四 大鎌使い
黄金の刀身を持つ宝剣を抜きながら、王子がボヤく。
「マズい。説得できると思ったんだが、失敗した」
「ちょ、あれで説得していたつもりだったんですか!? 王子はご自分の洞察力が相手をどれほど追いつめているか、計算に入れてなさすぎです!」
「姦しい! おい、馬鹿王子! その余裕、いつまで持つか試してやる!」
一見豪快そうに見えるティルヒムの鎌による攻撃は、足を狩る事を基本に組み立てられた堅実かつ実に厭らしい技である。
長身のティルヒムが長柄で足元を狙うのだ。初見の者ではその急角度になかなか対応出来ない。かといって足元に注意が集中すると、長柄は途端に背後から頸動脈を切り裂きにかかる二段構え。
懐に入ろうにも、下手に距離を詰めると切っ先は自分の背後、視界の外に消えてしまう。後ろからいきなり首を掻かれないかどうか冷や冷やしながらティルヒムに攻撃を加えるのは至難の業だ。そうして体力と集中力を摩耗させられ、一瞬の油断から足を刈り取られ、次の瞬間には首すら落とされた敵は過去に数知れずいたという。
「弓が欲しいところだ。リャコ、弓兵隊を呼んできてくれ」
「むっ、無理です! 六人相手は、さすがに」
武装した六人は、琴で操られた非武装の二十人より脅威だ。いかにも切れ味の鈍そうな、錆びついた小刀で傷でもつけられたら、すぐさま全身に毒が回って一巻の終わりだろう。そう思うと、どうしても慎重にならざるを得ない。だが、日頃の訓練のおかげか、反応は出来ている。自分の身を守るだけなら、何とかなりそうだ。
「ティルヒムさんだって、ちょっと小突いて反省させてやろうというだけの心積もりだったでしょうに。退路を塞いでしまってどうするんです」
「……おかしいな。そんなつもりはなかったんだが」
「お前ら、自分の立場を分かっているのか!?」
口角泡を飛ばし、ティルヒムが怒鳴る。無論、〝ちょっと小突いて反省させてやる〟だけでも、臣下の身からすれば命を賭した決心だったろう。どの道、こうなる事は避けられなかった気もするが。
「ティルヒムさん、やっ、やめてください。アレイザさんの解任には事情があるんです。今はお教え出来ませんけど……きゃっ!」
少し、油断が過ぎた。
「おらおら、姉ちゃん。おらぁ達の事をちぃとばかし無視しすぎじゃねーか?」
「少しはぶじつを齧ってんのかもしんねえが、六人相手じゃおら達が勝つべ」
「あなた達は利用されているだけです! お気づきなさいっ!」
「んなこた分かってらぁ。それでも、金さえくれるんなら何だって構いやしねえんだ」
「王のお加減が悪くなってからっつうもの、おら達の村はほとんど蓄えが出来てねぇ」
「あぁ。税が上がって、きゅうきゅうだ。それもこれも、王子の
「どうも、話を聞いてりゃ、贅沢してんのは王子なのか王妃なのか」
「けんど、金さえもらえりゃ、おら達にゃどっちだっていい事った。いただいた前金のおかげで、大麦が買えて今年も種蒔きが出来た」
「ここでおら達が逃げたら村に火がつけられる。半金も欲しいが、それ以上に女子供が殺されっちまうのが困る。おら達が死ぬのだけなら御の字だ」
「そ、そんな……」
凄絶な事情に、思わず圏を持つ手が震える。
「リャコ! 同情などしていたら、君が死ぬぞ!」
「ですけど……っ!」
「殺してあげないと、酷だ」
「っ!」
死体が出なければ、彼らに王子殺しを依頼した黒幕は、彼らの村を焼くのだろう。初めから彼らに生きて帰る道など残ってやしなかったのだ。
「危ないっ!」
王子に片腕を引かれ、抱きすくめられる。間、髪を容れず、斧がぶおんと空を裂く。
「ま、待って!」
思わず制止の声をあげてしまった。斧使いを切り伏せようとしていた王子の剣が、あわやという所で止まる。剣の腹で、気絶させた。そこへ大鎌の一撃が襲い、王子の頬を浅く切り裂く。
「甘いなっ、王子!」
「何とでも言え」
「す、すみません、王子。私のせいで」
これでは足手まとい以外の何物でもない。せめて邪魔にならぬようにと思うが、体中震えて力が出ない。喉がひりつき、口の中がからからに乾いている事に気づく。
殺す。
殺さないと、こちらが殺される。
殺してあげるのが慈悲。
――分かっている。なのに。
「リャコ、こっちだ!」
王子に手を引かれ、森の中を逃げた。足がもつれ、うまく走れない。木の根に足を取られる。(駄目だ。)何の為に、今日まで訓練してきたのだろう。(父親を救うため。)守るべき王子に守られて、何が隊長か。(どうせ、有名無実。)歯の根が合わない。(父だって悪い事などしていない。)命のやり取りだと意識した途端、さっきまで出来ていた事が何も出来なくなった。(不公平だ。)王子の迷惑になってはいけない。(私のせいじゃない。)せめて、この手を放し、王子を逃がさなければ。(私は何も悪くない。)父を救おうとしてくれた人だ。(私は何も悪くない。)(私は何も。)(私は
「リャコ」
「……っ」
木の陰に隠れ、息を潜めた。
「すまない。僕のミスだ。こんなに怯えさせるとは思わなかった」
「わ、わた、私は……」
「大丈夫。大丈夫だから」
ふわっと桃の香が広がる。子供をあやすように抱きしめられ、王子の匂いを鼻いっぱいに嗅いでいた。意識の焦点が次第に合わさっていく。背を撫ぜられ、徐々に震えも収まった。
「ファングボア相手にも果敢に立ち向かっていく子だから、うっかりしていた。人と人とが殺し合う現場は初めてだろう。怯えもするはずだ。悪かったね、どうも普通の女の子の感覚というのが分からなくて」
「あっ、あの。王子。ごめんなさい、私その」
「もう大丈夫かい?」
「え、ええと、はい。大丈夫です。だから、離していただいて、その」
自分は一体何をされていたのだろう。状況も忘れ、頬がカッと熱くなる。その時、木の影から迫る白刃が見えた。主の危機に思わず叫ぶが、主は既に動いている。
「王子っ!」
「くっ!」
突き飛ばされ、尻餅をついた。見上げる視線の先に、王子の背中があった。王子の右肩には深い裂傷。追いつかれていた。背中越しに、六人が手に手に持つ不揃いの刃が、その命を狙っているのが見える。
「どうして。王子、どうして」
なんで助けてくれるの。かばってくれるの。貴方は、この国にとって、かけがえのない御身だというのに。
「リャコ、逃げろ」
「でも、王子。お怪我を。それでは、剣を振れません!」
自分のせいだ。半年パーセルに師事して、副隊長の相手とはゆかずとも、せめて自分の身くらいは守れるだろうと、王子は見越していたに違いない。その計算を狂わせてしまった。そして今もなお、王子は盾となって自分を逃がそうとしてくれている。少し前までの余裕はどこへ行ったのか自分でも不思議なぐらい、足も萎え、思うように息すら出来ない。立て、リャコ。立て。立て!
「お、王子に手は出させません」
「いいんだ、リャコ。退がれ」
「そんな。出来ませんっ。お飾りですけど……天幕の設営一つ、手助けしてもわらなきゃ出来ませんけど……。私は、王子の警ら隊の、隊長ですから!」
リャコがそう叫んだ瞬間――、辺りに死の雨が降った。
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