第05話 猫と魚籃と反転
俺は人生で一度だけ水族館と言う物に行った事がある。周りの人たちはデカい水槽の中を見て、「綺麗」とか「可愛い」とか……まぁ色々言っていた訳だが、俺が真っ先に思った事は、
(……腹減った)
俺はあの水槽の中を泳いでいる魚を見て、美味しそうに見えた――と言う事を、ふと思い出した。
現在目の前には炭火で魚の串焼きが三本。漂う匂い。パチッと木が燃える音。良い焼き加減。その木で出来た串に脂が滴る。
(俺知ってる……絶対に
腹はさっきから鳴りっぱなし。自然と口は開き、気を抜けばよだれが垂れそう。ニヤニヤが止まらん。
まぁそんな魚が焼ける光景をチラチラ見ながら――左足の話を……。
「で、お前は俺の左足をね……」
なんでもコイツが俺を発見した時には、俺の左足はもうボロボロだったらしい。誰が見ても、どんなに天才な医者でも再生不可能なほどに……。
だから切り落とした。
コイツは見ての通りコレなので助けも呼べない。だから自分で……。と言うのがコイツの言い分だった。
しかしやはり疑問が残る。
(……なんで左足を食った?)
コイツはカニバリスト。普通に考えれば俺をここに運んで食うため。だから左足を食べていた。そう考えるのが妥当だろう。
だが食べるためなら俺を殺せば良かったはず。辻褄が合わない。それにコイツが助けようとした痕跡が存在するのだ。俺はコイツが語っていた事を思い出す。
「――私はお前の左足を切り落とし、次に止血に入った。止血方法は至って簡単な地獄。その部位を炎で燃やして、皮を、肉を、
(これ以上思い返すのは止めよ……。魚の味が落ちる)
とにかくコイツは、イカレた方法で俺を救ったと言う事だ。その証拠にコイツの手の甲が爛れている。コイツもコイツなりに大やけどを負いながら、俺を本気で助けようした証だ。
そしてさっきの疑問に戻る訳だが、
(なんで俺の左足を食った?)
それをコイツ本人に聞いても、さっきから固く口を閉ざすだけ……。普通助けようとした人間の左足を食うだろうか? それともカニバリストの倫理観が、俺の思っているものと違うとか?
(…………)
色々考えたが、
「感謝はしてる。これでも……それでも……俺が助けられたのは事実だからな……」
俺はぼんやりと言う。
対して老人は……。
「……その言葉は……受け取れんよ」
◈ ◈ ◈
それは突然現れた。
その声が耳に届いた瞬間、全身に電流が走り、鳥肌がドッと経つ。
(まさか……奴がっ奴がッ!? まさか、まさか、まさかッ!!)
「ニャー」
そう、その正体とは――猫だ。茶色と白の模様。赤い首輪がついていると言う事は、飼い主がいるのだろう。俺は化け物のようにその場を蹴る。何故なら、
「無理無理無理無理ッ!!」
俺は、
「無理無理無理ッ!!」
猫が、
「無理無理ッ!」
メチャクチャ――。
そして俺は猫の眼前に滑り込み、
「猫ひゃんっ!!」
そして――幸せになったにゃ。俺はこの上ないほどほどある猫が好きなのにゃ。パッチりとした大きく可愛い目。ふわふわとした身体。マイペースでツンデレな仕草。愛着しかない声。トドメのプニプニな肉球ッ。
「猫ちゃんっ。どうしたんですにゃあ? どうしてこんなに場所に来たんですかにゃ?」
俺は猫に話はかけるにゃ。
(やべぇ……見てるだけでニヤニヤが止まんねぇにゃ……)
すると、何と猫ちゃんは俺によって来てくれたのにゃ。そして俺に頭をスリスリとさせて甘えてくるにゃ。
「……あぁ。幸せにゃ」
そんな幸せを噛みしめていると、俺は妙な視線を感じたにゃ。俺は振り返ったにゃ。するとそこには……死んだような瞳でこちらを見てくる老人が……。
(コイツ、猫ちゃんの素晴らしさが分かっていないのかにゃ!!)
