第18話 刃の義足
「……フッ」
「おい……お前黙れ」
「あー。OK、OK」
やっぱコイツ嫌いだ。さっきから俺の哀れで見っともないこけっぷりを見て、「……フッ」とか「……ヒッ」と鼻で笑う。コイツの脳味噌は生ゴミで出来ていると、俺は確信する。
俺は今、例の義足。クソ眼鏡はドヤ顔で『刃の義足』とか言っていたが……クソ眼鏡らしい素晴らしいネーミングセンスだ。もしかしたらコイツの頭の中は、うんこで満たされているのかも知れない。
まぁともかく現在俺は、サポーターとヘルメットを付けて歩く練習。リハビリをしている。
取り敢えず先ずは立つところからだ。壁に体重を掛けて立つ事は出来るが、流石に何もない場所は厳しく直ぐに倒れてしまう。なので今はジェミーさんに掴まって立ち上がり、最低三十秒はその場に立つを目標に頑張っているのだが……。
「デザインを聞いた当初は危なすぎて大丈夫かって思ったスけど……普通に暮らす分には大丈夫っスね! まぁ好意に刃を向けなければの話っスけど……」
「問題ない。こんな床に張り付いているような赤ちゃんが、刃を向けはずも……フッ」
クソ眼鏡は俺をチラッと見てまた鼻で笑う。……俺にとってこれは、初めて自転車に乗るような感覚と同じと言っても良い。
しかしこのうんこ頭は、壁に凭れ掛かりタバコを吹かしつつ、俺が無様に倒れると「……フッ」っと鼻で笑う。
「お前、切り刻んでやろうか?」
「そんなベビーちゃんな体制で言われてもー、ちっとも怖くないでちゅがねー。……フヒヒ」
(……コイツ)
しかしこのままコイツのペースに乗っかるのは危険だ。乗っかればコイツの思うつぼ。またピンチに陥ってしまう。
「まぁ大丈夫っス! では俺はこれで……」
金髪緑眼鏡の榊原さんから、楽観的なかつ逃げる声が聞こえて彼は去っていった。
言及はしていないが、この金髪緑眼鏡の榊原さんも、だいぶやらかしてる。ミズチのあのデザインを何故そのまま具現化させてしまったのか……。俺的には同罪だ。まぁ少なくとも義足は嬉しいが。
まぁとにかくそんな事を考えていても仕方ないので、俺は取り敢えずクソ眼鏡の目の前で立ってやろうと必死で、
「ジェミーさん。もう一度お願いします」
「はい、分かりました」
彼は笑顔で手を差し伸べてくれた。うんこ野郎とは大違いだ。少しはこの聖人を見習うべきである。
するとミズチのスマートフォンが鳴り出して、ピッ。ミズチはその画面を一瞬見て直ぐに切った。
そしてミズチは壁に体重を掛けるのを止めて、
「急用が出来た。数日は戻らん。ジェミー、コイツの事はお前に任せる。飯も食わせておけ」
「分かりました、林村さん」
と、ゴミうんこは軽く俺を蹴りながら言い、対してジェミーさんは相変わらずのにこやかな笑顔で言う。
で、俺はこの具現化した文字通りのうんこに、
「早くどっか行け」
「言われなくても行くわ、クソガキ」
と言ってミズチは部屋を出ていった。
◈ ◈ ◈
飯。俺は今ミズチの残していったテーブルで、ジェミーさんが持って来てくれた、如何にも栄養しか詰まってなさそうなドロドロの何かを食べていた。しかしそれは見た目以上に美味しく、ガツガツと口の中に入っていく。
確かミズチは、俺をクソ見てぇな起こし方で起こした時、昼の二時近くだと言っていた。あれからもう一二時間ぐらい立っているので、現在は三四時ぐらい。
まぁ地下なので、どうでも良いのだが……ふと、
(そう言えば、最後に飯食ったのいつだっけ?)
俺は記憶を遡る。……確か老人のところだ。あの焼き魚は単純に美味かった。
そして――あの老人は今どうしているのだろうか? 今俺がここにいるのはあの老人のおかげだ。これは返さなければならない。
いきなり話しては変わるのだが、
「どうしたんですか……ジェミーさん?」
先ほどからジェミーさんが、こちらをずっとニマニマと見てくるのだ。飯は美味しい。そしてジェミーさんには感謝しかないのだが……流石にずっとニマニマされると鬱陶しい。
これがこの人の普通の顔なのかも知れないが……。
「いえいえ、ただ……。林村さんがあのような表情をする所を、見た事がないものですから……」
(この人も俺をからかっているのだろうか?)
