六 子供達

「ポンちゃん、おかえりっ! いつもおつかれさま! きょうはだいじょうぶだった? あぶないめにあったり、していない? ……って、ちょっとだれよ、そのおんな!?」


 子供達が一斉に駆け寄って来たかと思うと、この言われようである。


 ポントルモに案内されたのは、折り重ねた木の枝で巧妙に隠されたほら穴だった。中にいたのは、年の頃五、六といった子供達。みな、背丈はポントルモより少し高い程度。


 真っ先にポントルモに駆け寄って来た女児の一人が、リャコ達をまるで山賊でも見るかのように睨めあげる。


「初めまして、お嬢ちゃん。私はリャコ・トゥリッリ。この国の王子、ユーシュン様にお仕えする者です。あなた達を保護しに来ました」


「ほごぉ~? いらないわよ、そんなの。わたしたちは、ここでポンちゃんとず~っといっしょに、くらすんだからっ」


「ですが、病気の子がいるのでしょう? このような場所で、ずっと暮らしていくのは難しいかと」


「うっ。……チーメイのことね。いまはディマイオが、かんびょうしてるけど」


「私達に診せていただけないでしょうか。力になれるかも知れません」


「だっ、だめよ! おとなはみんな、うそつきだわ。なかにはいれてあげない」


「そこをなんとか……」


「ね、ねえ、ポンちゃん、どうしてこんなやつらをつれてきたの? こわいおとなたちなんて、いらないわ! こどもだけのほうがたのしいでしょ? ポンちゃんは、わたしたちをうらぎらないわよね。ずっといっしょに、いてくれるんでしょ?」


 必死でポントルモに抗議する少女。だが、


「うーん。ずっとは無理だぞっ。ういは色んな町を見て回って、いっぱいいっぱい新しいからくりを作りたいんだぞっ」


 あっけらかんと、彼は答えた。


「ぽ、ポンちゃんは、わたしたちのことが、じゃまなの!?」


「みんなの世話は、正直ちょっと大変だぞっ。リャコ達が助けてくれるなら、みんなを任せて、ういはまた旅に出たいぞっ」


「そ、そんな……」


 売られたにせよ攫われたにせよ、大人達に裏切られた事に変わりはない。傷ついた少女には少し可哀相な気もしてしまうが……、ポントルモにも都合があろう。やはり、リャコ達が保護するべきだ。


「ポントルモさん、それで、チーメイちゃんは」


「そうだったっ! この奥だぞっ」


「その子の具合が悪くなったのはいつぐらいから?」


「十日ほど前かなぁ。ずっと熱が引かなくて心配なんだぞっ。……お、あそこだぞっ!」


 ポントルモが示した先には、痩せぎすな金髪の少年と、顔を真っ赤にして辛そうに横になっている黒髪の少女がいた。二人は他の子供達より、少し年齢が高いように見える。とは言っても、どちらも十には満たないだろうが。金髪の少年は警戒を隠そうともせず、ポントルモに尋ねた。


「誰ですか、その女の人は?」


「リャコだぞっ。みんなを保護してくれるぞっ。それから、チーメイの事も診てくれるって言ってるぞっ」


「信用できるのですか」


 固く、剣呑な表情。これは一筋縄では行きそうにない。


「ええと、ディマイオくん、ですよね? 私達はこの国の王子、ユーシュン様にお仕えする者です。あなた達は王国の臣民。決して、無下にするような事はないとお約束します」


「王子だって? ならなおさら、信用なんてできない」


「ど、どうしてです」


「王国はチーメイ達を裏切ったからだ。二人は何も悪い事など、していないというのに」


「裏切り? 二人?」


「とにかく、帰って。チーメイの事は僕が助けてみせる」


 少年の悲愴な様子に、彼の思いを遂げさせてやりたいとは思ったが……そういうわけにもいくまい。


「〝思いの強さだけで人が救えるのなら、誰も医術など学ばぬ〟ですよ」


「……なんだって?」


「えと、ミトラ先生の言葉です」


「だ、誰だよ急に、ミトラって。お前の知り合いか?」


「え? ですから、ミトラ・トリバル先生ですが」


「はあ?」


「ほら、元禁軍教頭の」


「?」


「ミトラ先生は一時は軍の最高顧問にまでのぼりつめながら、亡き妹の骨を削った短刀で襲いかかって来たみなしごを拾った事をきっかけに、医の道を志し、六十を過ぎて開院した人で……」


 しばし、間。


「ええと、つまり、思いだけで人が救えたら、お医者様は苦労などなさらないという事です。彼らが長い年月をかけて医術を会得するのはなぜか、考えてみてください」


 みるみる少年の顔が紅潮した。ようやくリャコの言わんとするところが通じたようだ。


「うっ、うるさいっ! 僕は二人の為なら、何だってっ」


「何だってする、のなら、今は私に、彼女を診させてください。私も医術者ではありませんが、あなたよりは心得がある。彼女を私に任せても、それはあなたの思いが足らなかったという証左にはなりません」


