第20話 洗脳恋愛教育

 (……ズル)


 顔が熱い。身体が熱い。頭が沸騰しそうと言う言葉があるが、こういう時に使うのだろう。思い出せば思い出すほど熱くなる。恥ずかしくなって、嬉しくて、そして……。

 

 (まだドキドキしてる……)


 初めは凄く怖かった。謎で未知で分からな過ぎて……殺そうともした。しかし彼の真っ直ぐな言動や行動は、気付けば私の何かに……。

 このやるせない感。もどかしさ。儚い感じ。地下で彼に助けられてから、ミズチに「一日だけようすを見る。日下部は会うな」そう言われてから更に強まった。

 そしてその一日が過ぎて、私は直ぐに彼に会いに行った。彼はぐっすり眠っており……どうして良いのか分からない。しかし次第に、良く分からない気持ちが高まって……。


 「え!? まさか、キスしたのっ? キスしたの!?」

 「ちゃっ違ッ!? 声デカいですって!」


 そして現在私は、地上一階の喫茶店にケイトさんと紅茶を飲んでいた。本当はコーヒーを飲みたかったが、豆を切らしてしまっているらしい。

 

 「ふーん。超天才文武両道な貴方も、遂に乙女に落ちましたかぁ~。しかも愛しの相手は、謎のカッコ可愛い同年代の少年。お姫様を救い出した王子様。フューフュー。青春してますねぇ~。キャアー!!」

 「だから……違っ……」


 そして私は現在、例のアレを見られてしまったため、何が起きていたのかと言う説明をしている。もちろんバラさないと言う誓約付きで。


 「でも貴方がねぇ~。少し前までは、羽束之宮はつかのみやの生徒会長さんに憧れてたんでしょぉ? 憧れの人~とか言ってたのに……」


 羽束之宮はつかのみや女子高等学校。私が現在通っている学校で、世間では超お嬢様学校と呼ばれている。そしてその学校の理事長の娘でもある生徒会長の演説に、私は感銘を受けた……そう言う話だったのだが……。


 (変な解釈されてる……。違う……)


 「あぁアレはファンって言う意味か! 今回は本命の……」


 それも違う。そもそも私はただお礼をしたかっただけ。別にクロム君の事は命の恩人だけど、そう言う目線では見ていない。


 「だから……」

 「はいはい、そうですかぁー。あ、和泉いずみぃー! こっちこっち。日下部ちゃんが盛り上がってるからさぁー! 恋愛系だとぉー」


 と店内に響く大声で、ケイトさんはその人物に手招き。


 (……何で広めようとしてるのぉおお!?)


 この話をする前に絶対にバラさないと約束したはずだ。それなのにこの人は……一瞬でっ!?

 すると手招きされたその人物、和泉さんも席に入って来る。彼女、和泉さんも中々の濃い人物だ。

 何故なら、


 「ほう、ちん恋愛系れんあいけいはなしか……。はなしてみよッ! ちん全力ぜんりょく相談そうだんってやるぞ!!」 


 とこれが和泉さんの通常の話し方なのだ。先ず一人称がちん。そして妙に厨二病な言葉。まぁそれ以外は正常な人物なのだが……。

 因みに地下一階の唯一の生存者でもある。


 「ちょっ本当に……」

 「良いじゃん、良いじゃん。私達は人生の先輩だよぉ~。恋愛相談ぐらい、ちょちょいのちょいだよぉ!」

 「違うのぉ、本っ当に違うの……っ! クロム君はちょっと……いや、結構ずれてるけど……ただの良い人で、それで……」


 私は全力で否定する。

 すると今度は和泉さんが、キリッとした顔で、


 「フフフ……恋愛れんあいものはなぁ! なにもない間柄あいだがらではダメだ! はじめにオスこころ鷲掴わしづかみみにしなければならん」


 和泉さんに妙なスイッチが入ってしまった。この人は一度このようなスイッチが入ると、もう最後まで話すまで止まらない。

 なので、


 「……は、はい」


 私は心の中で涙を流しつつ、相槌を打つ。

 和泉さんは止まらない。

 

 「とにかくずはオスちかづくんだ」

 「……近づく?」


 その意味が良く分からなかったので、私は思わず聞いてしまった……がそれが彼女に更に火をつける事になる。


 「そう、ゆっくりとゆっくりと、時々ときどき大胆だいたんにッ! オスなどこの程度ていどよ……。自分じぶん手玉てだまるようにッ! 返事へんじはッ!」

 「は、はい」


 その内容はどちらかと言えば、根性論な気がする。しかし妙に心に響くものがあった。

 まだ私は彼の事が良く分からない。そしてこの気持ちも良く分からない。でも何となく分かってきた。


 「とにかくずはオスにずっとえ……そしてかんじるのだっ。みずからのあいをッ!」

 「はい!」


 正直和泉さんの言っている事は一割ぐらいしか分からないが、何か掴めた気がする。


 「少し自身が持てました。ありがとうございます!」


 私びモヤモヤがなくなった。


 ◈ ◈ ◈


 「七十、七十一、七十二……」

 「クロム君、凄いっ!」


 (こっちは集中してるんだ。黙ってろ……)


