第52話 紅と紺

 「うわ……マジ最悪……」


 まず蹴った時の感触がマジで最悪だった。義足が刃で出来ているのからら分からないが、蹴って当たったと言うよりも、吸い込まれ単純に中身が飛び出て来たと言う感覚。それに中身は腐った臓器と蛆虫。正直あの左足断面より酷い。

 で、その一部が刃の義足についてしまい……これほど最悪と言う言葉が似合う情景も、中々ないだろう。俺は大きなため息をついた。

 すると、


 『ぁ……あの……』

 「……ん?」


 後ろで腰を抜かしている狐の、大きい方が声を掛けて来た。大きい方は赤色の模様、小さい方は青色の模様が、身体にある。


 (どうしよう……)


 正直俺にとってあの蛆虫女を殺すか、この狐達を殺すかで迷った結果、今に至るのだが……残ったコイツらをどうするのかまでは考えていない。

 要するに、このまま殺して食べると言う手も一つの選択肢なのだ。恐らくだがアスタロトが喜ぶだろう。どーせこういうのが好きなはずだ。どーせ。……少しは機嫌を直してくれるだろうか?

 と、途中まで考えていた。


 『助けてくれてありがとうございます! ほら、緒紺おこんも……』

 『あ、ありがとうでやんす!!』


 そいつらは元気にお礼を行って来た。どうやら敵意はないらしい。

 だが安心は出来ない。今までの経験がそう言っていた。そうやって信じて、何度裏切られた事か……。

 しかしそれでも会話が出来るだけありがたい。今はとにかくこの古事記の情報、すべ。それを学ぶ事が重要なのだ。当たり前だが、少なくとも俺よりは世界に詳しいだろう。


 (まぁ警戒しつつ、話を進めるか……)


 「……あぁ。で、あの蛆虫女は何だよ。気持ち悪い」


 あんなきもい生物、神、お化け……どれなのか分からないが、古事記で聞いた事もない。

 すると大きい方は顔をしかめながら、


 『それがあっしたちにも分からないのです。途絶えてしまった幾つかの社の様子を確認するために、この地に降り立ったのですが……突然、襲われてしまい……』


 この狐達にも蛆虫女は分からないらしい。突然襲ってきた……か。

 そんな事よりも俺は、狐達の素性が気になった。


 「途絶えてしまった社?」

 『はい。実はあっしたちは、宇迦之御魂大神ウカノミタマ様の神使しんしなんです』


 (宇迦之御魂大神ウカノミタマ……っ!)


 宇迦之御魂大神ウカノミタマノカミ――それは日本神話に登場する五穀・食物を司る豊穣の神だ。「お稲荷さん」と言う名称の方が有名だろうか?

 因みによく勘違いされがちだが、宇迦之御魂大神ウカノミタマ=狐の姿ではない。宇迦之御魂大神ウカノミタマの使いが狐なだけで、当の本人は人間の姿をしている。

 

 (で、この二匹はその使いって訳か……)


 『宇迦之御魂大神ウカノミタマ様はまだ無名に等しい神。なのでまだ大きな社もなく、数個の小さな社でなんとか名を守っている訳なんですが……』


 中々興味深い話だ。現在ではお稲荷さんと親しまれ、有名な伏見稲荷大社ふしみいなりたいしゃの主祭神も、無名時代があったとは……。

 大きい方の狐が話を続ける。


 『知っての通り、社は神の名を守る物であり、神の家でもあり、そして高天原たかまがはらへの入口でもあります。もちろん出口でも……』


 そこまで聞いて俺はなんとなく察した。

 

 「その出入り口である何個か社が機能しなくなったと……。だから途絶えた……か」

 『そうなのです。なのであっし達は、一度中つ国なかつくにに降りて、中つ国の方から社がどうなっているのか確認しろ、と言うめいを受け……その旅の最中……』

 「襲われた……と」

 『はい』


 特に嘘をついているようにも見えない……。

 俺はどうしようか考えていると、そこでふと、視界の隅にある鳥居に目が言った。赤色の柱。そこに何やら窪み――文字。俺は近づいて――そこには『宇迦之御魂大神ウカノミタマ』と彫られてている。


 「宇迦之御魂大神ウカノミタマ……じゃあこの社は……」

 『実はここに来る前に一つ社に向かったのですが……これで二つ目です。これじゃぁ……』

 「社も機能しねぇなあ」

 『はい。この社はかつて主様がこの地に降りたち、豊穣の加護を分けあたえられた際の、感謝の印という事で建てられた物なのですが……』


 俺はそのボロイだけの機能を失って社を見る。俺が不意打ちをするために、この中から攻撃したのだが……その時の穴がぽっかりと開いていた。何だか申し訳ない。もう社の面影すらなくなっている。

 すると小さい方が恐る恐る『あ、あの~』と聞いてきて、


 『先ほどから感じるんでやんす。黒い……さっきの女よりも黒い気を……。貴方はなんでやんすか?』

 『コラ! 命の恩人様に失礼でしょ!』

 『で、でも……』


 黒い気。これは俺の【瘴皇気ミアズマ】の事だろう。俺は現在ほぼ無意識に【瘴皇気ミアズマ】を発動させている。理由として立って歩くためだ。刃の義足と【瘴皇気ミアズマ】を共鳴させて俺は立てているのだ。

