変化の章
一 新しき帝
才に感謝する。シュエン新帝国皇帝サリム・サリドアは自らの才に感謝する。自分以上にこの才をうまく扱える者などおるまい。この才を与えてくれた運命に感謝する。
若かりし日、古王国に旅し、〝書〟と出会った。それからというもの、彼の人生は一変した。誰もが知る物語には、力が宿っている。不思議な力だ。それは神話が言うように、本当に夜を統べし大蝙蝠が与えてくれているのか。それともより現実的な解釈としては、上古の時代、この力を持つ者が迫害され――、物語に『偽装』して、後世に伝えたものなのか。
それは分からない。
サリムにとってそれはどうでも良い事だった。才のある自分の元に、この力が宿った事。その事自体に意味があり、その他の事などどうでも良い。
「へ、陛下。鼻より朱が垂れておりまする」
臣下の言にも耳を貸さず、サリムは祝詞を唱え続けた。
この力は限界を超えて使いすぎると、命を欠く。限界以上の力を我に降ろす時、力ある言葉の一部が脳を灼く。
神なる言葉を何と例えたらいいか。ゼロと一からなる数字の羅列のようだとサリムは思う。使いすぎればいずれは廃人になる。そんな力だ。だが、サリムは限界を超えた先の限界が常人よりも遥かに遠かった。それこそが彼の才。命を欠く事でしか得られない力を、幾度でも使う事が出来る。
今まさに、彼の力によって、フェリカ古王国の首都ソルグレイグが陥落せんとしていた。シュエンの地からは千里離れた先なれど、彼にとっては手に取るように、事の仔細を知る事が出来る。
「午後の政務はサリドアに任す」
「で、ですが、陛下! それ以上のご祈祷は、お体に障ります!」
「天よ」
「陛下!」
「おお、天よ……我に使命を与えたもうた事、感謝いたしまする。我に才の使い処を与えたもうた事、感謝いたしまする」
法悦なり。天に身命を捧げられる悦びに比べたら、この身を損なう事など何と些細な事か。天に向かって伏拝し、書を仰ぎ見る。そしてまた滔々と、サリムは書に記された祝詞を唱え続けるのであった。
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