第19話 デリカシー

 気分が良い。とても気分が良い。俺は現在丘の上で日向ぼっこ中。辺りは凄く良い匂いに包まれており、とても穏やかで気持ち良い。

 あ、もちろん夢の中の話だ。俺は現在明晰夢めいせきむを見ている。昔からよく見るのだが……それにしても今回は不思議な明晰夢だ。

 ふわふわな丘が二つ。何故か色はない。そして妙に既視感がある。取り敢えず俺は片方の上に登って、寝転がって見たのだが……。


 (……何だろう? 音が聞こえる)


 一定のリズムを刻んで聞こえて来る。そしてそれは落ち着く音。とても安心する。とてもとても安心出来る。

 と、ここで、


 (……あぁ夢が終わる)


 俺は夢から醒めた。

 ――瞬間、目の前飛び込んで来たその光景に俺は、愕然とする。そこにあったのは……肌色、人の顔。それも物凄く近い。少しでも動けばもうついてしまうほどに。

 対してその相手は、


 「うぇっ!?」


 と相手は驚いたようすで、後退りして……目を真ん丸にしていた。

 長い黒髪に可愛い小顔。ワインレッドのブレザーにグレーのスカート。紺色のベスト。そして緑のネクタイ。

 その相手とは――結菜。日下部結菜だ。


 (何しとるんっ!?)


 頭は真っ白で思考はパニック。

 いや、落ち着け。取り敢えず状況を整理だ。朝、目が覚めて一番初めに見たものが、彼女のメッチャ近い顔面で……。そう再度認識した瞬間、またパニック。……ろくに頭が回らない。

 そして結菜も顔を真っ赤にして何も言わない。だから余計に訳が分からなくなる。


 (ど、ど、ど、どうす……え?)


 よくよく考えて見たら俺は何もしてない。起きたら何故か顔があった。つまりむしろ巻き込まれた方。被害者だ。

 しかし状況が状況。彼女は耳まで顔を赤らめて、ずっと口をパクパクとさせている。なんか俺が悪い事した見たい……。


 (どうする? そうだ、前見たいに「よう、爆乳おっぱい」で……っ)


 しかしそこで俺はある事を思い出した。それはデリカシー。昨日俺は、デリカシーについて考えさせられたのだ。そして誓った。デリカシーのある人間になると……。要するに「よう、爆乳おっぱい」は使ってはいけない言葉なのだ。


 (だったら――)


 そして脳内を高速回転せて、色々グルグル右往左往。電光石火で導き出された結論は、


 「お、おはようございます……」


 自分でもびっくりするほどの朝の挨拶。しかも敬語。いつもおはようを言わない俺が言うと、圧倒的違和感が凄い。対して結菜はポカンとした表情になり、


 「ぁ……おはようございます……」


 凄く……微妙な雰囲気。正直「何してたの?」と聞きたいが、それはデリカシーに反する行為のはず。メッチャ聞きたいがここは我慢だ。

 しかしこの空気はどうにかしないといけない。俺はこの空気が凄く嫌いだ。てか何で顔が目の前に……。


 (いいや我慢だッ。考えるなっ! 聞いては行けないッ!)


 そんな自分自身との葛藤が、頭の中で暴れ回る。

 すると彼女は何を思ったか、自分の顔の位置まで手を上げ、グーにして、


 「ニャンニャンっ!!」

 

 (…………)


 「…………」


 真に頭が真っ白になるとは、こう言う時の事を言うのだろうか? 彼女の顔が眼前にあった時でも、少なくとも驚きと言う感情はあった。

 しかし、今回はそんな感情もなにも抱かない。クエスチョンも浮かばない。無。ただ何気なく、それが目の前で起こったのだ。

 

 「どう……可愛い……?」


 (…………)


 「…………」


 彼女は上目遣いで聞いて来た。

 そこで思い出したのだが、これはあの時俺がやったやつだ。相手の人達はみんな武装し、そして俺の事をいつでも撃てるはずだったのにも関わらず、何故か全く行動を起こさない。

 なので流石に、

 

 (アレ、俺の事見えてるよな……。まさか俺もう死んでる!?)