ジェミーさんはそんな俺の表情を見て、何かを感じ取ったのだろう。少し慌てたようすで、
「いや、あのそう言う訳じゃ……。林村さんは普段全く笑わない人なんです。しかしあの人は貴方と話している間、とても……楽しそうでした。まるで兄弟みたいで……」
(……この人はからかっているのか、からかっていないのか、よく分かんねぇ)
しかし妙に頭に残る言葉があった。――兄弟。
ふと姉ちゃんの――姉ちゃんとの記憶が甦る。
二人で遊んで、二人で勝負して、二人で怒られて、二人で泣いて、二人で笑って……。確かに俺が姉ちゃんと勝負している時と、ミズチと話している時は少し感覚が似ている気がする。
――負けたくない。
そんな思いが、感情がある気がする。
俺は軽く息を吐いて、
「なら、あのクソ眼鏡に見せつけねぇと。俺が歩いているところを……」
元々やる気はあったが、更にやる気が湧いてくる。
ジェミーさんも笑顔で、
「頑張りましょう。私も付き添います!」
とても心強かった。本当にジェミーさんは良い人だ……ミズチとは大違いだ。
そこで気になったのだが……。ミズチとジェミーさんはどういった関係なのだろうか? ミズチは見た目からして二十代ぐらい。あの若さでここのトップと言う時点で驚きだが、目の前のジェミーさんはその倍の年齢はありそうだ。
俺は聞こうと思い――しかしそれを押し留める。
何故なら、
「私の手は汚れてるんです……。穢れているんです……。でも林村さんは、そんな私に手を差し伸べて下さって……」
初めて会った時に言っていた言葉だ。昔何かあったのだろうか? よくよく考えて見たら、こんな腕の良い人物をどうやってミズチは手に入れたんだ?
……で、色々考えた結果、俺は聞く事を諦めた。知らない方が良い事だってある。思い出したくない記憶だってある。
(過去に縛られずに、今が良ければそれで良いんだよ……)
俺は無意識にその言葉を自分に重ね合わせた。
……心の奥底で静かに『復讐』の炎は揺れていた。
◈ ◈ ◈
飯を食って、直ぐにリハビリを再開した。
相変わらず、縫ってある左足が凄いのか、この義足が凄いのか分からないが、全く痛くない。何度も思うがジェミーさんや榊原さんは凄い人だと思う。……ミズチは別だ。
「……ぉ、う」
「四十七、四十八、四十九、五十……」
成果はもう出始めている。そして初の五十秒台。あと十秒。後十秒で、区切りの良い一分。
「五十一、五十二……」
すると後ろから、ガチャッと凄い音で扉が開いて――俺は心臓がドクンッと跳ね上がる。
俺は少し前のめりなってしまい……。
(え、ちょ!?)
だがギリギリでこらえた――が、
「え、立っている!?」
その馬鹿でかい声に俺は驚いてしまい――ぐらりと視点が回転。そして地面と接触しようと――ガシッ。ジェミーさんの腕が俺を受け止める。
「あ、ごめんごめん。大丈夫……ジェミーさんに受け止められたから大丈夫か!」
そこに立っていたのは金髪の白衣を着た女性。そう言えばこの地下で目覚めてから二番目にあった人物。確か結菜はケイトと呼んでいた覚えがある。
俺はそのケイトさんを嫌な目で見たのだが……。
(デカい……)
何というんだろう。結菜よりはデカくないが、身体の体系――ボンキュッボンが成立している。それ故に物凄く……大人の女性と言う感じだ。
「あ、今エロイ事考えてたでしょ? エッチ!」
「…………」
俺はその人を死んだような目で見つめる。確かにそう言う体型の人だとは思ったが、別にそこまでとは思っていない。それよりも、俺の初一分を踏み押された事に、俺は異議を唱えたかった。
すると彼女はこちらに近づいて来て、
「君って……やっぱり可愛い顔してるよね!」
「……!?」
人生で初めて言われた。そして人生で初めて抱く感情。嫌とか嫌じゃないとかそんなレベルではない。……全身からゾッと鳥肌が立つ。本気で嫌と叫びたい。
すると彼女は頭にクエスチョンを浮かべたようすで、
「あ、美顔って事だよ」
そこでふと彼女が言っていた言葉を思い出した。
初めて見た時、
「君とはウチと同じ匂いがするッ! デリカシーがないッ!」
とか言っていた覚えがある。この時はデリカシーの意味は知らなかったが……今考えて見ればその意味も理解出来る。
俺は結菜に……うん。ようやく理解した。見た目でものは言ってはいけないと。
すると彼女は義足をまじまじと見て、
「おぉ……これが例の義足かぁ~。林村さん、面白い見た目にしてやったぜって言ってたけど……なんか凄いね!」
と小学生並の感想を述べる。まぁ気持ちは分らんでもない。俺をこれがいきなり出て来たら、このような感想を述べるだろう。
しかし問題はその内容だ。どうやらあの吐瀉物は、俺を面白がってサイボーグにしたいらしい。
「はい、ジェミーさん資料ね! じゃぁ君は頑張ってねぇ~。じゃあ!」
彼女は嵐のような勢いでこの場を後にした。
俺はデリカシーのある人間になろうと心に誓いつつ、今度ミズチを殴ろうと思った。
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