 あの件から二日が経過したが……結菜がおかしい。何があった……? あれから妙にズイズイ来ると言うか……。何と言うか……。

 まぁそんな結菜はほっといて、俺は意識を集中する。立つ事だけなら、俺は出来るようになっていた。

 問題はここから。


 「大丈夫です。いざという時は、私がちゃんと受け止めますので……」


 ジェミーさんが心強い一言。後ろで俺の寝ているベッドに横たわり、鬱陶しく声を掛けてくる奴とは大違いだ。

 因みに彼女はあの日以降、毎日ここに現れる。ここで寝泊まりしているらしい。正直本当にやめて欲しい。毎朝目が覚めると、視界に結菜が入り込む光景は最早ホラー。平日は夕方ぐらいから……休日は朝からずっと。昨日の夜なんて、卒業式で学校ないとかどうとかで、何故かこの部屋で寝ようとするしまつ。

 もちろん断ったが、俺は確信した。


 (コイツ……サイコパスだッ!!)


 まぁ何もしてこないだけマシだが……。

 俺は意識を自分に戻して軽く深呼吸。そして先ずは左足の義足を前に……。そう、今からは歩く練習。

 段々と義足でのバランスの取り方が分かって来たので、次のステップに進んだと言う事だ。

 そして例のごとく、ジェミーさんに頑張って貰っているのだが、


 「……っ」


 左足、義足の方は成功する。

 問題はここからだ。次に右足を前に出す。これがマジで成功しない。右足を地面から話した瞬間、左足の義足の方に体重がかかるため、驚くほど身体のバランスを取る事が難しい。

 俺はもう一度、今度は深く呼吸して、


 「……」


 上手く義足でバランスをとり……成功。自然と笑みが零れる。目の前で構えているジェミーさんも、笑顔になる。


 「やったね、クロム君っ!」


 (もっと言えっ! もっと褒めろっ!)


 「おー、出来てんじゃねーか」


 俺はその声にビックリして、視点がぐらりと傾き――ジェミーさんに受け止められる。


 「ありがとうございます」

 「いえいえ」


 ジェミーさんに感謝を述べた後、俺はマッハのスピードで、その声のした扉の方向を見た。そこには壁にもたれかかって、適当なリズムで拍手をする眼鏡の吐しゃ物が、


 「ミ……林村。からかいに来たんだな? 消えろ」


 そう言えばジェミーさんに対して、偽名を使っていた事を思い出し、直ぐに言い直す。ついでに悪口も言っておく。

 そんな俺を見て、少し感心した様子で、


 「いや、これでも俺、嬉しんだぜ? お前の成長が見られて……あぁ、二つの意味でな」


 (……否定はしないんだな)


 二つの意味とは、俺が少しずつだが歩けるようになって来た事。そして、本名を言わなかった事だろう。

 俺はミズチを嫌な目で見て、


 「何故ここにいる?」

 「ここの主は俺だ。だから俺が何処にいようと、どうでも良いだろ?」


 ミズチは当然のように言う。

 しかしそのような答えが帰ってくる事は、大体予想出来ていたので、


 「あっそ。気が散る。どっか行け」


 ドッジボールのように言葉を投げる。

 すると、俺の予想外の発言がミズチの口から飛び出した。


 「日下部は良いのにか?」

 「……は?」


 思考が急に加速し出して、ミズチの言葉の意味を奥の奥まで理解しようする。

 そして、


 (……確かに)


 と言う結論に至ってしまった。

 ふと、結菜に視線を移すと「え?」見たいな表情。

 そこで俺の思考が急発進。そして、ある一つの解を導き出した。それは恐らく生存本能から。


 「なぁ、林村」

 「何だ?」

 「結菜をつまみ出してくれよ。リハビリの邪魔をしてくるんだ」

 「え!?」


 彼女は驚いた表情。

 するとミズチはめんどくさそうな顔をしつつ、


 「……柊」


 と言うと、ガチャ。部屋の外で待っていたのだろう。

 女装のメイドが物凄い勢い結菜を担いで、


 「え、何で!? 何でぇ!!」


 ガチャ。彼女は扉の向こう側に消えてった。

 そして落ち着いたところで、


 「一つ聞いて良いか?」

 「何だ?」


 ミズチは神妙な顔付きになって、


 「何で日下部はあんなにお前になついているんだ? あいつがあんなに人になつくなんて、あの人ぐらいだぞ……」


 そんな事聞かれても……。正直俺が聞きたかった。

 なので俺も聞く。

 

 「俺も一つ聞いて良いか?」

 「何だ?」

 「結菜ってサイコパスか? ……それともヤバい薬でも……やってるか?」


 ここ数日でのあの異常っぷり。明らかにおかしい。

 するとミズチは謎に納得した表情をして、


 「あぁ~全て理解した……! どうせケイトや和泉のせいだ。まぁ今の件で目ぇ覚めると思うぞ。前もあったし……。日下部はそう言うのに飲まれやすいからな」


 その言葉の意味は良く分からないが、結菜がおかしくなったのは、確かにケイトさんと出ていってからである。俺は妙に納得した。……だってあのケイトさんだから。


 「日下部……楽しそうだ……」

 

 (……それは俺をからかってるのか?)


