8、朱宮神社

 学校が終わると、明石は七瀬に連れられて神社に来ていた。

 境内にはまだ何にも染まらない白の紫陽花が咲いている。鳥居から続く参道は長く、本堂は見えそうにない。高校のグラウンドより広そうだ。


 赤茶けた大きな鳥居の横には、「朱宮神社」と彫られた石がある。

 見覚えのある名前に、もしや……と思い隣の七瀬に訊く。


「ここって朱宮さん家?」

 紫陽花が似合う美形は、頷いて答える。

「まどかの家は代々神職の家だ。まどかは巫女だからな、お前の家から邪気を感じて忠告してくれたんだろう」

「…巫女……」

 明石は巫女姿のまどかを想像して悶えた。


 最初こそ怪しいと思ったが、まどかのおかげで七瀬に依頼して呪いを祓ってもらうことができたのだから大げさに言えば恩人ともいえる。しかも心配して声をかけてくれたらしい。麗しい見た目と相まって、好感度が急上昇している。


「ハル、明石くん」

と高く可愛らしい声が聞こえた。淡い期待を胸に嬉々として振り返ればいつもと同じ制服姿の美少女がいた。いつもと違うといえば、手に鞄ではなく紙袋を下げている。明石は少しだけ残念な気持ちになる。


 「二人一緒ってことは、明石くんの家のこと、ハルがなんとかしてくれたの?」

 相変わらず鋼鉄の無表情であるが、明石にはそれが冷たいものには感じられなかった。しかし、ハルというのは七瀬のことか? 初対面のときは七瀬と呼んでいたはずだ。この二人、お互いを名前で呼ぶほど仲が良いのか……。


 悶々とする明石をよそに、会話はつづけられていく。

「ああ。対価として仕事を手伝わせることにした」

 その返しに、まどかはほんの1ミリ程度、眉を上に動かした。

「……仲良くなったのね。よかった」

 即座に、仲良くはない、と七瀬が食い気味に否定するが、耳が少し赤くなっている。七瀬は色白なので赤くなるとすぐわかってしまう。その様子をみて、明石は口元が緩むの抑えきれなかった。


 七瀬は話題を変えようと、まどかに本題を促した。

 まどがは、すっと真剣なまなざしをしてから、持っていた紙袋の中をゴソゴソと探ってる。

「境内を掃除していたら、ご神木に刺さっているのを見つけたの」


 取り出されたのは、見るだに恐ろしい、



「藁人形……!?」



であった。


 漫画で見たことはあるけど、実物を見るのは初めてだ。

 しかも人形の中央、人間でいう胴体の真ん中に太い鉄くぎが5本も刺さっていた。気持ち悪さに全身が総毛だってしまう。


「丑の刻参りか……」


 鳥肌をさすって呻いている明石とは対照的に、七瀬は至極冷静に呟いている。

 まどかは頷き、肯定した。

「境内をくまなく探したら、全部で五体あった」

「そりゃまずいな……」

 美男美女が二人で話を続けて、すっかり蚊帳の外だ。


「なぁ、どういう意味だ?」

 明石は身体も会話も無理やり割り込んだ。

「丑の刻参りも知らないのか。おそらく日本で一番メジャーな呪いだぞ」

 七瀬に馬鹿にしたように言われ、カッとなり食って掛かる。

「知ってるよっ! 藁人形に五寸釘だろ!」

「それだけか」

 ふうー、とわざとらしくため息を出されて、明石はますます苛立つ。普通の男子高校生が呪いに詳しいわけないだろ! 俺は野球部だったんだぞ、オカルト研究部じゃない!


「丑の刻参りは――」

 上空二万メートルくらいから見下ろすように七瀬が説明を始める。


 丑三つ時、つまり現代の午前二時、密かに神社や寺に参拝し、呪う相手に見立てた藁人形をご神木か鳥居に釘で打ち付けて、呪いの成就を果たす儀式だ。

 けっして人に見られないように、七日間にわたって行い、満願の七日目に人形が釘で刺されたところと同じ場所が痛んで、死ぬという。


「五体あったということは、すでに五日終えている。あと二日で呪いは成就してしまうんだ」


 あと二日。ということは、明日には呪われて誰かが死――!?

「いや、待てよ。七瀬!この前、素人が見様見真似でやった呪いは効果がないって言ってたじゃないか」

 悪影響はあるだろうけど、そこまで焦る必要はないんじゃないか。


 七瀬はチッと軽く舌打ちをした。

「今舌打ちした!?」

「無知め。いいか、丑の刻参りはもともと江戸時代に流行した庶民による呪いだ。術者が能力や式神を使うものじゃない。誰にでもできる、儀式だ」

 明石たちの応酬をそれまで黙ってみていたまどかも、神妙に口を開く。

「そう。だから呪いが成就する可能性はあるの」

 由緒正しき祈祷師と神職の家の二人に言われれば、眉づばものの呪いも、真実味を帯びてくる。


「私は夜は家を出られないし、父に話しても取り合ってくれない。だからハルに頼んだの。明石くんも手伝ってくれるなんて、助かるわ」

 礼を言いながらも、まどかは笑みの一つも浮かべない。明石は「明石くんも手伝ってくれるなんて助かる」という言葉を心の中で何度も反芻していた。あたたかさで胸がいっぱいになっていて、七瀬の言葉を聞いていなかった。


「丑の刻参りは誰かに見られたら、その時点で失敗だ。今日の夜、神社を張って見つけるぞ」

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