五 告死鳥

「殿下。ご無事でしたか」


 ひらり舞い降りたのは美しいメンフクロウ。警ら隊では〝偵察〟や〝暗殺〟を主たる任務とする二番隊、その隊長を務めるオムシュエットのマールだ。全てを切り裂く刃羽根が八枚、高空から六人を貫いていた。リャコはぽかんと放心して事の成り行きを見守っている。


「すみませんね。一人、逃げられっちまいました」


「いや。助かったよ、マール。よく来てくれたね」


「あたしの耳と嘴の先で、ああもカンカン音を立てておくんなさるから、おちおち寝てもいられやしない。ちょいと王城の尖塔のてっぺんまで登んのに時間がかかっちまったが、何とか間に合ったようで」


「ま、ま、マールさん?」


「何だい、姫さん。今頃気づいたのかい。この美しい雨覆あまおおい、そこらのオムシュエットとは一味も二味も違うだろう。見分けがつかないなんて、馬鹿な事お言いじゃないだろうね」


 マールご自慢の武器は、粉末状のダイヤモンド砥粒を羽弁にたっぷり含ませた八本の風切り羽。そうそう何度も使える物ではないが、遥か高みから打ち下ろすと、鉄兜をかぶっていてさえ地上まで穴が開く。翼に砥粒が飛び散るせいで、マールは昼はキラキラ光って見える。


「マールさん……マールさん!」


 ひしと抱き着く。


「よしよし。怖かったろうねぇ、あんた。んでも、今は我慢しておくれよ。王子、ひとまずはこの場を離れましょう。彼らはどうしますか」


「そのままにしてやろう。彼らが死んだ事が伝わらないと、彼らの故郷にも累が及ぶ」


 仕方のなかった事とはいえ、襲撃犯達はティルヒムを除き、全員が死んでいた。マールに手を引かれながら、森を抜け王都へと向かう。何の供養もしてやれない事に後ろ髪引かれる思いを感じつつ、歩を進めた。


「しかし、王子も人がお悪い。いかに警ら隊で揉まれているとはいえ、こんな年端もいかぬ女の子を、説明もなしに襲撃の囮にするんだから」


「言ってくれるな。その件についてはさっき猛烈に反省を済ませたところだ」


 さっき、という言葉に、ふと動転していた際の出来事が思い返される。自分は何か、とても恐れ多い事をしてはいなかったか。王子の匂いが鼻の奥に甦り、鼓動が早くなる。


「どうして彼らは、あんな事をするほどに追いつめられてしまったのでしょう」


「さてね。ひでりや災害があったわけではないから、人の仕業だという事だけは確かだ。父が健康だった時分は抑えが効いていたそうだが、今は地方の貴族や小役人が専横を振るっている。……時折、父が早くみまかれば良いのにと思う事がある。僕はあくまで王子。王ほどの権はない。汚職役人共は互いに手を組んで少数の清廉な役人を追い出しにかかっている。このままじゃ、国が沈む」


「あたしゃ、聞かなかった事にいたしますよ。姫さんも、分かってるね」


「もっ、もちろん」


「マール。……襲撃はティルヒムが先導していた。逃げたのは彼だ」


「ンま。そ、それは……」


「あぁ。西の果てシュエン付近での誘拐事件。王都でも貧民が魂砕けにされる事件が続いている。そして、今回の襲撃。すべて、トルティンボル家が何らかの形で関わっていると見られる」


「あちらさんもいよいよ、進退窮まってんでしょうかね。……御身にも充分気をつけていただかないと。姫さんだって全く使えないわけじゃないが、せめてあたしにぐらいは行く先を告げて出てくれないと。今日だって、あたしが気づかなかったらどうするおつもりだったんです」


「そんな事にはなるないと、信じていたよ」


「ンもう! まったく、口がお達者なんだから。ほんっと、王子が貴族の言いなりになるようなぼんくらだったら、あたしらもこんなこき使われて、苦労する事ぁなかったのにねぇ」


「貴族らは僕に美女をあてがって骨抜きにしようと考えたみたいだけどね。もしくは、同衾中の暗殺でも企んでいたか。……僕がその策に大人しく従わないものだから、今日のように実力行使に出たんだろうが。結婚の出来る年になってからというもの、本当に気が休まる事がなかった。やはり僕は強引にでも、リャコを娶るべきだったのかも知れないな。もう三回もフラれてしまったけどね」


「もうっ! か……からかわないでくださいっ」


「からかってなどいないさ。本心だよ」


「ま……またそんな事言って……! あ、あれ?」


 なぜだろう。無性にこみあげてくるものがあって、気づいたら涙がぽろぽろ零れていた。


「あれ? どうしたんだろ。私」


「これ、あんた、お泣きでないよ。あの場から離れたと思ったら安心したかい? よっぽど怖かったんだろうねぇ。もう大丈夫だからね」


「……ごめんなさい。マールさん。少し。少しだけ」


 突然の涙の理由を、リャコは考えない事にした。もしかしたら……。刻の歯車が少しだけズレていたら。私は王子の妾になっていたのだろうか。家格から言えばどう考えても采女だけれど。最下級の妻にしかなれないけれども。王子の心が安らげる居場所として、その美しい方の傍でずっと歩んでいく。そんな道もあったのだろうか。思うとますます涙が溢れ、リャコはダイヤの雨覆に、深く深く顔をうずめるのだった。

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