第23話 仲間・大切な人

 頭上は崩れ落ちる。俺は結菜を突き飛ばす。身体が、全身が恐怖を超越する。

 俺はどうなっても良い。他人はどうなっても良い。だが――仲間が、大切な人が死ぬのは嫌だ。絶対に嫌だッ! もう二度と、あんな事を味わいたくない。起こしたくない。起こしてはいけない。

 

 辺りを照らしていた橙色の光が、徐々に暗くなり――天井が崩落。

 瞬間――ガシッ。


 俺は謎の力で後方へと吹き飛ばされる。

 刹那、眼前で、


 ガゴゴゴゴゥ――。


 天井が崩落、瓦礫が俺の元いた場所に崩れ落ち、避難の方向が完全に塞がってしまう。思考は目の前の圧倒的な光景に機能しなくなり、ただ固唾を飲んだ。

 そして、


 「……どうだ、間に合ったか?」


 その声は聞きたくないほど聞いた。何度もウザイと思った。俺は声の方をゆっくりと向く。

 短髪の黒髪に、整った顔立ち。緩んだネクタイ。ズボンから出た白いシャツに、着崩したスーツ。黒いメガネはなかったが……。


 「……ミズチ」

 「よう、お前チンコ何センチだ? と言うか付いてるか? お漏らし野郎……」


 その声は空元気だ。それに、左肩に瓦礫の一部が突き刺さっている。よく見ると身体中が傷だらけでボロボロだ。


 「ミズチ。肩が……」

 「お前の足に比べればどうってことない。そんな事より……」


 ミズチは右手で「っ!」と言いながら、肩に突き刺さっているコンクリートを抜き取り、そして眼前の瓦礫の山を見る。

 ミズチは眉間に皺をよせ、大きく息を吸い込んで、


 「おーい、そっちは生きてるかッ!!」


 すると向こう側から、


 「……ミズチッ!? ……私は生きてる……生きてるッ!! そうだ、クロム君ッ! クロム君はッ!!」


 結菜の声。俺は安堵の気持ちでいっぱいになる。

 だが……嫌な胸騒ぎがする。


 「クロムは生きてるぞッ! 日下部。一回落ち着いて、そちらの状況を報告してくれッ!」


 しかし……。

 その後、十秒ほど静寂。返事がない。

 ミズチの表情が曇り、手の握り拳が震えていた。ミズチだって恐いんだ。返事を待つこの一秒一秒が、恐ろしくて恐ろしくて――ミズチは徐々に息が乱れ始め、


 「どうした、日下部ッ! 答えろッ!!」


 ミズチは焦りで冷静さを失い、暴力的な声。

 すると向こう側から――泣き喚く叫び声で、


 「わ、私と……。和泉さ、榊原さんは無事で……。柊さんは右手がなくなって……ッ! 他のっ皆はッ! 潰れ……っ!!」


 絶望的な回答だった。今の崩落で、あそこにいた人達のほとんどが、瓦礫の下敷きに……。

 ミズチは「……ッ」とだけ言って、顔にはどうしようもない焦りの表情。


 俺は呆然としていた。俺にとってあそこにいた人物はみんな他人だ。施設で顔を見たことがある。少し喋っただけの人が殆ど。別に死んだってどうでも良い。

 

 じゃあミズチにとっては? そう。ミズチにとってはみんな仲間だったのだ。俺にはどうでも良くてもミズチにとっては……。

 そう考えた時――全く理解出来ない。理屈は理解出来るが、俺は今潰れた人達に興味はない。


 俺の気持ちとしては、結菜とミズチが生きていた事が何よりも嬉しい。だが、まだ危険だ。だから早く、結菜とミズチを安全な場所に逃がさなければならない。

 こんな場所でうじうじしていても、何も始まらない。


 「ミズ……ッ!?」


 俺がミズチを誘導しようと思ったが、ミズチは手を出して抑止。そいしてミズチは震えた声で、


 「……日下部。生存者全員でお前たちは、真っ直ぐ避難出口を向かってくれ……っ! 俺とクロムは遠回りだが、本物の地下水道を通って、そちらの出口に向かう。あとで合流するぞ!」


 震えた、力強い声。ミズチの本当の強さを見た気がした。

 向こう側から、泣き喚きながら、


 「……分かったッ! 絶対……絶対にっ生きてッ!!」

 「「あぁ!」」


 (そしてお前も……結菜……) 



