目覚めと約束と

目が覚めると頭はすきっりしていた。倦怠感もだいぶ良くなり激しく動かないのであれば大丈夫だろう。起き上がろうとすると、胸の上に何かが乗っていた。

それは何かではなく喜瀬里さんの腕だった。時間は六時過ぎ、いつもより少し早い時間だが眠気はなかった。喜瀬里さんを起こさないように起き上がり、部屋を出ようとして動きは止まった。俺は寝ている喜瀬里さんの寝顔を見ていた。昨日の喜瀬里さんとは違って、いつものだらしのない喜瀬里さんに戻っていた。


優恵の部屋を覗くと名詩さんにくっついて気持ちよさそうに寝ていた。名詩さんも何も変わってはいなかった。きれいな寝顔だった。

リビングに降りて顔を洗ったら、何時もどおりに朝食を作ろうとして声をかけられた。


「かなくんおはよう。朝食なら私が作るから座ってて」

「おはようございます名詞さん。起こしましたか」


さっき、優恵の部屋を見に行った時起こしたとしか考えられない。そのあと着替えて降りてきたのだろう。


「いつもこの時間に起きてるからきにしないでー。ほらほら病人は座ってる」

「分かりましたよ」


肩を掴まれて椅子に座らされた。確かに病人が朝食を作るのは問題があるか。もしかしたら移るかもしれないからな。ここは大人しく見ていよう。ついでだ気になることを聞いておこう。


「昨日の夕飯は誰が作ったんですか?」

「喜瀬里さんだよー。かなくんを家に連れてきて、一番先に荷物取りに行ったのが喜瀬里さんなの。戻ってくるときに夕飯の食材も買ってきてたから」

「食材買ってきてくれたんですか?後でお礼を――」

「たぶん断られると思うけどなー」


確かに。「これは私が勝手にやったことだ。お金のことなら心配いらない。私は君に給料を支払う立場だ。お金ならあるのさ」とか言ってきそうだ。仕事を頑張るしかないか。


「冷蔵庫の中の使ってもいい?」

「好きに使ってください、悪くなりますし」

「了解ー。ねえかなくん」

「なんですか?」

「その喋り方、素じゃないでしょ?素の喋り方はそんなに丁寧な喋り方じゃないでしょ」


どうしてそのことを。


「どうして知ってるんだ?」

「うん、それそれ。昨日、「口移しする?」って聞いたとき。その喋り方だったでしょ?」


昨日の夜――

「恥ずかしいんですよ言うのが。これでいいですか」

「理由は聞いてないの。それにの続きが聞きたいの。ねぇ」

「口移しであろうと、キスであろうと。好きな人とするべきだと。そう思っただけだ」

「そうなんだ」

――ああ、やらかした。いつもならこんなへましないのに。


「だからその喋り方でいいよ?」

「わかりま。わかった。これでいいんだろ」

「うんうん。いつものかなくんもいいけど、こっちのかなくんもいいねー」

「そうだね。お客さんの前ではいつものほうがいいけれど、私たちの前ではこの喋り方でいてくれないかい?」


喜瀬里さんが起きてきた。時計を見るとすでに七時になろうとしていた。


「喜瀬里さん、おはようございます。夕食ありがとうございます」

「名詩ちゃんに聞いたんだね。なに気にしないでくれ。と言っても神門君は気にするのだろうし、そうだね後で私のお願いを聞いてくれるかい?」

「それくらいなら」

「喜瀬里さんだけずるーい!私も何か欲しいですよー!」

「優恵の面倒見てもらったし、俺にできる範囲で聞くよ」

「じゃあ今度の日曜に買い物に付き合ってよ」

「まあそのくらいなら」

「やったー!かなくんとデート!かなくんとデート!」

「デートの約束したつもりないんだけどな」

「昨日の夜言っただろう?」


椅子に座る俺の後ろから、喜瀬里さんは首に手を回してきた。喜瀬里さんの息が首に、耳にあたってこそばゆい。


「私も名詩ちゃんも君のことを好きだと。好きな相手と休みの日に出かける、これをデートと言わずなんという?」

「デートだな」

「だろう?私もどんなお願いを聞いてもらおうか、今から楽しみだよ」

「俺は喜瀬里さんに何を頼まれるのか心配だよ」


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