第3話 ミラノ風ドリア2
四人が入ったのは激安でイタリアンを提供するファミレスだった。
「いらっしゃいませーご注文お決まりですか? 」
ハンティング帽にセーラー服という珍妙な制服を着たウェイトレスが話しかけるなり、四人はほぼ同時に注文した。
「ミラノ風」
「ミラノ風」
「ミラノ風」
「「「「ミラノ風ドリアをお願いします」」」」
「ミ、ミラノ風ドリア四つですねーかしこまりましたー」
やや引きつった顔でウェイトレスがオーダーを取った。
「「「「あとドリンクバーを」」」」
再度四人がハモると、かしこまりましたー、といそいそと席を離れていった。
「ドリンクバー、何がいいすか」
なぜか太陽のように眩しい笑顔で満福が気を
「あ、じゃあ僕は山ぶどうソーダを」
「アイスコーヒーお願いします」
「ハイボール」
「あ、わかりました! 取ってきます」
テンション高く満福はドリンクバーに向かった。
「さて、と……」
チャゴが安東に向き直った。
「知ってること洗いざらい話しとくれよ」
そう言うと、こほん、と軽く咳をして安東が話し始めた。
「この街は、ターミナルタワーと呼ばれる中央塔を中心とした四つの地域に分かれた一つの巨大な建物だと聞きます。
建物の正式名称は誰も確かなことを知りませんが、皆、<スワルク>と呼んでいますね。
全ての住人は四十八時間以内に食事をしないと
「やはり全員がそうなんですね。あー記憶が
キムラが下手な芝居で調子を合わせると、安東は静かに笑った。
「記憶が無い方、たまにいらっしゃいますね。そういう方は何でも突然街に現れるらしいです。皆さんもそうなんでしょうね。お気の毒です」
「……他にもあたし達みたいのがよくいるんだね。大半の人は記憶喪失じゃないのかい? 」
チャゴが尋ねると嬉しそうに安東は答えた。
「ええ! 基本的には親がいますね、当然ながら。家族で暮らしてます」
キムラはそれを聞くと少し頭を巡らせ質問した。
「──家はどうやって買うんですか。こんな
安東は感心したようにキムラを見た。
「……聡明ですねキムラさんは。ええ、家は支給されるらしいです。どうやってかは知りませんが。何代も続くような家もあるらしいです。まあ、涸竭になる危険性は常にありますので、そんな歴史ある大家族というのはないらしいですが」
しばらく話していると、ウェイトレスが香ばしい匂いをさせながら料理を持ってきた。
思わず場が中座する。
ほぼ同じタイミングでグラスを四つ抱きかかえた満福が戻ってきた。
「チャゴさん、ハイボールはないみたいだから烏龍茶にしたよ」
「あーん、なんだよちゃんと探したのかよ、マンプク」
にやにやしながらチャゴが罵倒すると、ご、ごめんなさい、となぜか嬉しそうに満福は答えた。
「──仲良いっすよねチャゴさんと満福さん」
能面のような顔でキムラが尋ねた。
「いやだって存在がおもしろいじゃんこいつ。ちょーウケる」
と満面の笑みでチャゴは答えた。
安東がやや
「まあ、そういうのは置いといて、乾杯しましょう! 待望の食事ですよ! 」
その言葉を聞いた瞬間、彼らは強烈な空腹を思い出した。
円形のグラタン皿にたっぷりのチーズとミートソースが絡み合い、えも言えぬ良い匂いを漂わせた皿が四人の前に並んだ。
皿の縁のチーズの焦げ目が香ばしさに拍車をかけており、チャゴとキムラがゴクリと生唾を飲む。
満福に至ってはまさに餌を目の前にした犬のように
安東が宴の始まりを告げる。
「それでは皆さん、お疲れ様でした! かんぱーい! 」
「「「いただきます!!!」」」
安東の乾杯を無視してチャゴがスプーンを皿に突き立て円形に切りとって持ち上げると、湯気を上げてチーズが際限なく伸びた。
「う、うおおおお……!」
それを見たキムラが思わず感嘆の声を漏らした。
そこから三人は獣のようにドリアを
一人異様な雰囲気を出していたのは満福であった。彼は神妙な顔で一言も発さず、ドリアが3つになるように皿を切り分けた。スプーンからはみ出るほどのその一切れを、一、二度息を吹き冷ましたかと思うと、丸ごと口の中に入れた。五回ほど噛んでゴクリと飲み込む。
その所作を三回繰り返し、皿に米粒ひとつ残さず平らげて、ポンポンとお腹を叩いた。
「うまいね。だ、だけど全然足りない」
「す、ごいスピードですね」
安藤が圧倒されて苦笑いした。
「ねえお姉さん、お酒ないの? 」
「……えー、ワインでいいですか? 」
「いいよ! ボトルで持ってきて! 」
チャゴがウェイトレスを捕まえて酒を追加注文した。
「ぼ、僕も追加でミラノ風ドリア二個!! 」
「ちょ、ちょっと満福さん、残金考えて注文してくださいよ! 」
キムラが焦って抗議の声を上げたが、もはや二人には届かなかった。
「まあ、お前も飲めよ、メガネ」
少し目をとろんとさせたチャゴがわざとらしくシャツの第二ボタンを外して、ゆっくり足を組みかえながらキムラを誘う。豊かな胸の谷間が露になった。
スカートの中が見えそうなその仕草にさしも冷静なキムラも目が釘付けになった。
横の安東も食い入るようにそれを見ていた。
「い、いただきます」
「いただきます! 」
こうして二人は陥落した。
三十分もすると一行は完全にできあがっていた。あれほど息巻いていた安東はグラス一杯でテーブルに突っ伏していた。
チャゴとキムラは酒が強く、酔ってはいたものの時折嬌声をあげながら杯を重ねていった。既にボトルが二本空いていた。
満福はそんな三人の様子は意に介さず、オリジナルのドリンクバーレシピで作った甘ったるい液体をたまにやりながら、黙々と五皿目のミラノ風ドリアを食べ続けていた。
「ん……? 」
最初に異変に気づいたのはキムラだった。
斜向かいに座った満福の様子がおかしい。
微かに身体が光っている。
「……ねえチャゴ姐さん、なんか満福さん光ってんだけど」
目を擦りながら二度、三度と見直す。まるで膜のように柔らかな光が満福を包んでいるように見えた。
「何言ってんだよ太ってて光るなんざまるで福の神だよ。あ、それやばい、面白いじゃん。ねえマンプク、ちょっと光ってみ……え? 」
微かな光はどんどん増幅し、酔ったチャゴもその眩しさに気付いた。
光量はさらに増して豆電球から蛍光灯に、そして七色に輝き始める。
チャゴは驚きつつも楽しそうに、
「やばっ! ほんとに光ってんじゃない! 蛍光灯かよ! どんだけ面白いのあんた! 」
と腹を抱えて笑っていたが、キムラは目の前の異様な光景に我に返った。
さらに光量が増してまるで太陽のようになり、店内から悲鳴があがり始める。
「……ちょっ、やり過ぎ! マンプク、あんた大丈夫かい! 」
「満福さん! やめてください! 失明してしまいます! 」
メガネが目を腕で守りながらそう言うと、最早顔すら見えない満福が頷いているように見えた。
酔い潰れた安東もさすがに目を覚まして驚愕の表情を浮かべたが、それを視認できる者はいなかった。
「うわあああ! 何事ですいったい! 」
「わかんないよ! マンプク! 返事をしろ! マンプクウウウッ!! 」
<残金4,204円>
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