 ◈ ◈ ◈



 その会話から何秒かの沈黙。俺とミズチはまだ塞がれた瓦礫の山を見ていた。向こう側では既に避難が始まっているだろう。

 そして脳内では、早く動かないと行けない分かっているが――俺たちは動けなかった。

 するとミズチが、


 「これは、お前の敵の仕業か?」

 「……あぁ」


 呼吸が整えられて、ミズチは冷静に俺に聞いてくる。その声色は死んでいた。


 「お前は、敵が襲ってくる心配はないと言っていたな? 痕跡がどうとかも……」


 これはあくまで俺の予感だ。

 だが……。


 「俺を地下に入れる時に――?」


 ミズチはタバコと百円ライターを取り出て、カチッカチッ。しかしライターに火は付かず、ミズチはその場にタバコとライターを投げ捨てる。


 「……お前を運び出す時、実は警察が近くまで来ていてなぁ。あの近くで銃が見つかったんだと……。警察はあの付近を捜査するだろ? でも……あの橋の下には見られてはいけないものがあるだろ? だから……」

 「……アレを施設に入れたんだな?」

 「そうだ」


 ミズチは強く握り拳を作って――。

 と言う事は、何発目かの肉ダルマを吊るしていたフックに当たった一撃。その時の矢が――痕跡が残っており……それが回収され、地下に……。

 

 それに、あの時俺が戦ったのは下位天使。そして下位天使は死ぬと、その創造主の下に還る。

 要するに――下位天使が死んだ後、創造した上位天使の下に還り、再創造。その際に上位天使に痕跡が伝わっていたら……。


 今この状況を理解した。敵は上位天使。そして痕跡を見つけ出し、現在攻撃を仕掛けている。

 恐怖と焦りと虚無感で、支配されていた思考が回り始める。


 (とにかく今は、この状況を打開する一手を打たねば……っ!)


 そこでまず一つの疑問が浮かび上がる。

 それはミズチも気付いているだろうが、


 (敵――上位天使は何故攻撃を止めた?)


 そう。先ほどから俺が部屋を出た時の一撃を最後に、攻撃が止んだのだ。


 (まさか例の痕跡の事を、囮だとでも思ったのか?)


 確かに痕跡があるところに、俺がいると言う確証はないだろう。しかしそれなのに施設に攻撃を――つまり俺がいる確証があったんだ。

 しかし、


 (……攻撃が止んだ理由が分からない)


 瞬間、ゴゴッ――。

 上で鈍い音。徐々大きくなる揺れ。

 全身が逃げろッと悲鳴を上げる。俺は立ち上がり、塞がってしまった反対側に……っ!?


 (そうだ、俺は足がッ!)


 極限状態で左足はあると錯覚していた。俺はその場に倒れ――するとミズチが俺を抱え込み、瓦礫の山とは反対の方向に向かって走る。

 


 ドゴゴゴゴゥゴゴゴォォオオ――――。



 今までにない

 コンマ数秒後。俺たちが元いた位置が、瓦礫に――こっちに向かってッ!!


 「ミズチィ!! 瓦礫がっ、崩落がこっちにッ!!」

 「っクソッ!」


 ミズチは俺を抱えたまま全力で走る。

 揺れる地面、麻痺する生存本能。俺達の直ぐ二メートルほど後ろではコンクリートの波だ。


 (ダメだ、このままでは終わるっ)


 俺が身体をねじり、


 「クロム……ッ!? お前なにしてるんだっ! 死にたいのかッ!!」


 ミズチは俺が自分自身犠牲にして、ミズチの負担を軽くしようと――見たいな事を考えたらしいが、俺ははなからそんな気はない。

 単純にミズチの楽な体制にしようと思っただけだ。


 「バカがッ、気ぃそらしてるんじゃねぇ!! 俺は死にたくねぇッ! だから俺はお前を利用するんだよッ、バァァアカッ!!」

 「チッ、あっそッ!」


 ミズチは少し嬉しそうに、しかし辛そうな声色で言った。

 すると瓦礫の波が収まる。


 「崩落が止まったぞ、一回止まれッ! お前に負担を軽減するために体制を……」

 「いやダメだ。自力でどうにかしてくれっ! 俺の予想が正しければ、まだ終わって――」


 

 ドゴゴゴゴォォオオオォォ――――。



 後ろ。感覚的に始め梯子があった辺りから、鈍い音と――そして振動が、


 「来るぞッ!」

 「分ってるッ!」


 ミズチはまた加速する。

 そして遂にまた崩れ始める。崩落と瓦礫の波がこちらに迫り――しかもさっきのよりも早い。

 俺は身をよじらせてミズチの背中に――左手をミズチの左肩、右手を右肩へ。そしてミズチの背中に乗り込む事に成功。同時にミズチの走る速さも上がる。

 俺は後ろの瓦礫の波を見て、


 「ミズチ、崩落が収まったぞッ!」

 「おぉッ」


 だがミズチは凄い汗と、ゼェゼェと荒い息。


 (ミズチの体力も……もう……)