 しかし【瘴皇気ミアズマ】がこんなちびっこ狐にバレたのか。ただでさえ【瘴皇気ミアズマ】は凶悪なもの。変な敵意を持たれては困る。もう少し出力をおさえなければ……。

 

 まぁ今は自己紹介だ。……そう言えば俺はこの世界では、どういう立ち位置、なんと名乗れば良いんだ? 古事記の外から来たとも言えないし……。

 俺は少し考えて、


 「良いよ良いよ。旅の者なんだが道に迷ってな。あっちに仲間もいるんだが……。あ、名前はクロム。人間だ」


 適当に言っておく。一応間違ってはいない。

 すると大きい方が、頭を下げながら、


 『あっしは宇迦之御魂大神ウカノミタマ様の神使。狛狐こまぎつね紅伊くれないです。こっちは妹の……』

 『緒紺おこんでやんす!』

 

 大きい方で姉、赤色の模様がある方が、紅伊くれない

 小さい方で妹、青色の模様がある方が、緒紺おこん

 すると紅伊くれないが渋々――と言うか狐なので表情は良く分からないが、なんとなく雰囲気で、


 『あの……旅人さん何ですよね? 目的地とか決まってますか?』


 ヤバぃ。もう嘘バレそう。

 俺は速球に思考を回転させて、


 「……いや、特にないな。色んなものを見て回ってるんだ」


 そう言う設定にしておく。

 すると紅伊くれないは、


 『恐縮ではございますが……。あっし達はあと確認しなければならない社が一つあるのですが……。その強さに免じて護衛をお願い出来ませんか?』


 (護衛か……)


 悪くはない話である。

 現在俺は未知の土地・場所。情報は欲しいところだった。この二匹の護衛をすれば、なんとなくの情報でも手に入るだろう。もしかしたら、帰る方法も……。

 俺は賛成だ。だが――うちには問題児がいる。今は田んぼの稲と化している、あの野郎の事だ。


 「俺は良いが……。一度旅の仲間と話して良いか? 少し歩いた場所にいるから……」

 『分かりました!』


 紅伊くれないは嬉しそうな声色で言う。……嬉しそうに言われるのもなんだが……恐らく、いや絶対にあの野郎は「嫌だ」ごねるだろう。特に俺が言ったら。

 なので、


 「えっと……ごめんだけど、お二人の口から言ってくれないかな? 今少しギスギスしてて……」

 『ん、何かあったでや――』

 『え、あ、はい! 大丈夫です!』


 緒紺おこんが何か言おうとしたのを、紅伊くれないは何か察したような声でかぶせる。出来るお姉さんだ。

 そして話をそらすように、


 『緒紺おこん、旅人さんについていくよ。獣化じゃなくて、人化に変えよ!』

 『あ、そうだね! お姉ちゃん!』


 (獣化? 人化?)


 そんな事を考えていると――ボフッと言う音を立て、目の前が白い煙に包まれる。一瞬パニックになるが、敵意を感じないので、そのまま待っている事数秒後……。

 

 「……えっ」


 思わず声を漏らしてしまう。何故なら――目の前に二人の人の影が立っていたからだ。そしてその姿があらわになる。


 元々紅伊くれないがいた場所に――俺より少し低めの背丈に、真っ赤な美しい着物。肩辺りまでのベージュの髪、ベージュの瞳。

 人間――と思ったが少し違っていた。

 まず人間の普段の場所に耳はなく、頭についている。そして少し突き出した鼻。極めつけは尻から尻尾が生えていた。


 そして緒紺おこんも――。俺の肩辺りの背丈に、青色の繊細な刺繡が施されている振袖。ブラウンの切り揃えられたおかっぱ髪。ブラウンの瞳。

 同様に耳は頭に、尻尾が生えていた。


 「驚きました……?」

 「……う、うん」


 獣人ってやつか……初めて見た。妙に声も聞き取りやすくなっている。


 「さて、行きましょうか」


 俺たちはあの野郎の下に向かった。



 ❖ ❖ ❖


 

 田んぼ道に戻って直ぐに分かったのだが、


 (ん、あれは人か? さっきまではいなかったが……)


 「何かあったんでやんすかね?」


 それも結構な人数。ざっと四十名ぐらいだろうか? それが田んぼのど真ん中に集結している。

 緒紺おこんが聞いてくる――そこで気が付いたのだが、


 (あの辺りって……アスタロトが植わってる場所じゃね?)


 そして人混みに近づく事、五十メートルほど。

 物凄く……この上ないほど嫌な予感がする。もしかしたら、多分、ほぼ……絶対。奴が関わっている気がする。俺は頭を抱える。流石クソ野郎だ。

 瞬間、人の方から、


 (投石……!!)


 小さな石。それが弾丸に近いスピードでこちらに――俺は直ぐに【瘴皇気ミアズマ】を展開。石は瞬く間に消滅する。


 「お、オオクメ様ッ!?」


 誰かが声を上げた。

 すると例の人混みが二手に分かれて――その人物は現れる。白髪の短髪頭に人の顔のお面。茶色の甚平に下駄。そして腰には長い日本刀。

 そのお面の人物は喋る。


 「同じ系統のよこしまな気。奇怪な風貌に、見ねぇ服装……間違いねぇ。お主、さっきとっ捕まえた田んぼ荒らしの共犯者だな……!!」

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