ窓から煙のようなものが舞い上がっていた。その小さな窓から大量の人の気配がする。キムラは異様な雰囲気に圧倒されていた。



「大小屋と呼ばれる居住区です。家のないものはここに住みます」



安東が説明を加える。

「私の部屋は三つ程横道を越えた先です。もう少しです」


木屑の転がった道は悪く、怪我をしないように四人は歩くスピードを落とした。建物の間にも小さなテントが点々と存在し、素の地面に寝そべった人間の足が見える。

ややあって緑色の壁の四階建てのアパートが見えてきた。


ここです、と促され二階に上がっていく。裸電球がぶら下がった通路の最奥の部屋が、安東の部屋だった。古びた南京錠を開け、どうぞ、と促される。


 五畳ほどのワンルームは、無骨ではあるが意外と片付いていた。ただ、古い砂壁と畳には年季を感じさせた。


「お、すごい。シャワー付きじゃん」


部屋の奥の一角の半畳程にシャワーカーテンが掛かったスペースがあり、チャゴが反応した。


「トイレはこちらです」

入口の横にも半畳ほどのスペースがあり、そこにぎりぎり便器が収まっていた。



「折角なんで飲み直しましょう。買ってきました! 」

そう言って安東はいつの間にか買ったコンビニの安酒の入った袋を掲げた。

 

 青い瓶蓋を開けながらキムラは固まっていた。緊張をほぐすように安東が語り始めた。


「……キムラさんは今日が二日目でしたっけ。なかなか慣れないですよね。

ここはいわば無宿者の村です。先ほど言った通り、家を得るためには何をすればいいのか、定かでは無いのです。そういう人々が肩を寄り添って暮らす特殊な地域と言えばいいでしょうか。こんな集落が他にも沢山あると聞いています」


「あたし達も初めてこういう所にきたときは仰天したよ。無くしてる記憶の欠片かけらが警告するんだ。普通じゃないってね」


チャゴが切符よく青いラベルのカップ酒を煽った。


「……俺の記憶じゃ、日本人はこんなところに住んでいなかった。あの賑やかなメインストリートの裏側はみんなこんな感じなのかい? 」

「……ええ。ここはいわば、<舞台の外>ですね。きらびやかなネオンサインと飲食街は表向きの顔です。


この大小屋はとてつもなく広い。この集落だけでも千人近く人が住んでいるのですが、大小屋の屋根が丸ごと村を包み込んでいます。ほかの地方にはさらに大きな小屋がある、なんて聞いたことがありますね。


ただ、どんなに気味が悪かろうと、それだけの人間が雨風にさらされないで済んでいるというのは事実です。こうやって働いている人に紹介して貰って皆さん住居を得ます。皆さんもどうでしょう? ご紹介します」



 「ぼ、僕はお願いします! 」

満福がいの一番に手を挙げた。それを見てチャゴは少し懊悩した後、挙手した。

「……女だけど、一人部屋とかにしてもらえるのかい? 」

「それは大丈夫だと思います! 安心してください。女性専用エリアなんかもあるらしいですよ」


キムラは考えていた。これは確かにいい話ではあるが、出来すぎた話でもあった。こんな今日会ったばかりの得体の知れない男の話を聞いてもいいのだろうか? 


「……お願いしたいのは山々ですが、なんでこんなことをしてくれるんです? あなたと話したのは今日が初めてですよね。気分を害するかもしれませんが、あなたのメリットがない」


思い切ってそう聞くと、チャゴが補足した。


「あたし達も最初来たばかりの頃は警戒してたんだが、何度かこうやって紹介を受けたよ。多分そういうシステムなんだ」

それを聞きキムラは渋々承知した。


「良かったです。今日は狭いですがうちに泊まってください。明日の朝に住居管理者の事務所に連れていきますので。

それでは改めて乾杯しましょう! 」 

そう来なくては、とチャゴが拍手する。

その日宴は深夜まで続いた。

 



 ━━そして、翌朝の夜明け前、四人は激しくドアをノックする音で目を覚ました。

寝ぼけ顔でドアを開けた安東の前にいたのは、奇怪な鳥の面を被った黒ずくめの集団。


「……まずい、黒装束の花嫁ヴァシュカンヤだ。あたし達なんかやらかしたみたいだね。マンプク、キムラ! 起きな! 」

チャゴが満福の腹を蹴飛ばしながら緊迫した声で鋭く耳打ちした。



<残金4,204円>

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