俺は猫ちゃんを抱きかかえ、老人の方へ。そして猫のちゃんの肉球をお借りして、
「猫パンチっ!」
俺は老人に可愛さが炸裂する最強の技、猫パンチを食らわせてやるにゃ。これでコイツも、猫ちゃんの可愛さにトキメキを抱くこと間違いなしにゃ。
「なんだ、コイツも食べたいのか?」
「ニャ!?」
俺は思わず驚きの声。その声にびっくりしたのか、猫ちゃんは腕から飛び出してしまい、逃げて行ってしまったにゃ……。
やっぱコイツ理解出来ない……にゃ。
◈ ◈ ◈
数分後。
「……勝った」
俺は思わず呟き、そして確信する。
口の中にそれを入れた途端、ホロホロとした
「コレ何の魚だ?」
「分からん、目の前の川で取った奴だ」
「……あっそ」
微妙な空気。そのおかげか俺も少し頭が冷える。
……そこでふと思い出したのだが、
「ジジイ。お前そう言えば、私たちの敵を知ったって言ってたよな? あれはどう言う……そもそも俺の敵であってお前の敵じゃぁ……?」
「…………」
(都合の悪い事は言いたくないってか? コイツは何なんだよ……)
俺が敵か味方かと聞けば、俺に敵であってほしいか、味方であってほしいか、傍観者であってほしいか……と聞いてきやがった。
(あの聞き方はどう考えてもさぁ……)
俺は骨にしゃぶり付きつつ、心の中で苦笑いする。
すると老人が口を開いた。
「明日、いや今日か……? とにかく夜が明け、そして昼になったら『協力者』がここに来る。そいつに助けを呼んでおう。勿論、裏のコネを使ってな……。今の私じゃこれ以上の事は出来ない」
(協力者……ねぇ)
俺は一本目の魚を食らいつくし、二本目にかぶりつく。こっちも上等。
そしてゆったりと思考を回し始める。
(カニバリズムする奴の協力者……。カニバリズム仲間って奴なのか? もしくは、死体が好きな奴とか……)
どちらにせよ異常者に違いない。
俺は吊り下がってる肉ダルマに意識を向けながら、
「そいつは信用出来るのか? どういう奴だ?」
狂った奴は一人で十分だ。しかし、類は友を呼ぶとも言う。ならばその『協力者』とか言う奴も異常者に違いない。
すると老人は少し考える表情になり、
「あぁ信用出来る。確か知り合ってから……もう九年にもなるのか……。それぐらいの付き合いだ。性格は……そうだなぁ。化け猫とでも言おう。普段はその辺の奴と普通に絡んで、裏では私のようなもの……。ヤバイ連中となに食わぬ顔でつるんでやがる。いや……その表現はおかしいかもなぁ。もう普通と私のような者との境界線がないのかもな。そういう奴だ」
「……あっそ、期待通りだ。お前が自分をヤバイ奴と自覚していて安心したよ」
俺は吐き捨てるように言う。
しかし、
(九年か……つまりこの老人もその協力者も、お互いをお互いが信用し合っていると……)
俺はぼんやりとしながら二匹目を食べ終わり、三匹目に取り掛かる。徐々に身体に生気が舞い戻る。今思えばずっと何も食べていなかった。最後に食べたのはいつだろうか? よく生きてたな……俺。
そんな事を考えていたら、あっという間に全部食べ終わってしまった。
「…………」
「…………」
こう言う微妙な雰囲気は嫌いだ。
「美味かった」
「……そうか」
(こっちが話題ふってやってるのに、どうしてコイツは……)
少し頭に来る。この嫌な雰囲気を作り出しているのはコイツだ。だから嫌味ぐらい言う権利はあるだろう。
「塩がかかってなかった……」
「…………」
もっと嫌な雰囲気になった。俺は嫌味を言った事を後悔する。
