火の章
一 武統祭
始まりはしめやかに行われた。
武統祭、控え室。
「こんなの聞いてない……」
リャコが想像していた規模の、何十倍、いや何百倍もの観衆が武統祭の会場につめかけていた。
王子は王の前で武を競う祭りだと言っていた。リャコはその話をすっかり、王族や貴族などの少数の観覧者が集まる中で淡々と行われる、祭祀としての試合のような物だろうと勘違いしてしまっていた。
残念ながら、リャコのお気に入りの活劇にフェリカの武統祭のシーンはなかった。武統祭の勝者というキャラクターがいた事はあったが、あまり創作には登場しない大会である。
早速意志がくじけそうになる。だが、想像と違ったぐらいで及び腰になっていては勝てる試合も勝てないだろう。全ての武芸を意味する十八の武器、リャコは圏だ。今頃、リャコの相手を決める卜占が行われている頃だろうか。控え室にまで、客のどよめく声が聞こえてくる。マールが訪れて告げた。
「姫さん。お相手が決まったようだよ。しかも第一試合。早速出番だ」
「もっ、もうですか? っていうか、相手は誰です」
「何と言ったらいいか。ま、ここが正念場だ。悔いのないよう、頑張んなさいな」
あれよあれよという間に翼に押し出され、会場へと続く廊下を一人で歩く。
いい? リャコ。平常心。落ち着いて。
王子に、気を付けるべき相手は数人名前を聞いてあるし、対策として事情を知る数少ない警ら隊員や、武器なら何でもござれのパーセルに模擬戦をしてもらったりもした。
大鋏のバラステナだろうか。鎖鎌のダダナンだろうか。特にあの二つの武器は苦手で、模擬戦でも何度も地を這わされる羽目になった。会場に入ると一際の歓声。目の当たりにした観衆に、足がすくむ。
「リャコ、前に。前に進むのよ」
小声で自分を鼓舞しながら舞台の中央へ進み、主催席に礼。王は病に臥せっている為、王后と王子のみの観覧となる。王子の顔を見て少し安心する。では、隣にいる蒼髪の女性が王后ミルカ・トルティンボルその人だろうか。
齢四十を超えた頃合のはずだが、どう見てもそうは見えない。リャコの姉だと言っても、誰にも疑われはすまい。もっとも、王子の母堂だけあり、王宮の千の花に勝ると謳われる美貌の持ち主と姉妹だなどとは、リャコは口が裂けても言えないが。
王妃の美貌にリャコが見惚れていると、轟雷のように会場がざわめいた。対戦相手が入場したのだ。
「あ、あなただったんですか」
「はっはっは。不運だったな、リャコ。第一試合が、まさか師弟対決だなんて」
「え~、圏使いのリャコ。双刀のパーセル。その武によりて王を援け、国家を鎮護する礎となる事を証してみせるが良い」
祭司と思しき老爺が震えた声で告げる。
「では始め」
「えっ? きゃっ!」
あまりに突然、始めの合図がかかるものだから、何も心の準備が出来てない中、いきなり打ち込まれた。圏を取り落とさないようにとだけ念じ、体ごと飛んでいきそうになるのをこらえた。
「な、なんだとー? お、俺様の一撃を、捌かれただとー」
「ちょ、お師様。なんですか、その言葉遣い?」
と、リャコの疑問をよそに、なにやら会場がどよめいている。
「お、おい。今何が起こった? 早すぎて見えなかったぜ」
「ああ。双剣のパーセルの独壇場かと思ったが、あの初撃を捌いてみせたって事は、相手の女もかなりの使い手って事か」
そこかしこでひそひそ話す声がした。
「おのれー、次の一撃で、決めてやるー」
「わっ、きゃっ、ちょ」
右に左に打ち込まれ、独楽のようにくるくる回らされる。もはやどちらが前だか分からない。それなのに。
「お、おい。こりゃあ、一波乱あるかも知れねえぞ」
「パーセルって言や、五年前の。だろ?」
「おうよ。あの時だって、まさかジェナス様があれ程追いつめられるとは、誰も予想していなかったが。今度の大会も、また波乱含みみてえだな……」
「これだから、武統祭の観覧はやめられねえんだ!」
会場のどよめきが一際大きくなっている。
「くそー。今のも弾かれただとー。どうやら本気を出すしか、ないみたいだー」
圏と剣がかち合うと、たたらを踏んで後ろに弾かれるのは決まってパーセルの方。右に左に転がり、よろめき、吹き飛んで、いっかなリャコに決定打を入れる事が出来ないでいる。そう見えているのだろう。観客からは。
「もしかして、私……強くなってる?」
なんて、そんな事はない。
全部、王子の指示だろう。おそらく、あの王子でも、武統祭の卜占の結果だけはどうする事もできなかった。だから、大鋏のバラステナなり、鎖鎌のダダナンなり、王子の息のかかっていない相手と当たった時の備えとして、リャコには訓練を積ませていたのだろう。けれど、幸運にも、武統祭本番では師であるパーセルと当たる事が出来た。結果、師はノリノリでリャコの勝利を偽装しようとしているのだ。
「な、なんという強さだー! て、手も足も出ないぜー!」
っていうか、お師様、お芝居下手すぎ!
リャコはうめいた。事情が分かってから改めて見ると、酷い芝居だった。リャコを軽くあしらいつつ、観客から見てパーセルが劣勢に見えるよう剣を振るうなど、その剣技の方は凄まじいのだが……。
「ジェ、ジェナス師匠直伝の奥義・黄金鳥聖花竜牙栄光剣をものともしないだとー!?」
だの、
「こ、こうなったら、師によって固く使用を禁ぜられた最奥義・無明剣‐絶‐の封印を解くしか……。だけど、あれは体に負担が……」
だのと、いちいちいらぬ話を挟んでくる。もう、そういうの、いいですから! と、試合中にも関わらず叫び出してしまいそうになる師の演技。この茶番がバレやしないかと、そっちの方が心配になってしまう。
「お、おい。聞いたか? 今のが黄金鳥聖花竜牙栄光剣だとよ」
「あぁ。ほんの一瞬の間に七回も金属のぶつかりあう音が響いたぜ。瞬間の七連撃を、あのリャコとかいうぽっと出は全て弾いてみせたって事か……」
「ひゅう、なんて戦いだ」
リャコは知っている。リャコが師の剣を弾いたのは一度きりで、残りの六回はパーセルが自分の剣同士をぶつけて音を出していた事を。
師の剣を見慣れているリャコですら、全ては追い切れなかった。武統祭に出場するような達人たちは今は控え室にいるし、遠目から、その真実にたどり着けるような戦士など、限られているだろう。その最有力候補たるジェナス将軍は、前回の勝者として今大会での出場権はなく、今は祭りで手薄になっている王都の守護の責任者として外敵に睨みを利かせている。
「まったくもう。今まで頑張って来たのはなんだったのよ!」
だんだん、むかっ腹が立ってきた。
「絶対に一撃、入れてみせますから!」
リャコが宣言すると、パーセルは嬉しそうに笑った。
「なら、こちらも本気を出すとしよう。見事捌ききって、一撃入れてみせるがいい」
そして、小さな声で「卒業試験だ」と。
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