名詩の気持ち

「それじゃ私はお店があるから行ってくるよ。名詩ちゃんはくれぐれも変なことするんじゃないよ?神門君の風邪はまだ完全には治ってないのだから」

「分かってますよー、過剰なスキンシップはしませんって」

「それって過剰じゃなきゃするってことじゃないのか」

「あっ、わかちゃった?」

「まぁ、程々にするんだよ?それじゃあ行ってくるよ」

『行ってらっしゃい』

「じゃあ、俺少し寝てきます」

「弟君たちのことは任せておいて、ゆっくり休むんだよー」


 かなくんやぱっり疲れてたんだね。

 ――九毬名詩の両親は厳格な人たちだった。今では第一線から退いたとはいえ、元ピアニストの母とそれを支え続けていた父。


 母はその技術を私に教え込んだ。今に思えばあの指導方法は昔で言えば体罰、今風に言えば虐待だった。それでも絵私に不満というものはなかった。その生活が私にとって当たり前だったから。でもこんな生活をしていたから、褒められたことは一度もないし大会で賞を取ることが当たり前だった。


 優秀なことが当たり前な生活で、褒められるということはなかった。見ず知らずの人から褒められてもうれしくなどなかった。一番ほめてほしかったのは両親だったから。

 私は努力した、両親に褒めてほしくて。そして努力して手に入れた物は両親にとって普通だった。それが当たり前だった。もらえた言葉はもっと努力しろという言葉だった。


 どれだけ必死に努力しても、褒められない。努力が認められない世界。

 私は気づいた、どれだけ努力しても褒められることはないと。それから私はピアノを弾かなくなった。そして私には何もなくなった。当然の結果だった。幼いころからピアノしか知らない私に、やりたいことなどなかった。

 進路も音大から普通の大学に変えた。私にはまだ考える時間が必要だったから。進路を変えた私と両親の関係は当然悪くなった。でもあんなに厳しかった母だけは「好きに生きなさい」と送り出してくれた。


「めーねーねあそぼー?」

「いいよー。遊びたい玩具持ってこれる?」

「うん!」


 大学に通って、生活費を稼ぐために始めたバイトでかなくんに出会った。初めは興味はなかったの。


 でもかなくんのことを知るたびに私はひかれていった。家族のために何も求めないで頑張り続けるその姿に。私とは目的は違うけど、頑張りつ図ける姿に。


 かなくんは何も求めていなかった。ただ家族のために頑張る。それを見て悲しいとも思った。頑張ったことに、なにかご褒美があってもいいと思った。私なら与えて上げれると思った。私がご褒美になればいいんだって気がついた。


 私の気持ちはかなくんに伝えた。でもかなくんは多分受け入れてくない。どこまでも逃げて行ってしまう。

 逃げるとも違うのかな、止まることを怖がってる?

 どちらにしろ背伸びをして大人になろうとしてる。家族のために、何よりも自分のために。

 でも家族のために、かなくんが犠牲になったら意味なんてない。誰かがかなくんを止めないと行けない。頼ることを教えてあげないといけない。


 だから無理やりにでも、私自身の全てを使って逃げるかなくんを捕まえる。全てのしがらみから解放させてみせる。これが歪んだ愛だとしても、かなくんが幸せになるなら構わない。



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