7、報酬の対価


「よっ!」


 昼休みになると、明石は弁当をもって旧図書室に弁当を持ってやってきた。予想通り、窓際の席で小難しそうな本を読んでいた七瀬の前にドカっと座った。


「よ、じゃない。なんなんだ君は」

 七瀬はページをめくる手をとめて、目の前の少年をいぶかし気に見た。


「この前はサンキューな。一緒に弁当を食おうと思ってさ」

 言うなり弁当箱を包んでいた辛子色の風呂敷を広げた。


「おい、ここは飲食禁止だ」

「誰もいねーからいいじゃん。授業さぼってるくせに真面目ぶるなよ」

 痛いところを突かれて、七瀬は二の句が継げないでいる。

 してやったり、と小さく笑いを漏らして、弁当箱のフタを開けた。昨日の残りもののチャーハンが、ゴマ油の香りを漂わせた。


「……君、そういえば引っ越しは決めたのか?」

 弁当の中身を次々と平らげているところに問われた。

「え? なんで引っ越すんだ? お前がジュブツとかいうのを乗り除いてくれたんじゃん」

 おかけで妹は元気になって小学校に通い始めたぜ、と報告する。


 七瀬は、マリアナ海溝より深いため息をついた。

「確かに取り除いだが、曰くつきの家には変わりないだろう。あんな話を聞けば、引っ越したくなると思うが……」

「そうか? 別に事故物件だったわけじゃないし、気にする必要ないだろ」

 明石自身は何も感じないし、妹が元気になったなら万事は解決している。噂はあるが、自分が普通に暮らしているのを見れば、何もないと気づくだろう。


「君は神経がすごく太いんだな。羨ましいよ」

 七瀬が大げさにほめてくるが、明らかに本心は反対のことを思っていそうである。何かを考えるように黙った後、そうだ、と開いていた本を閉じた。


「今回の報酬をまだ貰っていないんだが、小遣いを全部くれるんだったよな?メッチャうまいお好み焼きも」

 その言葉を聞いた明石は、ギクッと体の動きを止めた。


(やっぱり覚えていたか……)


 お好み焼きならいくらでも作ってやれるが、小遣いの方は雀の涙ほどしかなかった。明石は引っ越すときに、愛用していたママチャリをロードバイクに買い替えたせいで、貯めてきた小遣いのほとんどを使い切ってしまったのだ。それを忘れて、あのような発言をしてしまった。


「ぶ、分割払いは可能でしょうか?」


 申し訳なさから敬語になってしまう。七瀬はツッコむこともなく、よく通る低い声でハキハキと話し出した。


「君の家に訪問して原因を見つけ出し、禍々しい気を放つ土器を自宅に持って帰り清めた。しめて合計八〇万円の明朗会計だ。お好み焼きとやらで五万割り引いてやろう。七五万円の12か月分割払いで月6万ずつだ。よろしくな」


 一気にまくしたてられて、明石は目を丸くした。金額が自分が思う何倍もの値段だ。お祓いというのはこんなに高いものなのか。いたいけな高校生に月6万円は厳しい。アルバイトをすればいけるかもしれないが、すずがいるのであまり家を空けたくない。


「高くない……?」


 涙目になりながら、七瀬をうかがう。相変わらず雑誌モデルが裸足で逃げ出す美形だ。


「七瀬家は名門だと言ったはずだ。それに本来ならもっとするぞ。……妹さん、小学校へ行ける通えるようになったんだって?よかったじゃないか」

 脅しのような文句を言い、背筋が凍りつくほどの笑みを浮かべている。


 七瀬にはもちろん感謝しているし、男が一度言ったことを翻すのもかっこわるい。だが、そんな大金はない。24か月払いにしてくれないだろうか。それならひと月いくらだ、えっと、75÷24だから、ええっと……。


「どうせ金はないのだろう。なら代わりの条件を呑まないか」


 脳内でめまぐるしく考えているところ、助け船を出された。明石にとっては願ってもない提案だ。


「のむのむ! 条件ってなんだ!?」 

「僕の仕事を手伝え。その労働を対価にしてやる」

「仕事……?って、呪い関係のか?」

「ああ。君の鈍感っぷりは影響を受けにくくてちょうどいい。僕はあまり身体を動かすのは好きではない。君なら、暗く汚い縁の下を這いずり回って呪物を見つけるのにも適任だ」


 とんでもない言われようである。たしかに七瀬は美形でスタイルも良いが、色白で身体の線が細い。朝礼の校長先生の話で、まっさきに貧血で倒れていそうだ。

 その点で明石は健康優良児だ。今は部活にも入っていないし、体力も有り余っている。 

「縁の下は…あんまり行きたくないけど……いいぜ。お礼に仕事を手伝う!」

 親指をぐっと立てて七瀬に返事をする。七瀬は中指で眼鏡のブリッジを押し上げた。


「……まぁ料金が支払えない君には拒否権はないがな。さっそくだが一件依頼がある。放課後は空いていないか?」

「放課後かぁ……」


 今日はすずが小学校で仲良くなった友達の家に遊びに行く日なのだ。久しぶりに一人で自由な時間、新品のロードバイクを走らせようと考えていた。


 しぶる明石を見て七瀬は決めの一手を放った。

「ちなみに依頼人はまどかだ」

「放課後行くぞ」

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