 的な事を考えた訳だ。

 なので若干の不安と、からかいの意味を込めて、あの時はやったのだが……。いざ目の前でそれを、しかもいきなりやられると、本気でどうして良いのか分からなくなる。


 (可愛いって聞いてきたよな? だったら……)


 「……ェ。あ、可愛いです」


 絞り出した思考の答え。素直に褒める。

 すると、


 「違う……」

 「違……うっ!?」

 

 (今の言動に不正解があったのか……!?)


 俺は今の彼女の言動が問題だった事に驚きつつ、正しい答えを……。猫とでも答えれば良かったのだろうか?

 すると彼女はボソボソっと、


 「ぇ、えっと。君みたいな人が、ニャンニャンなんてやったらダメだよ。あんなの狂気だよ……」


 (…………)


 「……お、おう」


 それぐらいしか答えようがなかった。

 まさか彼女は、これを伝えるためにここにいたのか? いや、だったら起きたら目の前に顔があった理由は?

 そこでふと思い出したのだが――例のサイコパス診断のやつ。彼女はサイコパスではないかと疑っているのだが……やっぱり俺を調理しようと……!


 (……いや……考え過ぎか)


 俺はそこで思いとどまり……。取り敢えず時間稼ぎのためにベッドから起き上がり、座る状態になって――この雰囲気をどうにかするために、何か考えを……。


 (……ぁ)


 「そうだっ、お前怪我はないか!? 銃弾の破片が当たったとか……」


 確かあの時、俺は銃を辺り構わず乱射したのだ。もしかしたら――と言う事もあり得る。

 すると彼女は驚いたようすで、


 「え、ぁ、私は大丈夫だよ!? そんな事よりずっと聞きたい事が……。いや、その前にお礼がしたくて」


 お礼? 俺なんかしたっけ?

 すると彼女はこちらに頭を下げた。


 「ありがとう。助けてくれて……」


 対して俺はクエスチョンマークが頭に浮かぶ。

 俺は彼女に迷惑掛けてばかりな気がする。なのでむしろお礼を言わないといけないのは俺の方だ。俺が今ここにいるのは、彼女がミズチに言ってくれたからだろう。それに……ミズチや他のみんなにも……。


 「……お、俺も……ぁ、そう言えば聞きたい事って?」


 俺もお礼で返そうかと思ったが、直前で妙に恥ずかしくなってしまったので、別の話題に逃げた。……いつか言う。絶対。多分。気が向いたら。

 すると彼女は目線を床へ。少し暗い雰囲気になる。


 「あ、あの。ずっと聞きたかったんだけど……」


 彼女は思い詰めたような表情。

 そしてゆっくりと、


 「どうして……あの、私なんかを助けてくれたの?」


 なんて答えれば良いのか分からない。ただ結菜がそこにいて、そして敵がいて、だから俺は動いただけだ。他に理由などない。

 それに橋の下の時の敵は天使。要するに俺の敵だ。結果として、現在は彼女たちを巻き込んでしまっているが……。そう言う意味でもだ。


 「……どうして?」


 俺は聞き返す。

 すると結菜は少し必死な表情で、


 「私、君のこと殺そうとしたんだよっ。それなのにどうして……?」


 確かに直前まで俺たちは争っていた……が、それとこれとは話が別な気がする。確かに彼女は俺を殺そうとした。だが天使は、俺たちを殺そうとした。


 (うーん、良い答えが浮かばない)


 適当に流す事も考えたが……それはそれで違う気がする。もう一層のことデリカシーとか気にせずに、自分勝手に言ってしまうか?