 「……あとどんくらいだッ?」

 「今走っているのは、俺が作った地下水道だ。そしてこの先、本物の地下水道に出る。そこを通って、出口に……。ざっとあと一キロだッ!!」


 (じゃぁ、後半分ぐらい……)


 そこまでミズチの体力が持つか……。

 俺は……祈る事しか出来ない。



 ◈ ◈ ◈



 『クロムの消える感覚がない……』


 痕跡に何度【天裁光バベル】を放っても、クロムが消えた感覚がなかった。そして囮の可能性もない。先に放っておいた天使が、この地下施設にクロムがいる事を、伝えていたからだ。それに【主天眼ドミニオンアイ】でも確認した。

 天使は確信する。


 『逃げた……何処に?』


 しかしまだ近くにいるだろう。

 この程度の範囲なら、私の瞳でも……。

 

 『【主天眼ドミニオンアイ】』


 そして捉える。

 地下を鼠のように逃げていた。


 『見つけた……』


 天使はそちらに向かって――――放つ。



 ◈ ◈ ◈



 ドゴオオォォオオオ――――。


  

 この揺れと音がしたと同時に、後ろ五十メートルほど向こうで崩落、瓦礫の波が始まる。

 この音は――天使が施設に、痕跡に攻撃を。

 しかし――――違和感を持った。


 音が――。

        感覚が――。

 振動が――。


 そして最悪の考えに辿り着く。

 敵の攻撃がどんどんこちらに近づいてッ!


 「ミズチッ! ヤバい、攻撃が直で来るぞッ!!」

 「なッ!? 間に合え――」


 そして――それは光。

 一筋の破壊の光がこちらに向かって――。


 急に身体が左へ遠心力がかかる。

 俺は一瞬パニックになったが、進行方向を見て、


 (十字路ッ!)


 そう。ミズチはその十字路を右に曲がったのだ。

 急に辺りから強い臭い。湿度も上り、更に薄暗い。おそらくこれがミズチの言っていた、本物の地下水道なのだろう。

 そして、


 

 ドガガゴゴゴゴガガガガガゴゴゴッ――――!!



 先ほど十字路を、光が――一直線に抉り取り、その場所を瓦礫が雪崩込む。


 (あれが敵の……。光のビーム? しかも巨大なッ)


 「クロム、あれが……」


 ミズチの絶望と恐怖と憎しみの声。

 ミズチも見たのだろう。今の破壊の光を。


 「あぁ、そうだ……」


 俺にはそれぐらいしか言えな――――!?

 その瞬間とき、思考が急に加速を開始した。それは時間が恐ろしくゆっくりと進む世界。全神経が俺に伝えようと――。


 (――何故今……光が見えた?)


 その刹那の疑問。

 今まで揺れと音を聞いた後に、瓦礫の波が発生していた。

 思考は時間をも超越し、


 (今まで敵は、あの地下にあった痕跡を攻撃していた。そして俺たちが逃げていた瓦礫の波は、。……しかし今見たものは、その痕跡を攻撃していたはずの――――光……ッ!!)


 「ミズチッ! 俺たちの場所がバレたぞッ! 次は確実に攻撃を当ててくるはずだッ!!」

 「なッ!? しかし敵は施設に攻げ……ッ」


 そこで言葉が止まる。ミズチもこの意味が分かったのだろう。ミズチの走る速さが更に――。



 ドゴゴゴガガガガガォォオオオッ――――。



 攻撃の揺れと音。それは徐々に大きく――近づいて。確実に――こちらにッ!


 「ミズチィ!!」


 目の前が光に包ま――――。



 ◈ ◈ ◈




 さいは投げられた。




 ◈ ◈ ◈



 「痛ッ、が、つぅ……」


 俺はミズチの背中から放り出され、地面に叩きつけられる。頭や肩をもろに打ったようだ。全身が痺れる。

 しかしそんな事は気にしてられない。ミズチはそこに座り、体制を立て直していた。

 上から光が差し込んで来る。月明かり。


 「ミズチ、直ぐにッ!」


 (地上が……地面が吹き飛ばされたのか!? 直ぐに俺も体制を……次の攻撃が来る前にッ)


