第51話 狐と腐った女

 「本っ当にずっと田んぼだなぁ……」


 俺は虚ろに歩きながら関心する。見渡す限り黄緑色の稲。凄く綺麗で美しい。自然と一体なった感覚だ。そしてこれが稲の香りだろうか? 少し泥臭いが、自然の良い匂い。


 (誰が管理してるんだ?)


 田んぼがあって稲がある。という事は植えた人間、管理してる人間がいるはずだ。……と思っていたが、なんせここは『古事記こじき』の中。植えるのは人間だけではない。もしかしたら、神などの別の生き物の可能性がある。

 そこでふと、


 (……何の目的で植えた?)


 稲が日本に伝わってのは今から三千年程前。そして稲作が本格的に始まったのは、二千五百年程前。

 

 (うーん……絞り出せないなぁ)


 俺が今最もに考えている事は、にいるのかだ。古事記は天地開闢――つまり日本を創り出すところから始まり、そして三十三代推古すいこ天皇に続くまでの事が書かれている。

 で、少なくとも地が存在してると言う事は、天地開闢後と言う事。そして稲作が始まっていると言う事を考えて、時代を絞り込もうとしたのだが……そもそもここは古事記の世界。アスタロトも言っていたが、後の人々が創った世界なのだ。

 要するに後の時間の文化――例えば、紀元前に和服を来てる神がいても、不思議ではないと言う事になる。つまり稲がいつ伝わったのかなど、関係ないのだ。もしかしたら天地開闢した時点で、もうこの田んぼは出来ていたのかもしれない。

 

 「分っかんねぇえー!!」


 俺は思考を放棄して大声で叫ぶ。しかし自然と嫌な感覚はなく、凄くスッキリとした気分だった。何もかも放り出してただ歩く。

 気が付くと例の山が目の前に。遠くから見たときは小さかったが、近くで見ると中々大きい山だ。大きな木が沢山生えており、目の前は緑色と茶色の二色。

 すると、


 「……ん?」


 遠くの方の木と木と間。そこから赤色の物が見える。それは俺の見覚えのある物だった。あの形。


 (鳥居とりい……?)


 俺はゆっくりと山に入って行き、その鳥居に近づいていく。するとその鳥居から、更に上に上がった場所に更に鳥居が……そこまでの道、石の階段がある。そして階段沿うように幾つかの鳥居が立っていた。


 (鳥居、石の階段……人工物。……人か?)


 だが先ほども考えた通り、ここは古事記の世界。後の人々が創ったので、そう言った物は信用出来ない。

 だがしかし、


 「鳥居があると言う事は人間ではなく……」


 そう思うと直ぐに俺は石の階段を登り始めた。思っていた以上に長い階段。しかし不思議と息切れはしない。だがずっと景色が同じなので、凄く退屈だ。

 しかしもしかしたら、


 ――――神がいるのかも知れない。



 ❖ ❖ ❖



 それから約三十分。ようやく頂上。そこには、ボロボロになっているやしろがポツンと立っていた。


 「こりゃ……酷ぇなぁ……」


 それはもう原形を保っている事が、奇跡に近いほど。見方が変われば、もう壊れていると言っても過言ではないほど。

 屋根の瓦は半分以上落ち、柱も幾つか折れてしまっている。壁は一部なくなっており、残っている部分も黒ずんでいる。ただただボロいと言う印象。黒ずんだ社。

 俺は半ば神がいる事を諦めつつ、


 「ごめん下さーい! 誰かいますかー?」


 俺はそのボロボロの社に言った。が、返事は帰ってこない。普段なら呼びかければ、視線や霊力などの、なにかしらの反応があるのだが……全く感じない。やっぱいないのか? 

 そもそもなのだが、


 (何でこの社はボロボロなんだ? ……誰の社だ?)


 既に死んだ神ならば、こういった状況にも納得がいく。

 俺はその社の神を――瞬間、


 ――スッ。


 (魔力、それに霊力っ!?)


 俺が来た方向とは逆の方向。山の向こう側。そこから強い魔力。そして小さな霊力が二つ、こちら向かっている。それも物凄くスピードでっ。

 俺は更に自分の霊感を研ぎ澄ませる。すると――ここから三キロほどの場所。


 (逃げているのか……?)