 そう考えた瞬間、直ぐに答えが出て来た。


 「俺のためだ」

 「…………」


 口が勝手に動く。対して結菜は、何とも言えない表情をして……。

 俺は続ける。


 「お前を守るために」

 「……!」


 本心が勝手に口に出る。

 対して結菜はハッとした表情になり、焦った声色で、


 「で、でも……」

 「助けるのに理由なんてねぇだろ?」


 正直なところ、確かに橋の下で結菜を守りながら天使と戦ったのは、自分でも得策とは思えない。直ぐに彼女を見捨てた方が、もっと機敏に動けただろう。

 そもそも直前で彼女に殺されそうになっているから、守る理由が分からない――そう彼女は言っている。

 だが俺としては、


 「俺が守りたいと思ったから守った。俺が助けたいと思ったから助けた。これが答えじゃダメか?」


 ただこれだけの事。ただ俺がそうしたいと思ったから、そう行動した。要するに俺のためだ。俺の自己満足、考え、思考、欲望、直感。ただそう思っただけ。

 すると結菜は顔を真っ赤に――する何故か、


 「……ズル」


 彼女の右目から涙が――頬を流れる。

 対して俺は「……ぁ」と声を漏らして、


 (やって……しまった……)


 俺のデリカシーがなさ過ぎて、ついに彼女を泣かせてしまった。しかもズルいって……汚いって……。その言葉は俺のピュアな心にグサッと突き刺さる。


 「……ぁ、あの」


 言葉が何も出て来ない。と言うか、俺は泣かせてしまった張本人なのだ。どうしようも出来ない。俺の言葉を発すれば、もっと傷つけてしまう。そう考えると何も言えなかった。

 対して彼女は、ポケットからハンカチを出して、涙を拭いていた。


 「…………」

 「…………」


 そして妙な間。彼女の顔はまだ真っ赤だ。……完全に怒っている。今、謝れば許してくるだろうか? いや、謝って逆に悪化したら……。そう思うと何も言えない。

 すると彼女は上目遣い――いや、睨み付けて、


 「……ベッド……隣、座って良い?」

 

 彼女は聞いてくる。ずっと立っていたのだ。足腰が疲れるのも分かる。

 特に座ってはいけない理由もないので――そもそも断ったら今度こそ本気で殺されそうな気がしたので、俺は無言で頷いた。

 しかし彼女は中々ベッドに座らない。

 

 (また何かやった……っ)


 と内心ビビっていると、


 「君のこと、クロム君って呼んで良い?」


 突然の提案に俺は頭が真っ白。俺は流されるままに「……うん」と答えた。

 すると彼女ベッドに近づき、人ひとり分開けて座った……。


 「…………」

 「…………」


 妙な間が流れる。


 「…………」

 「…………」


 すると彼女は何を思ったか、無言で俺の真横に座り直す。もうこの時には、俺はどうして良いのか分からず、ただ固まっていた。

 そして彼女は俺に少し体重を――肩に頭を乗っける。

 

 (……あぁヤバい)


 何をして良いのか、悪いのか……全く分からない。状況もよく分からない。そして彼女は意味不明な行動を取ってくる。てか、絶対に怒ってる。

 すると突然グレーの扉が勢いよくガチャっと開き、


 「あ~ジェミーさんはここにいない……あっ」


 その金髪の女性、ケイトさんが顔を覗かせる。

 俺は特になんとも思わなかったが、俺には凭れ掛かっていた結菜がビクッと震えて、


 「なっ……ケイトさん!?」


 結菜の驚きの声。

 するとケイトさんはこの上ないほどに、ニッコリと笑って、


 「広めなきゃッ!!」


 そう言ってまた凄い勢いで扉を閉め――対して結菜は凄い勢いでバッと立ち上がり、


 「だ、ダメッ!?」


 これもまた物凄い勢いでそれを追いかけて行った。


 「……何が……どうなってるんだ?」


 俺はただその様子を眺めていた。

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