三 襲撃者

 街道を少し逸れた森の中。囲まれている。


「私の事、餌に使いましたね?」


「察しがいいね。実は、その通りなんだ」


「んもう! お師様に休むように言われているのに」


「何、実戦経験が積めると思えばいい」


 王子を甘く見ていた。初めから尾行けられると分かってリャコと二人きりの状況を作ったのだ。せっかくドキドキした自分が馬鹿みたいだ。


「悪かった、怒らないでくれ」


「いいえ。これも警ら隊員の勤めですものねっ」


「おい! 何をごちゃごちゃと言ってやがる!? この状況、分かってんだろうな!?」


 リャコ達を囲む男は総勢六人。各々が切れ味の鈍そうな小刀や斧で武装している。だが、半年みっちりパーセルにしごかれているリャコにとって、男達はいかにも貧弱そうに見える。パーセルの言っていた、平民は体つきからして違うという言葉の意味が分かる気がした。


 ふと、これなら勝てるかも、という思いがよぎる。


「ダメだよ、リャコ。油断しちゃ。命がかかっている」


「うっ、すみません」


 そして、王子は男達の向こう側に声をかける。


「出て来なよ。僕に用事があるんだろう? ティルヒム」


「え? ティルヒムさんって」


「自分が隊長になれると思っていたのがアテが外れて逆恨みか、ティルヒム? アレイザには人望の面で負けているとしても、まさかこんな小娘に隊長の座を奪われると思っていなかったか」


「ち、違うっ!」


 姿を現したのは、こけた頬が特徴的な、大柄な男。三番隊副隊長、ティルヒムだった。長身の彼の背と同じくらい長い、両手持ちの枝打ち鎌をその肩に立てかけている。


「そんなんじゃない! 俺はっ」


「あぁ。知っているとも。おおかた、中書令辺りにこう言われたんじゃないか? 王子の動きが怪しい。王、王妃を廃して自分が取って代わろうとしている。パーセルらとつるみ、お気に入りの女を隊長職に侍らして、我が物顔に振舞っている、と。あぁ、王の快癒を一日でも早くと願う王妃にこの仕打ち。王妃の心痛はいかばかりであろうか。アレイザを隊長職から退かせ、トルティンボル家の影響力を排除しようとしている。次はお前が追われる番だ、ティルヒム。とね。違うか?」


「ど……どうしてそれを!?」


「まさか、本当に言われたのか? 愚かな」


「うっ、うるさいっ! 俺は元々、王妃、いや、トルティンボル家に仕える身だ! 例え貴様が王妃の息子であろうと、王妃を裏切るのなら許しはせん」


「王が病床に伏せているからと、貴族や役人を思うままにし、贅沢三昧で国庫を傾けようとしている王妃の方こそ、王家に対する裏切り者じゃないのかな」


「だっ、黙れ! 王妃の心痛を考えろ。王妃のお心を思えば、多少の贅沢がなんだ」


「多少? 村一つ買える値段の宝石を山ほど敷いた湯で、湯あみをするのがか」


「おっ、王妃は……ミルカ様は、ご結婚そのものを望んでなんざいなかったんだ。王家に嫁ぐ前、俺にだけ打ち明けてくれた事がある。他に恋い慕う人がいるのだと。それを、無理矢理輿入れさせたのは貴様の父だ。今ぐらいの贅沢など、その贖罪と思え」


 顔を赤くして激昂するティルヒム。その姿を見て、リャコはピンと来てしまった。ティルヒムは王妃を恋い慕っているのだ。


「ティルヒム、今ならまだ目をつぶってやれる。トルティンボル家に戻り、武術指南役にでも収まるがいい。これまでの君の働きは、今日の乱心を補ってあまりある物だ。表沙汰にするつもりはないし、トルティンボル家の方にも、決して悪し様にせぬようよく言っておく」


「……貴様の言う事など全て戯言だ。そうやって弁を弄して煙に巻こうとしていやがる。貴様はいつもそうだ。アレイザが何をした? なぜ職を解かれた。申し開きがあるなら言ってみろっ!」


「君は先日の射的大会にはいなかったのだっけね」


「射的大会? 何の話だ!?」


 長年警ら隊の副隊長として傍に仕えていた者からこの言われよう。王子は味方も多いが敵も作る人なのだ、とリャコは思う。誤解されやすいというより、誤解される事を厭わないし、積極的に誤解を解こうともしない。


 もっとも、ティルヒムの方もこうして王妃に取り入る官吏の言いなりとなって王子を襲ったのだ。彼にリャコの事情を教える事は出来ないと判断されたのも、仕方のない事だったのかも知れないのだが。


「あ、アレイザさんは、もともと一番隊に戻りたかったのだそうです。だから、私が代わりに隊長を」


「うるさい。貴様のような新米に隊長職が務まるか! 俺とは言わずとも、他に適任はいくらでもいただろう!」


 大変ごもっともな話でリャコは唸ってしまう。とはいえ、リャコを武統祭に出場させる為の箔付けとしてあてがわれた役職だという事は、警ら隊でもごく一部の者しか知らない。ティルヒムに真実を話すわけにもゆかず、リャコは口をぱくぱくさせた。


「リャコ。もういいよ」


「でも」


「ふん。随分と親しそうな事だ。そんなちんちくりんのどこがいいのか分からんが、やはり貴様は信用ならん」


「しっ、親しくなんてありませんってば!」


「……ティルヒム。僕は今日ここにはいない事になっている。今なら、目をつぶってやれる。大人しく帰ってはくれないか」


 だから今日は非公式の外出である必要があったのか。王子は既に三番隊の副隊長が王后派に抱き込まれている事を察知していたのだろう。


「無理だ。俺は良くても、ここで逃げ帰ったらこいつらの命はない」


「それは首尾良く僕を殺せたとしても同じ事だよ、ティルヒム」


「黙れ! 貴様の弄言など、もはや聞くに値せん!」


 反逆の刃は、遂に振り下ろされてしまった。

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