「い、いやだっ! フェリカは二人を裏切ったくせに! 王子の部下なんて、信用できるはずない。お前達の事なんて……」


 すると、床に伏していた少女が辛そうに腕をあげ、ディマイオの頬を撫ぜた。


「ディ、ディマイオ……」


「チーメイ! ダメだよ、安静にしてなきゃ。毛布をはだけたら、体が冷えてしまう」


「き、聞いて、ディマイオ。〝その人となりを知らず、その生国を聞いただけで遠ざけていたら、君と友となる事はなかった〟よ。私達だって、そ、そうだったでしょ?」


 と、少女が弱弱しく告げた言葉に、リャコは覚えがあった。


「そ、そのセリフは……! 雪の巻、六章、青き疾風がそれまで幾度も対立してきた黒獅子と互いの力を認めあい、友情を誓った名シーン!」


「ふふ……お、お爺ちゃんが、よく読んでくれたのよ。お姉さんも、さっきのセリフ、青嵐記からの引用でしょう?」


「はい。さっきのはクラネル戦役の時の……って、チーメイちゃん! お願いです。私にあなたを診させてもらえませんか。ミトラ先生ほどの名医ではありませんが、これでも二十人からなる部隊を預かる身。多少の心得はあります」


「お、お願いするわ」


「チーメイ! 君達を売り払った、王国のやつらの手先だぞ?!」


「だ、大丈夫よ、ディマイオ。あなたには感謝してる。だけど、私はこんなところで死ぬわけにはいかないの。お、弟を助けに行かないと」


「うっ」


 弱った少女の目に灯る、強い光に気圧されたかのように、少年は身を引いた。


「では、失礼して」


 少女の体を拭いてやりながら、何らかの病の兆しがないか、慎重に体の隅々にまで目を配る。


 医学を専門に学んだわけではない。王子より隊を任された時から、隊員に何かあった時の応急処置の為に、医学書に目を通すようになった。そのぐらいのものだ。それでも、澄明宮に揃えられていた医学書は国内で最高の書物ばかりであり、その知に自由にアクセスできる立場にいたリャコの方が、ディマイオ少年より少女を救える公算が高い。そのわずかな可能性に懸けて、リャコは目を凝らす。


「頬が赤い。喉のあたりが見て分かるぐらいに腫れていますね」


「風邪じゃねえのか」


 ティルヒムが問う。


「確かに、症状だけを見るとただの風邪のようですが。十日も熱が下がらないというのが気にかかります。それに、ただの風邪でも、亡くなる方もおりますし」


「こんなほら穴暮らしじゃ、碌なもんを食えてないんだろう。滋養あるものを食わせて、安静にさせてやるぐらいしか手はねえ」


「確かに。……ですが、もう少しだけ診させてください」


 と、緊張に耐え切れなくなったのか、ディマイオが独白のように語り始めた。


「……チーメイ達は、ほ、本当は親戚の家に引き取られるはずだったんだ」


「え?」


「お爺ちゃんと暮らしていたんだけど、死んでしまって。遠方に住んでいたお爺ちゃんの妹さんの家に、引き取られるはずだった。商隊の馬車に間借りさせてもらって、長い旅をしていたというんだ」


「……それが、なぜ売られる事に?」


「王国軍のやつだ。商隊の護衛をしていた王国軍のやつが、二人を攫って奴隷商に売り飛ばした。マルドロ村に連れて行けば高く売れると話していたと、チーメイが言ってた」


 ティルヒムが酷薄そうに笑う。


「はっ。峠の魔物は子連れで、運んでいた品は犯罪の生きた証拠の密輸品か。隊長の予想、どっちもあっていたんじゃねえか」


「チーメイ達が売られてきてから、三年。僕達はずっと一緒だった。僕達は親友なんだ。それなのに……」


「え?」


 リャコはディマイオのその言葉に、かすかな引っかかりを覚えた。と、ティルヒムが片眉を吊り上げて尋ねる。


「おい。それで、どうなんだ? そのおチビちゃんは」


「これといった症状も見られませんし、やはり風邪でしょうか。幸い、私のお守りの中に解熱剤が入っています。それを飲ませて、様子を見るしか……」


 集中していたのだろう。気づかず、額ににじんでいた汗が、雫となって口元に滑り落ちた。その汗を拭い、ふと気づく。


「汗が……甘い?」


 自分の汗ではない。少女を看病するさなか、付着した少女の汗の味だろう。その汗の味が、蜜のように甘かった。リャコには一つだけ、そのような症状が見られる病気に、心当たりがあった。国内では既に根絶されたはずの、ある古い病気である。


「この、病気は……」

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