 「おい、ミズチッ!」


 しかしミズチは、座った状態から動かなかった。


 「何してるんだ、次の攻撃……が……?」


 俺は地面を這いながら、ミズチの近くに……。

 しかしミズチは動かない。


 「ミズ……チ? はぁ、冗談だろ?」


 ミズチの座っている場所から、紅色の液体がこちらにゆっくりと流れてくる。それは酷く紅く、物凄い量で――横腹からドクドクと漏れ出ていた。


 「おぃ……ふざけっ……」


 俺は急いでその傷口を手で塞ごうとするが――ドクドク――血は一向に止まる気配はない。むしろ流れ出る量がどんどんます。



 ドクンッ――――。

 


 「止まれよッ! 何で止まんねぇんだよッ!? ふざけッふざけんなよッ!!」



 血は流れ続ける。

 ドクンッ――――。



 「ふざけ……」



 血は流れ続ける。

 ドクンッ――――。

 


 「ふざけるな……っ。ふざけ……。嫌だ、嫌だッ嫌だッ!! お前も、お前も……死んじゃ……」



 血は流れ続ける。

 ドクンッ――――。



 「嫌だ……仲間が、大切な人が死ぬのは、嫌だ……ッ。もう嫌だッ。もう嫌だッ。もう嫌だッ。もう嫌だッ!!」



 血は流れ続ける。

 ドクンッ――――。



 「……もうッ、嫌なんだよッ!!」



 するとミズチの口が少し動いた。

 ドクンッ――――。


 

 「逃げ……俺は大丈――」



 ガクンッ。

 ミズチはそのまま横に力なく倒れる。

 血は流れ続ける。



 「ミズチ……ミズチッ。ミズチィ!!」



 ミズチは――動かない。

 血は流れ――。



 ドクンッ――――。

 ドクンッ、ドクンッ――――。



 「あぁ……。あ……ぁ……」



 ドクンッ――――。

 ドクンッ、ドクンッ――――。

 ドクンッ、ドクンッ、ドクンッ――――。

  





















  ドクンッ――――。

















 「私はお前に酷い事をしたんだ……。だから――」


 「大丈夫だからっ! 大丈夫だよ、クロム君ッ!!」


 「――そんなお顔するなよ」


 「もうお前だけの敵じゃない。俺たちの敵だッ!」


 「私の手は汚れてるんです……。けがれているんで

す……」


 「そもそもお前をココに入れたのは、日下部がお前の事を信用出来ると、声を大にして言ったからだ」


 「ありがと、クロム」


 「…………その言葉は……受け取れんよ」


 「そんな私に手を差し伸べて下さって……」


 「頑張りましょう。私も付き添います!」


 「やったね、クロム君っ!」


 「あぁ。義足だ。その足じゃ不便だろ?」


 「絶対……絶対にっ生きてッ!!」


 「さぁ、始めようか……」


 「クロ……ム。大…………好き……」























   


 傲慢を潰した。      

                死を放置した。



        ――何でこうなった――。



   覚悟を忘れた。    


            焦りを抹消した。



    ――どうして――。


              ――仲間が――。


          ――大切な人が――。

 絶望を忘却した。


       感情を失った。  状況は死んだ。   

  


     ――いつも――。

   


   根源を消した。   



       ――傷つくんだ――。



            心を廃忘した。  



  無力は遺却した。 






 






       ――みんなが傷つくのが恐くて――。











   ――ずっとアレから逃げてきた――。










  ――姉ちゃんみたいに――。



      ――なっちゃう気がして――。









          ――でも――。





     ――それでは守れなかった――。















            ――今――。







   ――ここにあるのは――。






























 







 ――――憎悪ぞうお

























 




 グヂュッ――。


 そこからの行動は早かった。

 俺は右手人差し指を噛みちぎる。

 

 敵をどうすれば殺せる?

 奴をどうすれば殺せる?

 今すぐに――殺すにはどうすれば良い?


 それを考えた時には、もう答えに辿り着いていた。

 今すぐに力を手に入れ、奴を殺す方法。


 それは――。


     ――悪魔との契約。


 そして人差し指から流れ出す血で、壁に印章シギルえがく。月光から見て時間もその頃合い。今日は水曜日。


 それは奴を――ある悪魔を呼び出す物。

 なぜソイツを選んだのかは分からない。だが……身体が勝手にその悪魔を選んでいた。


 頭の中のネジが吹っ飛び、憎悪は加速する。

 痛みを失った憎悪は、手を伸ばす。









         ――ユルサナイ――。



     ――よくも――。



            ――俺の――。








    ――俺の仲間をッ!!――。






 「――――漆黒の鎖に繋がれ俺は生まれてきた。この【憎悪】と【代償】を共に願おう……お前にッ!!」






 紅黒い印章シギルは紫に光だし――――。





 「契約だ。力を寄越せ。来い――ッ!!」

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