五 タヌ技師

「ももも、もしかしてあなた、タヌワーフですか!?」


 背伸びして小さな手を差し出す、小柄な影。リャコも実際に見るのは初めてだ。その背丈はリャコの腰ほどにも届かない。見た目はほとんどタヌキ。だが、タヌキより頭が大きいし、二足歩行である。書物によればコボルトの近縁だそうだが、勇敢なコボルトと違って臆病で、代わりに手先が器用なのがタヌワーフだという。


「そうだぞっ! ういはヨキから来た、タヌワーフのポントルモだぞっ!」


 恐る恐るポントルモの手を取ると、元気よく上下に振られた。


 ヨキというのは物の本にもたびたび登場する荘厳な樹上都市の事だろう。王国の南側に、雲を衝く巨大な木々が立ち並ぶ〝摩天林〟と呼ばれる、王国の支配が定かではない一帯がある。木々の中でも一際大きい三本の樹木の上に住居を建てて、タヌワーフ達は暮らしているのだという。そのうちの一本がヨキだった。


 マールが風切り羽で口元を覆う。


「おやまぁ、珍しい。タヌワーフの技師といや、ソルグレイグの城壁に備えつけの音波砲がタヌワーフの作だったが。樽の中に入って動かす、からくり人形かい。またえらいモンを拵えたねえ」


「おうっ! からくり刑部はういの一大傑作だぞっ! でも、失敗しちゃったぞ……。樽に空気穴を開けておくのを忘れていたんだぞ。ここに来るやつらみんな、ういの話を聞かずに襲ってくるから怖かったぞっ。頭がクラクラしてきてたから、あのまま戦っていたら、うい、多分ぶっ倒れてたぞっ」


「それは危のうございました。初めまして、ポントルモさん。私はリャコ・トゥリッリ。背の高い彼がティルヒム、白い羽毛の彼がマールです。私達はこの国の王子ユーシュン様にお仕えする者です」


「おうっ! 初めましてだぞっ、リャコっ! ……うい、耳無は本当に耳がないのかって、ちょっと思ってたぞっ」


「耳無?」


「じっちゃんが言ってたぞっ! キツネルフはうい達と違って毛と鼻がないぞっ。人間は毛と鼻と、耳もないから耳無だぞっ」


「あぁ、そういう事ですか。……まぁ、あるんですけどね? 耳」


 他種族の者が人間を様々な呼び名で呼んでいる事にも、この半年程でだいぶ慣れた。リャコは戦闘中に垂れてきていた後れ毛をかきあげてみせる。


「ホントはちゃんと耳があるのは、ういだってちゃんと分かってるぞっ! 子供達はみんな耳無だから、一緒に暮らし始めてから、見せてもらったんだっ。っと、それよりごめんだったぞっ。リャコ達、いきなり襲われて、きっとびっくりしたぞ。うい、何度も声をかけたんだけど、全部聞こえてなかったはずだぞ……」


「その事はもういいんですが……。って、ちょっと待って。子供達? 子供達って、人間なの?」


「そうだぞっ! リャコ達よりずっとずっと小さいぞっ。去年の冬、人買いに売られていくところを助けたんだっ。みんな、攫われたんだって言ってたっ」


 ポントルモの言葉にマールが嘴を鳴らす。


「幼い子供なら、まだ自分が売られたって理解できてない可能性もあるがねえ」


「もし攫われたってのが真実なら、きっちり取り締まらなきゃならんが」


「えと、子供達って何人くらいいるんですか?」


「三十人だぞっ。だから、お世話が大変なんだぞっ」


「そ、そんなに!?」


「うい達はこの奥のほら穴でずっと一緒に暮らしてるんだぁっ。木の実を取ったり、獣を狩ったり、毎日大忙しなんだぞっ。みんなはまだ子供だから、ういが全部世話してやってるんだっ! どだ、すごいかぁ?」


 褒めてほしそうに目をキラキラさせて見上げるポントルモの頭を、思わず撫でてしまった。ポントルモは気持ち良さそうにリャコの手に額を擦りつけてくる。だが、これはいけない。どんなに可愛く見えようと、異種族である以上、リャコより年上の可能性だって充分にあるわけで。


「あの、つかぬ事をお伺いしますが……、ポントルモさんはおいくつで?」


「十二歳だぞ?」


「ちなみに、タヌワーフの成人は何歳でしょう」


「年齢で決まるんじゃないぞっ。十歳になったら師匠に弟子入りするか、見聞を広める旅に出るんだぞっ。師匠に認められるか、旅から帰って誰も見た事がないからくりを作ったら、成人として認められるんだぁっ」


「なるほど」


 一応、年齢的には成人でもおかしくはないようだが、リャコよりは年下だ。頭を撫でられている当の本人に気にしている様子もなさそうだし、今は問題ないだろう。


「ありがとう存じます、ポントルモさん。子供達を守ってくださって」


「ふむ……子供ばかりというのが気になるな。子供の奴隷なんざ、出来る事は限られている。精々が物乞いか、万引きの片棒くらいにしかならねえ。大して稼げやしない割に、ちょっとした病気ですぐくたばりやがる。それを三十人も」


 ティルヒムの言には、まるで見てきたかのような緊迫感があった。


「そうさねえ。大人の奴隷は売れちまったか、それともハナから、子供ばかりを集めているのか。どちらにせよ言える事は、子供の奴隷ばかりを三十人も、売り捌くアテがあるってぇ事だろうねえ」


「……奴隷でもガキなら安い分大量に贖える。子供の時分から戦闘訓練を施し、奴隷による私兵部隊を作ったって貴族もいるそうだ。十年はかかる大仕事になるから、そんな事をするのは経済的にも余裕のある大貴族ぐらいだろうが」


「おや。使い道ならもう一つあるだろう。もっと直截で、年中発情期のあんた達らしい使い道がね」


「ちっ。俺が珍しく、隊長に気を遣ったってのに」


「わ、私? え、何の話ですか? えっ」


「あんたはまだ知らなくていいんだよ」


「そんな、教えてください!」


 急に自分の名前が、何やら良くない文脈で出てきた事に焦るリャコである。と、わたふたしていたら、ポントルモが慌てたように言った。


「あわわわわ、そ、そうだぞっ! リャコは同じ耳無だから知ってるかっ!? 子供達の一人がこの間から具合が悪いんだぞっ! でも、ういは医者じゃないから、どうすればいいか分からないんだぞっ」


「病気の子が? ……わ、分かりました。マールさん、私はポントルモさんと子供達の様子を見に行きます。万が一、子供達がマルドロ村の村長も絡んだ組織的な犯罪の犠牲者だとするなら、村に連れて帰るわけにも行きません。王子のところまで、行ってはもらえませんか」


「ふうむ、こりゃあ確かに、あたしらの手にゃ負えない。王子のご裁断を仰ぐのがいいだろう。よし来た。あたしゃほとんど滑空しか出来ないが、幸いここは山の上だ。かなりの距離を飛んでゆける。ちょいとひとっ飛び、王子のところまで行ってくらあね」


「お願いします。……ポントルモさん、子供達は私達が保護します。その後についてはまだ分かりませんが、王子なら、何か手を打ってくださるはず。子供達のところまで、案内してくれませんか」


「わ、分かったぞっ。こっちだぞっ」


 リャコ達一行はポントルモの案内のもと、峠道から外れた山中へと分け入った。

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