 するとミズチが暗い声色で「ここだけの話……」と話を切り出して来る。

 俺は少し唾を飲んで、


 「日下部は小さい頃に……実の父親に強姦レイプされたんだ」

 「ぇ……」


 衝撃の事実だった。

 それが……日下部結菜の過去。

 

 「まぁそんな訳で、日下部は人間不信。人間関係はこの場所やあの人限定。同年代の友達が一人も出来なかったんだ……」


 ミズチは悲しように言う。俺も……心が締め付けられた。


 「だから俺は……今、日下部があぁやって、自分なりに自分で考えて、お前と関わろうとしている。行動している。まぁ少し他人に影響されてしまうのが、玉に瑕だが……」


 ミズチは俺を見て、


 「だから――」

 「見捨てる訳ねぇだろ。俺はがいなるなるのが一番……辛いんだ……」


 ミズチは察したような顔をして「そうか……頼んだ」とだけ言う。

 それから三十秒後……。


 「……で、話は戻るが、俺は良いのか?」

 「あ、あぁ……俺の成長っぷりを見せつけてやろうと思ってな!」


 俺はニヤリと笑う。

 対してミズチは、


 「……ガキか?」

 「お前が歩けるようにしろって、言ったんじゃねぇか!」


 ミズチは呆れた顔になって言う。

 しかしこれはミズチが始めた事なのだ。最後まで付き合って貰わねば。


 「俺は不便だろと言っただけだ。お前に歩けるようにしろと言った覚えは、一度もない」


  確かにミズチは歩けるようにしろとは、一言も言っていない。ミズチがあの時言った事は、義足の提供。

 そしてジェミーさんを俺に付けてくれた事だろう。

 しかし、


 (これ渡されたって事は、そう言う事だろ……)


 ミズチは面倒くさそうな顔をして、


 「あーはいはい。見てたぜ。歩けてたねー。凄いねー」

 「……で、林村。お前は何でココに来たんだ? まさか俺の成長を見に来てくれたのか? お前も良い奴だなぁー」


 こちらも面倒くさくなって来たので、本題に進んでもらうように促すついでに、煽っておく。

 ミズチは三秒ほどめっちゃ嫌そうな顔をして、


 「ジェミー。席を外してくれ。あぁ、あと柊に日下部を連れ戻すように……。今から三人で話しがしたい」


 ◈ ◈ ◈


 「違うの……クロム君。私、ここ数日間、騙されてたの……。ケイトさん達に……。柊さんに言われて目が覚めたの……」

 

 目の前でどこか戻った結菜の姿があった。しかしその表情はどこか虚ろ。そして今にも泣きそうな顔をしている。

 そんな戻った彼女に安堵しつつ、ミズチは本題を話し始めた。


 「アンティキティラ。クロム、お前この言葉に心辺りは?」


 アンティキティラ。そう言えばそんな言葉もあった。もう忘れていたが……。

 あの老人の言葉、「東ミズチ」「アンティキティラ」。東ミズチの意味は分かったが、アンティキティラとは……?


 「その表情だと分からないみたいだな……。チッ」


 何か嫌な顔されたんだが……。

 俺は不機嫌になりつつ、

 

 「で、何だよ……そのアンティキティラってのは?」


 俺は聞いた。

 するとミズチは――――。


 ◈ ◈ ◈


 夜。とある橋の下。二つの霊力がいた。 


 (ない、そんなはずは……っ!)

 

 一つの弱い魂の方は焦った。

 何故ならばここで自分は、反逆者クロムを見つけ、戦い、敗れた場所。

 しかし、


 (あの忌々しい青の物もない……)


 そこはもぬけの殻。自分が憑代としていた女の死体はもちろん、橋の下に埋め尽くされた空間が、始まめからまるで何もなかったように何もない。


 『どうしたの』


 その感情の無い声でもう一つは声をかけた。そちらの魂は上位の者。か弱い魂とは雲泥うんでいの差。この上位の者が、そのか弱い魂を創り上げたのだから……。

 

 「私の痕跡はここを……」


 それ以上は何も言えなかった。

 自分を悔やむ。

 

 (せっかく再創造のチャンスまで貰ったのに……)


 自らの創造主に顔も合わせられ無かった。

 そして……弱い方はある決断を下す。


 「……どうか私の痕跡を受け継いで下さい。貴方様なら」


 上位のソレはそれを見て、


 『分かった』


 そう言うと自らの翼で、か弱い魂を覆い――一つの天使が死に還った。


 ◈ ◈ ◈


 「へぇ~。『アンティキティラ計画』ねぇ~。面白そうじゃん」


 俺は笑った。

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