看病と誘惑
「そんな楽しそうなこと喜瀬里さんだけにはやらせません!」
楽しそうなことって、俺は何も楽しくないんだけどな。
「やるかい?」
「良いんですか?」
「少し腕が疲れてきたからね。それにお風呂にも入りたいからね。お風呂借りてもいいかい神門君」
「いいですよ、名詞さんは何も言わずにでしたけど。優恵をお風呂に入れてくれたので不問です」
「ありがとう。それじゃあ神門君のこと頼んだよ名詞ちゃん」
「まっかせてください。ほらほら、あーん」
すごく楽しそうで、なんだか腹が立つ。
「食べないのー?」
スプーンを持ったまま名詞さんは顔を近ずけてきて。お風呂上がりだからか、シャンプーのいい香りがする。パジャマの襟から覗く肌はほんとり赤みを帯びていて、血行が良くなっているのがわかる。ちゃんと優恵をお風呂に入れてくれたみたいだな。
「食べる」
だが、恥ずかしいのに変わりはない。早く食べてしまおう。
「あっ、もう無くなっちゃった。もっと食べる?」
「今日はもうお腹いっぱいなので大丈夫です」
「じゃあ、スポーツドリンクのむ?水分撮るのは大事だよ?」
「そうですね、飲みます」
「じゃあ」
名詞さんはコップにストローを刺して渡して来た。
「普通なんですね」
「普通じゃない方が良かった?口移しする?」
「遠慮しておきます」
「私の唇が遠慮するほど価値がないって言うの!?」
「そんなこと言ってません。風邪がうつるからです。それに」
「それに?」
「なんでもありません」
「なによー、気になるじゃない」
「たわいもないことです。気にしないでください」
「そういわれると凄く気になるんだけど!なんで教えてくれないの?」
名詞さんは病人の俺に馬乗りになって迫ってきた。
「恥ずかしいんですよ言うのが。これでいいですか」
「理由は聞いてないの。それにの続きが聞きたいの。ねぇ」
馬乗りはついに押し倒すまでになり、鼻と鼻が触れて、息遣いが聞こえる距離にまでなった。まじかに見える瞳は潤んでいた。
「口移しであろうと、キスであろうと。好きな人とするべきだと。そう思っただけだ」
「そうなんだ」
これで俺の上から離れてくれる。そう思っていたが、全く動いてはくれなかった。それに、雰囲気がどこか変わった。
「好きな人とするべき、か。なら好きな人とならしても良いんでしょ?」
「名詞さん何を──」
名詞さんは鼻と鼻が触れる距離よりも、もっと接近してきて
「そこまでだ名詞ちゃん。病人に無理をさせるべきじゃないよ」
「ちぇいい所だったのに、お風呂入るんじゃなかったんですか?」
「弟くんがちょうど入っていてね、戻ってきたのさ」
「間が悪いですねー」
「こんな時くらい大人しく出来ないのかい?」
「こんな時だからですよー。弱ってるかなくんは凄いんですよ」
なんの話しをしてるのか分からないが、俺の話なのは理解出来た。そして、あまりいい事でもないことも。
「何が凄いのか分かりませんけど、いい加減上からどいてくれませんか名詞さん」
「もう少しくらいこのままでもいいじゃん?」
「多分それは名詞さんはちゃんが重いからじゃないかな?」
「重くないですよ!平均体重ですからね!」
「そもそも病人の上に乗らないでくだい」
「そういう事だから、降りるんだね」
「分かりましたよー」
いやいやだという態度を微塵も隠さず上から退いてくれた。
「助かりました喜瀬里さん」
「たまたまだから気にしないでくれ。それに名詩ちゃんと二人きりにしてしまった私も悪いのだから」
「それは――」
「めーねーね、どこー?」
「あっ、起きてきちゃったか。今いくよー。そういうことだから、また明日ね。かなくん」
「おやすみなさい」
「お休み名詩ちゃん。また明日か」
「明日何かあるんですか?」
「ん?何もないさ私はね」
すごく含みのある言い方だが、今気にするほどのことじゃないか
「そろそろ弟君も上がったころだろう。入ってくるから待っていてくれ」
「はい」
喜瀬里さんは食器をもって部屋を出ていった。ん?待っていてくれ?喜瀬里さんは戻ってくるのか部屋に。でも何のために?
その答えはすぐに知ることになる。お風呂に入って上がってきた喜瀬里さんが部屋に入ってくることによって。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます