第06話 協力者

 「…………」


 思考が加速を始める。今俺の瞳に映ったそれと、俺の現在の状況を整理しようと――それを認識すると「は?」と言う答えしか湧いて来ない。

 

 (俺と同じぐらいか? でもなんでこんな場所に……)


 次第に思考も減速しだし、そして「訳分からん」と言う答えに至る。

 現在俺はあの老人が去り際に言った、”協力者”が来るからその人に助けてもらえ……と。そして何時間か息を潜めて、もう昼だろうという時にそれはやって来た。


 ワインレッドのブレザーにグレーのスカート。紺色のベスト。そして緑のネクタイ。背中にはテニス鞄。

 ここからでも分かる。正直メッチャ可愛い。


 (……どっかの学校の制服。高校生?)


 その彼女はなぜか周りをキョロキョロと見渡して、こちらに歩いて来る。一瞬「迷子」や「探検」と言った事も考えたが……まぁ有り得ないだろう。

 彼女は更にこちらに――そこで俺はある事を思い出す。


 (そう言えば俺、足が……)


 いきなり目の前に左足がない人間が出て来たらどう思うか? 恐れおののき、嫌悪感を抱かせるに決まっている。それに今気づいたのだが、俺の身体は血塗れ。それがカピカピに乾いた状態。恐らく老人が左足を切断した時に流れた血だと思うが……。


 (バレたら不味い……)


 そもそもなんでこんな場所に? ここは公園の奥地の奥地だったはず。つまりここにはあまり人は来ない。ならここに来る人間と言えば、あの老人か協力者ぐらいだろう。

 ……協力者?


 (まさか!)


 頭が右往左往うおうさおうする。

 今思えば俺は、その協力者は信用出来るか出来ないか。ヤバイ奴かヤバくない奴かとしか聞いていない。それは疑念と混乱。あの老人と自分に軽い「野郎」と言う気持ちと後悔が湧く。

 するとその彼女は、橋から二十メートル付近から、


 「じっちゃーん。来たよー。エヘヘ」


 (じっちゃん?)


 じっちゃんと言えば……老人? つまりこの彼女は老人に用がある人物、または関係者――”協力者”。

 それにたどり着いた途端、一番初めに思った事は、


 (アイツ、こんなカワイイまごいたんか!)


 やや歓喜。同時にあの老人の死んだような目が思い出され、目の前の美少女と対比される。あまりにも違う。この子が……。

 そこで疑問が生まれた。普通自分の孫の事を協力者呼びするだろうか? 


 「ん、あれ……寝てるのかな?」


 彼女は更にこちらに近づいて来る。寝てるのかと言っていた事から、中に入って来るつもりのようだ。……それは不味い。この彼女からしたら、知らん奴が人の家に勝手にいるのと同意義の考えになるだろう。


 (……余計な事は考えるな、取り敢えず置いておけ。俺はどうする?)


 まずこの彼女が協力者なのは確定だろう。

 しかしこのまま何もしなければ俺は終わる。俺の存在と、俺の状態・状況を直ぐに知らせれば……。

 その時、あの老人の言葉が頭の中に。


 (協力者に”あずまミズチ”、そして”アンティキティラ”と伝えろとか言ってたな。……チッ)


 彼女はもう直ぐそこまで……。あまり良い考えでもないがもうやるしかない。何も話さずにいれば、後々追い詰めるのは俺の方だ。

 なのでここは直球で、


 「あずまミズチ、アンティキティラ――お前は知っているか!」


 俺は大声で彼女に叫ぶ。

 対して彼女は固まり「え!?」みたいな顔をして、

 

 「だ、誰!? なん……ッ!!」


 俺は嫌な警戒心を持って欲しくなかったため、匍匐前進ほふくぜんしんでゆっくりと外に出ようと――それが不味かった。彼女は恐怖の瞳でこちらを見る。


 (そうか、俺の見た目!)


 俺の全身は血固まりカピカピの状態。つまりどこかの部族、最悪ゾンビと思われたかも知れない。どうすれば良いのか分からなくなる。

 すると彼女は険しい表情をして、こちらに早歩きで――そして背負っていた……おそらくテニスの鞄を――それを振り上げ。


 「なッ!?」


 突然の事すぎて、頭では分かっていても身体が動かない。警戒され、完全に敵と見なされてしまった。

 目の前が彼女の影となる。

 俺は思わず目を瞑り、そしてテニス鞄を――しかし上からテニス鞄は落ちて来なかった。

 代わりに、


 「き、君ッ!? 左足が……。す、直ぐに、直ぐに助けをッ!」


 (……え)


 俺は恐る恐る目を開けて――彼女はスカートからスマホを取り出そうとしていた。そして向こうでテニス鞄が落下する。


 (……放り投げただけ? あぁ……緊迫し過ぎていた)


 「もしもしミズチッ! 緊急事態なの。直ぐに、直ぐにッ! 橋の下、例の家に来てっ!」


 電話の内容からして、助けてくれようとしてくれているようだ。

 それを考えた途端、身体が一気に怠くなる。脱力感が身体を襲う。緊張の糸がプツッと切れて、喜びと解放の思いでいっぱいになる。


 (やっとこれで……)


 俺はその彼女の方に目を向ける。

 まず初めに思った事は、


 (バレーボールが二つ……。ワンチャン、バスケットボール……)


 我ながら最低だと思う。助けてもらう人間が考える事ではない――だがしかし、見上げて、目の前に馬鹿デカいそれがあったんだ。仕方ない。うんうん。

 それにしてもだ。


 (近くで見ると本当に可愛い……)


 長いストレートの黒髪に小さい顔。大きな二重の瞳に整った顔。デカい胸――は置いておいて……。

 そんな火照ほてっている俺に対して、彼女は顔を青ざめ心配そうな顔をして、


 「君、だ、大丈夫……訳ないか。こんな……左足」


 震えた声で言ってきた。

 俺は出来るだけ彼女を心配させないように、


 「大丈夫。痛くないし」


 実際もう痛みは感じないのだ。人間の身体と言うものは凄いものである。

 すると彼女の顔が更に青ざめ、口をパクパクとさせる。……何か悪い事を言ってしまっただろうか? 目が無くなった左足の方を――俺はつられるようにそちらを見――。


 「――ぇ……!?」


 俺の喉の奥底から絞りだした声が漏れる。

 そこは一言でいうのなら……地獄そのものだった。

 紅黒く染まっている皮膚ひふは、グチャグチャにただれている。パンパンに膨れ上がっているそこには、鳥肌が立つほどの沢山のウジ虫が湧きうごめいており、点々と黄色のうみを出ていた。極めつけはその先から突白と紅の石膏せっこうのような物が、突き出していて……。地獄は完成されていた。


 今までまともに左足を見てなかったが……これほどヤバイ事になってるなんて……。彼女が青ざめる訳である。現に俺も鳥肌が凄い。


 「……だ、大丈夫、うん。痛くないし、うん。……多分」


 俺は彼女を心配させないように言うつもりだったが……。その情景に思わず自身なく言ってしまった。

 対して彼女は涙目になり声を震わせながら、


 「直ぐに助けが来るから……ね……」


 正直に言おう。

 今俺が思った事。


 (……可愛い)


 我ながら本当に最低だと思う。心配をしている人間をよそに、俺と言う人間は……。完全に緊張の糸が解けてしまい、普段の俺に戻りつつある。

 実際俺はこの左足を楽観視している。確かに見た目は地獄のよう。だがあの時の割れるような痛みに比べれば、どうってことない。


 「と、取り敢えず落ち着こうぜ? 俺は本当に大丈夫だから……助けが来るんだろ? なら中でゆっくりしようぜ?」


 ここは男がエスコートする時! ……もちろん如何いかがわしい意味ではない。そこは誤解しないで頂きたい。

 すると彼女はボソボソをした声で……。

 

 「……う……うん。そ、そうだ。君は……。その……誰なの? そ、それにじっちゃんは?」

 

 (誰か……か。それにジジイ……)


 今思えば、自分でも自分の立ち位置が良く分からない。彼女に取ってはいきなり目の前に現れた、人の家から出て来たボロボロの人間。

 取り敢えず初めから説明する必要がありそうだ。


 「名前はクロム。見ての通りこんな感じで……。長くなるから大事な事は中で話す。君は?」


 彼女はこちらを見つめて、


 「私は日下部結菜くさかべゆうな。……聞かせて、全部」


 ◈ ◈ ◈


 これが『引き金トリガー』との出会い。

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