2、俺の家、呪われてんの?
第一印象で今後の高校生活が決まるのだ。
クラスメイトの注目が集まる中、明石は己に気合いを入れて自己紹介をした。
「明石悠平です!前の学校では野球部でした!よろしくお願いします!!」
威勢のいい声が教室に響く。一瞬の間があってから、パチパチとまばらに拍手が沸いた。担任の先生に促されて、後方の空席へと向かう。
一番後ろの席には、窓際とその隣に空席が二つあった。窓際の方は机の側面にカバンがかけてあるから、誰かの席であろう。置きっぱなしにしていて、今日はたまたま欠席なのだろうか。
明石が席につくのを見届けた担任は本日の伝達事項を告げてホームルームを終えた。休み時間になると、近くの席の生徒たちがいっせいに明石の方へと向いた。気のよさそうな男子生徒たちが、よろしくなと声をかけてくれる。
穏やかな街にふさわしく、このクラスには不良らしき生徒も見当たらず、みな健康的な学生のようだった。もし荒れた学校だったらどうしようかと一抹の不安を抱えていたので、ひそかにほっと胸をなでおろした。
「明石は野球部ではどのポジションだったんだ?」
前の座席に座る角刈りの男子が、振り向いて話しかけてきた。よく日焼けした肌をしているから運動部だろうか。
「一応ピッチャーだったよ」
これでもエースだったのだ。勉強はからきしだが、運動神経には自信がある。
「お~花形じゃん。…残念だなぁ。うちの学校、野球部ないんだよな」
「そうなのか。でもどっちみち部活は入らないつもりだったから」
野球は大好きだったが、もともと部活に入るつもりはなかった。幼い妹のことを考えると、なるべく家事をできるようにしたい。
「そうなの? まあ塾とかもあるもんな」
角刈りは勝手に納得してくれたようだった。見るからに体育会系だが、意外と塾に通っているんだろうか。
と、急にショートヘアの気の強そうな女子が乱入してきた。
「ねえ、明石くんってどこに住んでるの?」
腕をつかまれて、突然の至近距離に一瞬息を止めてしまった。悲しいことに明石はあまり女子に免疫がない。
「えっ、えっと、川の近くだよ。和菓子のみやたのちょっと先」
「みやた? ……もしかして二丁目の一軒家じゃないよね? 松が植えてある」
ピンポイントに家をあてられて驚いた。
「? そうだけど」
その時、周りの生徒たちが息をのむ音が聞こえた。気の強そうな女子の顔から、笑みが消えている。皆が黙ってしまい、気まずいような変な空気が流れた。
「え、え? なに?」
動揺して周りに訊いてみても、だれも何も言わない。
「あー…ううん、なんでもないんだ。ほんと気にしないでくれ」
やっとのことで角刈りが口を開いたが、奥歯にものがはさまったようにごまかしている。
その態度で、言葉通りに受け止めるやつなどいやしないだろう。
しかし幸か不幸か、一限目の数学の教師が入ってきた。
「席付けー」
無気力そうなメガネの教師に言われ、明石の周りに集まっていた生徒たちが一斉に自分の席へと戻っていった。
さっきのは何だったんだろう。
明石は授業中もモヤモヤしながら考えていた。
そんなに有名な家だったのか? 前はヤバい奴が住んでいたとか……?
しかし答えは一向にでなかった。たしかに古い家だけど、羨まれるような豪邸でも、奇抜な外見をしているわけでもない。
再び休み時間を迎えても先ほどことはなかったかのように新しい話題を次々と振られて、ひたすらそれに答えているだけで終わってしまった。
放課後になると、クラスメイトたちはとっとと荷物をまとめて部活に行ってしまった。
取り残されてつい寂しさを感じてしまう。この学校は部活動が活発で有名らしいから、しょうがない。
かくいう自分も、前の学校ではチャイムが鳴るか鳴らないかぐらいのタイミングで教室を飛び出してグラウンドへ一目散だった。
(……帰るか)
胸にピリっとした痛みが走るが、気づかなかったことにする。鞄に教科書を詰め込んて、教室を一歩でた。
「明石くん」
高くて甘い声が聞こえた。
声がした右を振り向けば、自分より頭一つほど小さい、背の低い女子がいた。腰まである長い黒のストレートヘアで、ぱっちりした二重をしている。こんな可愛い女子、同じクラスにいたのか。
「え、な、なんだ?」
「ちょっと来てくれる?」
そう言ったきり、くるっと向きを変えてスタスタと廊下を歩いて行ってしまう。あっけに取られていたが、慌てて後についていく。
転校初日に、可愛い女子に呼び出された。予想外の事態に胸が勝手に浮きだってしまう。
(お、おれに一目ぼれとか? いやいやさすがにないって!)
などと、調子に乗って自分にツッコミを入れている始末だ。
人気のない、階段の踊り場までやってきた。少女は壁に背を向けて、明石と向かい合う。勝手に緊張までしている目の前の男子をよそに、名乗りもせずにとっとと本題に入った。
「二丁目の松の家に越してきたって本当?」
それは、明石が朝からずっと気になっていた話題だった。訊こうとしてもはぐらかされてしまっていたものだ。
「そうだけど……。なぁ、俺の家、なんかあんの?」
「今すぐ引っ越した方がいい」
間髪容れずに真顔で言われる。なぜだと問うために口を開こうとしたときに、信じられないことを告げられた。
「あの家は呪われている」
甘い声質をしているのに、その声音はひどく冷たい。天使みたいな童顔から、どんてもなく不気味なことを言われてしまった。
呪われている…? もしかして、そのせいでみんなよそよそしかったのか。テレビの心霊番組に出てくるような、事故物件だったのかもしれない。
(親父! しっかり調べとけよ!)
心の中で好条件だったと自慢していた父に文句を言う。
「いや、でもそんなオカルト話、いきなり言われても……」
にわかには信じられる話ではない。だが少女は微動だにせず真顔で続けてくる。
「もし引っ越せないなら、七瀬に相談するといいわ」
「七瀬……?」
知らない名だ。と言っても、今日転校してきた明石が知るはずもない。
「あなたの隣の席よ。彼ならなんとかできるから」
隣の席というと、欠席していた窓際の生徒か?俺の席を知っているってことは、やはり同じクラスか……思いを巡らせているうちに、美少女は立ち去ってしまった。
(クールビューティーってやつだな…)
ぬばたまの髪がなびく後ろ姿を見つめながら、明石は感嘆のため息をもらした。
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