 おそらく大きな魔力を放っている奴が、二つの小さな霊力を放っている奴を追いかけながら攻撃しているのを感じる。……にしても凄い速さだ。後十秒もしない内にここに真っ直ぐ来る。


 (どうする……)


 こっちに真っ直ぐ来ると言う事は、俺も巻き込まれるだろう。ならば逃げる事も考えたが、あの速さじゃもう不可能。身を潜める事も考えたが、辺りに良い隠れる場所もない。一瞬、社の中も考えたが……ボロすぎる。あの速さだと、この社は壊れる。

 もう巻き込まれる事は確定。


 (どちらにつく……)


 巻き込まれると言う事は戦う事になる。ならばどちらにつくのかは、予め決めておかねばならない。魔力を放つ者か、霊力を放つ者か。

 後五秒。

 そして近づけば近くほど、その魔力と霊力の姿を捉えた。


 「……キツネ?」

 

 霊力の正体は二匹の狐。そしてそれを追いかける――全身から鳥肌が立つ。魔力の正体。その姿は長い髪の女。ただその顔は、身体は恐ろしいの一言だった。

 身体中は所々膿んでいて、ほぼグレーやカビの生えたの緑の皮膚に覆われ、蛆虫が沸いている。紅黒い死んだような目は、まるで水死体のよう。鋭い牙に鋭い爪。だらりと垂れた、青白い舌。

 

 「気持ち悪い……」


 まるであの地獄のような、俺の左足断面を連想させる。そして感じる――ヤバい奴だと。その姿を感じ取った瞬間、直ぐに俺は行動に移した。

 後三秒。

 当たり前だが、俺がつくのは狐の方だ。



 ❖ ❖ ❖



 『【紅葉こうようあじ 麗明れいか】ッ』


 その狐達は我を忘れるほどの勢いで、山を駆け回る。もう幾つ山を越えたのかも分からない。もう身体も悲鳴を上げつつあり、霊力の底が見え始めた。

 対してその腐った女は、弱々しい細い身体からは想像も出来ない馬鹿力と体力で、その狐達を追い詰めていく。


 「お姉ちゃん、ダメやんす! もう霊力が……術が使えないでやんす!」


 妹の方の狐が声を荒げる。

 【紅葉こうようあじ 麗明れいか】は自分の身体を極限まで身軽にする術。この術があって今まで逃げてこれたのだが……術が使えないなると、逃げる事はもう不可能。

 ならば戦えば……しかしその狐の姉妹は、戦いは不向きだった。


 「っ、あっしの霊力分けたるッ。もう直ぐや、あの山を越えたらおやしろがッ!」


 姉の方が士気を挙げなら言った。しかし苦の声。もう限界が近いのだ。

 現在この狐の姉妹の目的地は、とある山の上の社。それは自分達の仕える主の社だ。そして社と言う建物は、同時に天――高天原たかまがはらへの玄関でもあり、そこまで行けば逃げられる。そしてこの腐った女は、高天原には追って来られないからだ。

 姉の方の狐は思う。


 (後少し、後少しやっ!)


 そして一つの山を一瞬で越える。

 そして目的地の山――山頂にあるやしろが見え……。しかしその社はまるで、その存在を放棄したように、ボロボロになっていた。……神聖な気が全く感じない。それはもう社ではなく、ただのボロ小屋と化していた。


 「な、なんでやっ!?」


 思わず姉の狐は叫んでしまう。

 そして察した。


 (主様の言っていた事は……こう言う事だったんかっ!)


 しかしもう引き換えせない。霊力ももう尽きる。しかし後ろにはまだ女が追いかけて来る。まだあの社が機能している事を信じて、ただ真っ直ぐ突っ切るしかない。


 (頼む……機能していてくれ……!)


 姉は願いながら最後の力を振り絞った。

 しかし近づくに連れ、その願いは暗闇へと消えてゆく。……機能していない事が明らかだった。


 「お姉ちゃん……っ!」


 妹の狐も、社の事態に気付く。

 しかしもう姉にはどうする事も出来ない。何も出来ない。ただ後は力尽きて死ぬ。それが目に見えていた。

 そしてその社がある山に到達。だがもう終わりだ。


 (こうなったら妹だけでも……)


 姉の狐は思考を巡らせる。妹を逃がす方法を。

 そして辿り着いた答えは、

 

 (あの社に到達した瞬間、妹に私の全霊力を渡す。そしてあっしがコイツに隙を見せて――)


 ――殿しんがりを果たす。

 その考えに至った瞬間、直ぐに妹に作戦を報告。しかし妹は泣きそうな表情で、


 「嫌でやんす!! あっしもお姉ちゃんと戦うで――」

 「――馬鹿ッ!」


 思わず言ってしまう。

 しかし妹を生かすために、


 「あんたは足手纏いッ。さっさと――」

 「嫌でやんすッ!」


 妹の狐は叫ぶようにそれを拒む。

 そうこうしている内に、もう目の前に社が……。


 (こうなったら無理矢理でも……っ)


 姉の狐が妹に霊力を渡そ――その瞬間、


 ――バァンッ。


 目の前で社の壁が弾け飛び――人間・クロムが飛び出した。狐達と腐った女はいきなり事で、クロムに対応出来ない。そしてクロムは狐達の真上で、



 「キメェ……【刃瘴激ダゴン】ッ!!」



 後ろから追いかけていた腐った女を、【瘴皇気ミアズマ】をまとった『刃の義足』で蹴り飛ばし――その女は毒の泥を吐き、蛆虫をばら撒きながら山を転げ落ちていく。

 そして奇怪な呻き声を上げて……動かなくなった。

 

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