すると老人が、
「一つ聞いて良いか?」
「……なんだ?」
いきなりのコイツからの質問だったため、少しドキッとする。
すると老人は暗い顔をして、
「お前は私を認めるのか? 私のような
(なんだそんな事か……)
俺は面倒くさくなりながら、
「認める? さぁ……。でも善悪って言われたらどっちでもなくね? そもそも同族喰らう種族は地球にはいっぱいいるぞ。ネズミにチンパンジー。
「…………」
またコイツは黙る。質問をしてきて黙り込むのはやめて欲しい。本当にこう言う雰囲気が大っ嫌いだ。
少し話題がそれるが食ったら眠くなってきた。もう頭も痛い。身体が寝ろと言っている。
「……おい。俺は眠い。今から寝る。それと――」
軽くニヤリと笑い、
「――その
俺は眠りについた。
◈ ◈ ◈
運命はカードを混ぜる。
◈ ◈ ◈
運命がカードを引く。
◈ ◈ ◈
「――ろッ! ――ロムッ! クロム・ブラックウェルッ!!」
意識が覚醒した途端、いきなり肩を強く捕まれ、無理矢理起こされ、揺す振られ――――老人が鬼の形相……。いや焦った顔で……ッ!
「敵だッ奴らがいたぞ……ッ! 上の公園にウジ虫のように大量にウヨウヨ……最悪だ。本当に最悪だッ……! しかも
何が起こってるのか分からない。頭が真っ白で思考も回らない。
すると俺を突き飛ばすように、その場に倒して……。
「いや、これは私の……。クロム。お前はここで”協力者”を待てッ! そしてその協力者に『
「待て、話が
ようやく思考が回りだす。
「あぁ、私が……」
「何でだよ!? これは俺のッ!」
すると老人は懐から一丁の銃を取り出して、
「これは私の過去と未来と今を守るためだッ!」
らしくなく、声を荒げて言う。
俺はその声に圧倒されてしまった。
「……ワルサーP38」
「おぉ、よく知ってんじゃねぇか。私だってな……」
やめろッ! と言えればどれだけ幸せだろう。
俺にはその覚悟は無かった。
「とにかくお前は協力者が来るまで身を潜めろ。そして『
そして老人はブルーシートを持ち上げて、
「私はお前に酷い事をしたんだ……。だから――」
ブルーシートの向こう側からの逆光。
初めて見た時と同じ感覚で。
「――そんなお顔するなよ」
そして、
「さぁ、始めようか……」
老人は出ていった。
◈ ◈ ◈
どれだけ時間が経っただろうか?
遠くの方で、銃声が聞こえたような気がした。
どれだけ時間が経っただろうか?
俺は固い布団にうずくまり息を潜める。
どれだけ時間が経っただろうか?
ドクンッ、ドクンッ、ドクンッ、ドクンッ。
どれだけ時間が経っただろうか?
後悔と何か出来なかったのかを悔やみ続ける。
どれだけ時間が経っただろうか?
ブゥーン――。
どれだけ時間が経っただろうか?
ドクンッ、ドクンッ、ドクンッ。
どれだけ時間が経っただろうか?
どれだけ時間が経っただろうか?
どれだけ時間が経っただろうか?
どれだけ時間が経っただろうか?
どれだけ時間が経っただろうか?
どれだけ時間が経っただろうか?
どれだけ時間が経っただろうか?
どれだけ時間が経っただろうか?
ガサガサッ――。
音。今までに無い音。それは明らかに人の気配。
俺は息を殺しブルーシートの隙間からそちらを見て……目を見開いた……。
何故なら――――。
――――俺と同年代の制服を着た女子校生が、そこにはいたからだ。
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